Process 2 メンバー

 Process 2 メンバー


「千草おめぇ、とんでもねぇこと言い出しやがって……」

 千草と本郷は、コンペティションの作戦会議をする為、工場内にある事務所へと戻っていた。

「すいませんオヤッさん。でも俺はもうこれ以上、万龍寺の態度を看過することはできません」

「まぁ、俺としてもお前がヤル気になってくれてよかったけどよ。つーわけで、プロジェクトのリーダーはお前だ。お前が万龍寺に売った喧嘩だ、お前が舵を取れ。俺はそれをサポートしてやる」

 千草は目を閉じ、腕を組んで静かに息を吸った。深く関わるつもりはなかったが、こうなっては仕方がない。万龍寺のこちらを見下した態度は見過ごせるものではない。

「オヤッさん、今回の新型なんですが、俺は既存のCFの概念から見直すべきだと思うんです」

 CFがこの世に誕生したきっかけは、むべなるかな戦争だった。その頃はコンバット・モジュールと呼ばれ、瞬く間に世界各国の兵器シェアを塗り替えて行った。

 あまりにも兵器として優れていたが為に戦火は拡大し、一時期は地球上の人口の半数を死に至らしめた【人災戦争】、その後に起こった二つの小規模な戦役にて大いに活躍し、その存在を良くも悪くも人々の心に刻んだ。

 その後、戦争に学んだ人類は恒久的な平和の為に努力し、歩み寄り、ついにこれを実現させた。戦争という言葉が過去のものになってから実に二百年以上の時が流れる中、コンバット・モジュールもそのあり方を大きく変えた。

 宇宙開発や海底、惑星探査、危険地域での作業用、災害救助用ーーありとあらゆる用途が生まれた中で、競技用の機体として誕生したものが「規定内、方式内での戦闘力」という意味のコンバット・フォーミュラーなのだ。

「概念から見直すっておめぇ、一体どういうことだ?」

「CFはデカくなり過ぎた。俺はそう思うんです」

 CFの歴史は大型化の歴史だ。当初は十五メートル程の大きさが標準とされてきたが、相手を上回るパワー、機動力、そして火力が求められるに応じて機体は大型化していき、ついには三十メートルを超えるのは当たり前となっていた。当然、機体が大型になればなるほど製造コストは上がる。千草の考えは、その傾向の逆を行くものだった。

「CFを小型化させようと思うんです。小型でも現行の性能以上のCFが造れれば話題にもなるし、製造コスト、整備性の観点から見ても理に適ってるはずです」

「小型化か。面白れぇアイディアだが、一体どれぐらい小さくするつもりだ? 十五メートルくらいか?」

「十メートル以下。できれば七メートルぐらいまで」

「な、七メートルだと!? お前、気は確かか!?」

 その回答に、本郷の尻が椅子から浮いた。それもそのはず、現行機以上の性能のものを、現行機の四分の一以下のサイズで造ろうと言い出すのだから。

「オヤッさん、それぐらいのことをやらなければ、俺達は……ムラクモは立ち上がることはできないと俺は思う。今歯を食いしばって前に進まないと、何も掴むことができないと思うんだ」

 千草の真っすぐな瞳に、本郷は頭を掻いて椅子に座り直した。

「いっぱしの口を叩くようになりやがって。だがそうだな、おめぇの言う通りだ。ここらで俺達技術屋の力を見せつけてやらねぇとな!」

 新型機の方向性が決まったところで、話は次の段階へと移った。CFを造る為に必要な人材の選定だ。

 CFを造る上で、必要不可欠なものが四つある。一つはパーツの開発と組み上げ、整備を担当する技士テイラー。そして機体を設計する設計者デザイナー。武装システムを設計する武装技士ガンスミス。そして機体を動かす操縦士ドライバーだ。

「まずは設計者デザイナーだな。俺はジョルジュ・ワイルドダックあたりが良いと思うんだが、どうだ」

 ジョルジュ・ワイルドダックは、フランスの有名なCF設計者デザイナーだ。その洗練された優美なデザインは高級感に溢れ、多くのファンを魅了している。ムラクモの機体をジョルジュがデザインするとなれば、話題になるだろう。千草もその考えに同意した。

「機体と武装システムは密接な関係にある。武装技士ガンスミスは外部の人間を使うより、ムラクモ社員を使った方がいいでしょうね」

 CF産業には、武装の開発、販売を専門とする企業ももちろんある。しかしそういった武装は規格が独自のものであったり、他社製品と互換性が無かったりで食い合わせが悪い場合が多い。だがCFメーカーの大手であるムラクモは、武装開発部という専門家集団を抱えているのだ。当然、ムラクモ製の機体との相性は最高だ。

 千草と本郷は早速、武装開発部へと出向いた。

 開発した武装の実験や安全を考慮し、武装開発部には広い敷地が与えられている。本社から最も離れた位置にあるここへの移動手段は、徒歩か会社内専用のカートだ。

 武装開発部の研究室に入った二人を出迎えたのは、開発中の新型ライフルのテストだった。白衣を着た科学者然とした人物が複数人、巨大なライフルの周りで作業をしているのが目に入った。そのまま研究室を通り抜け、部長のデスクへと向かう。

「まあその話、聞いてはいるがね」

 武装開発部長、クリニエラ・佐々木・レックスは陰険そうな皺が眉根に寄った、壮年の黒人男性だ。彼はチェアに腰かけ、報告書に目を通したまま口を開いた。

「残念だが本郷技士長。私は力にはなれんな」

「な、何故だ?」

 けんもほろろとはこのこと。まさかの回答に本郷は動揺を隠さなかった。

「何故だも何も、もう我々武装開発部は万龍寺くんのプロジェクトを手伝うので手いっぱいでね。君達の方まで手が回らんのだよ」

 いけしゃあしゃあとのたまうクリニエラに、本郷が気色ばむ。

「おいおい、武装開発部には何人いるんだ? CF一体分の武装を造るのに、部門総出にする必要ねぇだろう!」

「これはおかしなことを言う。これは社運を懸けた一大プロジェクトだ。ならば武装開発部も、全力を上げてこれに協力するのは当然だろう? だからこそ、最初に声をかけてくれた万龍寺くんの期待には応えたいし、後から来た君達にまで回す余力は無いと言っているのだよ」

 武装開発部には、既に万龍寺からの根回しがされていた。クリニエラの口調から察するに、千草達に協力する気は毛頭無いのだろう。

 千草が荒ぶる本郷を抑えながら武装開発部を後にしようとした時、クリニエラが言った。

「ああ、そういえば一人いたな、暇な男が。E-3研究室に行ってみるといい。きっと君達の役に立つ者がいるだろう」

 その言葉を背に受けながら、千草たちは言われた通りにE-3研究室へと向かった。そこは研究室とは名ばかりの小ぢんまりとした資料室で、中には一人分のデスクが用意されているだけだった。

「何か用?」

 その研究室の占有者、キャナリィ・飯田・紅然ホンランは、小柄でそばかすのある、中華系の男だった。千草達が研究室に入るなり、挨拶も無しにぶしつけに聞いてくる。

「あ、ああ。突然すまない、俺は技術部の千草だ。こちらは本郷技士長だ。実は……」

 千草は紅然ホンランにコンペのことを説明した。紅然ホンランは話を最後まで聞かないうちに「いいよ」と快諾してくれた。

「本当か!? 助かる!」

「僕としても渡りに船だ。クリニエラに睨まれて閑職に回されてね、飼い殺しも同然だったんだ」

 千草は紅然ホンランの手を取って握手をした。武装開発部の力は借りられないと思っていたところだったので、テンションが上がる。

「で、武装は全面的に僕に一任してもらえるの?」

「ああ、なにかサンプルとか、今まで君が造ったもののデータとかはあるか? 参考にしたい」

 千草が言うと、紅然ホンランはデスクの引き出しからKファイバーフィルムを取り出し、千草に手渡した。有機電子繊維のフィルムには入力された映像が映し出されている。

「これが僕の開発品だよ。傑作揃いだろう?」

「これ……が……?」

 フィルムを覗き込んだ千草と本郷が絶句する。それもそのはず、そこに映し出されていたのは、武装という言葉とは程遠い、悪ふざけのようなものだったからだ。

「キャナリィ、このCFの武装なんだが、芯以外が氷でできてるように見えるんだが……」

「その通り。それは空気中の水分を氷結させ、武器にするという傑作武装【シェルブールの雨傘】だ。周囲の水分で作るから壊れてもすぐに再生する、壊れない武器。土砂降りの雨でもない限りまともに氷を生成できないのが弱点かな」

「このひよこのように見えるものは……?」

「それは【チキン・リトル】卵型のマザードームからひよこ型の自走爆弾が出てきて、初めて認識したCFに向かって突撃していく武装だ。もちろん、自分に向かって走ってくる可能性もある」

「ここに透明な何かが浮いている気がするのは、俺の目の錯覚か……?」

「【シックス・センス】だ。透明な空中機雷だ。センサーにも反応しない上、低速で移動するからどこにあるか自分でもわからなくなるぞ」

 自信ありげな笑みを浮かべる紅然ホンランに恐る恐る千草は聞いた。

「キャナリィ……一つ聞いていいか? 君はなんでこう、変な……いや、個性的な武装ばかりを造るんだ?」

 すると紅然ホンランは待ってましたとばかりに目を輝かせた。

「決まっているだろう。その方が面白いからだ。CFの武装は面白いかどうかが全てだ! どれだけ優秀だろうと、つまらない時点で価値など無いのだ!」

 力説する紅然ホンランを尻目に、千草と本郷は顔を見合わせた。その目はお互いに「こいつはねぇな」と言っている。

 千草達は紅然ホンランに検討するとだけ告げ、そそくさと武装開発部を後にした。

 一日の仕事が終わった後、本郷と別れた千草は操縦士ドライバーのトレーニング施設【ドライバーズジム】へと向かった。ここは民営のトレーニング施設であり、プロ、アマチュアの隔て無く大勢の操縦士ドライバーがトレーニングを行っている。ここに来れば、有能な人材を見つけることができると踏んでのことだ。そして、千草個人に取っても思い入れのある場所だった。

「六年振り、か」

 白い箱型の建物を眺める千草。最後に訪れた時から何一つ変わってない施設に懐かしさを覚えつつ、自動ドアをくぐって中へと入った。

 施設の中にはフロントがあり、その先に二十八機のドライバーコクーンが並んだ空間が広がっている。平日にもかかわらず、コクーンは殆どが使用中になっていた。

 千草はフロントの奥に知った顔を探したが、非番だったのか、それとも千草が通わなくなった間に辞めてしまったのか、顔なじみのインストラクターを見つけることはできなかった。

 レストスペースに腰を掛け、トレーニング中の操縦士ドライバーの観察を始める。めぼしいと思った操縦士ドライバーがコクーンから出てくる度に片っ端から声をかけてプロジェクトに勧誘するも、成果は何ら得られなかった。

「悪いな一ノ瀬。知らない仲じゃないんだし、力になってやりたいけど、俺じゃあ荷が勝ち過ぎるよ」

 そう言った相手は、千草と同じ時期にプロ操縦士ドライバーを目指していた男だ。彼は五回目のトライアウトでプロになり、現在は下位だがAランクの戦績を誇っている。偶然再会した千草がプロジェクトに誘うも、答えは先程の通りだった。しかし千草もそう簡単には引き下がれない。自分が持っているカードの中では、目の前にいる相手こそが間違いなく最強のカードなのだ。

「こんなこと言うのも悪いんだけど、その話を受けてくれる日本人ドライバーはいないと思うぜ。トップスリーよりも上のドライバーなら受けてくれるかもしれないが、全員自分のチームを持ってるし、何よりコンタクトを取るツテが無いだろうしなぁ」

 千草はそれでも粘ってドライバーに勧誘するも、男には負けるとわかっている戦いで戦績を落としたくないと突っぱねられる。

「失礼、道を空けていただけるかしら?」

 説得に必死になるあまり、千草は自分が通路を塞いでいたことに気がつかなかった。声の方を見ると、そこには華奢な体つきの、若い美女が立っていた。

「失礼しました」

「いいえ」

 千草が退くと、女性は小麦色の編み込んだ長い髪を靡かせて目の前を通り過ぎて行った。

「彼女は……」

 自分でも気づかず、千草は呟いた。女性の姿がコクーンの中に消えるまで見送った千草が目を戻すと、勧誘していた男の姿は消えていた。

 その後も閉館間際まで勧誘を続けるも、結局ドライバーを引き受けてくれる人物は見つからず、疲労感に包まれたまま家路へと着いた。

 翌土曜日の朝、千草の携帯に本郷から電話があった。内容は、ジョルジュ・ワイルドダックがコンペのデザイナーを引き受けたという連絡だった。しかし、ジョルジュが引き受けたのは自分達ではなく、万龍寺の方だと知って落胆する。

「マズいな、操縦士ドライバー設計士デザイナー武装技士ガンスミスまだどれも決まってねぇ。方や向こうはもう打ち合わせに入っちまってるって話だ」

 千草はしばし無言で考え込んだ後、意を決したように口を開いた。

「オヤッさん、設計者デザイナー武装技士ガンスミスはあてがある。それと操縦士ドライバーは……操縦士ドライバーは、俺がやります」


 その日の昼、千草の姿はカフェのテラス席にあった。二杯目のコーヒーを飲み終えた時、待ち合わせをしていた人物がようやく現れた。

「やぁ千草、久しぶりじゃないか。僕のことを忘れてしまったんじゃないかと思ってたところだったよ!」

 そう言って向かいの椅子に座った人物は、浅黒い褐色の肌をした、中性的な印象の男性だった。

「久しぶりだな。マイルス」

 その人物の名は城崎きざき・メルレイン・ラシード・ルナール・マイルス。日本生まれ日本育ちの男性で、千草とは小学校の頃から付き合いのある旧友だった。マイルスはスマイル・フォックスという名で日本を中心に活躍する芸術家で、主に彫刻やモニュメントのデザイン等を手掛けている。

「珍しいじゃないか、君の方から話があるだなんて」

「ああ、それがな、お前に頼みたい仕事があるんだ」

 千草はマイルスにコンペのことを話し、設計者デザイナーとしてプロジェクトに参加して欲しいと持ちかけた。

「オーケー! 引き受けようじゃないか!」

 その答えは、あまりにもあっさりしていた。

「マイルス、持ちかけたのは俺だが、そう簡単にオーケーしていいのか!? お前、CFのデザインの経験無いんだろう?」

 マイルスは注文したオペラを口に運びながら、あっけらかんと答えた。

「うん。もちろん無いよ。でもそんなことより、千草が僕を頼ってくれたってのが嬉しかったのさ。それに、親友がやっと過去と向き合おうとしてるんだ。なら僕は友人として、僕のできることを全力でやって応えるだけさ」

「すまない、ありがとう。マイルス」

 数年振りに会った友人の相変わらずな調子に、千草は目頭が熱くなるのを感じた。

「ところで千草。相談なんだけど、ここのお会計奢ってもらってもいいかい?」


 その翌日、日曜の朝っぱらから、千草はドライバーズジムでトレーニングを行っていた。

(まずはカンを取り戻さないとな……)

 六年振りのコクーンのシートに座り、シミュレーターを起動させる。思い出すのは、やはり最後のトライアウトの記憶だ。万龍寺に勝つ前に、まずは六年前の自分に追いつくべく、操縦桿を握った。

「お隣、よろしいかしら?」

 夕方。レストスペースで休憩している千草の隣に座ったのは、一昨日の若い女性だった。

「失礼ですけど、あなたがムラクモの社員の方かしら? なんでも万龍寺刀也と戦える操縦士ドライバーを探しているとか……」

 汗をタオルで拭きながら、千草が答える。

「その通りだけど、その話、もしかして広まってる?」

「ええ。少なくとも、ここを使ってる人は皆知ってるでしょうね」

「なるほど、どうりで避けられてる気がするわけだ」

「そんなあなたに朗報よ。あなたの目の前にいるこの私が、操縦士ドライバーを引き受けてもよくってよ」

「いや、折角だが結構だ。済まないね」

「ええいいわ。じゃあ早速……失礼。今なんておっしゃいました?」

 断られるとは微塵にも思っていなかったであろう女性は、語気を強めて聞き返す。

「気持ちはありがたいが結構だ。コンペの操縦士ドライバーは俺がやる」

「あなたが? ミスター、私の事を知らないようなので自己紹介させていただきますね。私は……」

樫宮かしみや・サキ・シャーロットだろう? イギリスの有名なCF操縦士ドライバー、サンダーバロンこと樫宮・ユノー・ホーヒェンの孫娘であり、学生時代にはレディ・プリマスと呼ばれた若手女性ドライバー。違うかい?」

 若い女性ーーサキは、その言葉に驚く。

「知っているの? てゆーか、それを知った上で断ったっていうの!? い、意味わかんないわ! ここにいるプロ操縦士ドライバーが、力になってあげるっていってるのよ? 探してたんでしょう、操縦士ドライバー

「確かに探してたが、それは昨日までの話だ」

「気を悪くしないで聞いて欲しいのだけれど、あなたじゃ無理よミスター。私今日ずっとあなたの動きを見てたの。とても万龍寺の足元にも及んでないわ」

 そんなことを言われなくとも、それを一番わかっているのは自分自身だ。しかも何故、今あったばかりの人間に言われなくちゃいけないのか。千草は腹部に熱がこもるのを感じた。

「だから私が……」

「気を悪くしないで聞いて欲しいんだが、いくら学生時代は地元で無敵を誇ったか知らないが、日本でプロデビューしてから、碌な戦績もあげれてないじゃないか。君が万龍寺に勝てるとは到底思えないんだが?」

 一瞬の沈黙。そして

「じょ、上等じゃない! いいわ、私の実力教えてあげる! その後に泣いて詫びながら操縦士ドライバーをやってくださいっていわせてあげるわよ!」

 怒った蜂のような勢いでコクーンに消えるサキ。続いて千草も近くのコクーンへと入る。シミュレーションというが、VR技術を駆使した視覚効果は本物とほぼ変わらないリアルな訓練を積むことができる。

 千草の視界に、荒れ地渓谷エリアの風景が広がる。千草が機体を前進させた時、真正面から高速で接近してくる機影が目に入った。

『先手、必勝!!』

 サキ機がマシンガンで牽制しながら突撃してくる。千草は牽制を避けながら反撃しようと照準を合わせる。

『遅い! そして甘い!』

 しかしサキは機体を横に滑らせ、照準から逃れた。と同時に本命の弾を放つ。牽制の弾を避けたことによって生じた隙に、弾丸が叩き込まれた。

「ぐうっ!」

 ガードすることによってなんとか直撃を避けた千草。しかし相手はプロ。フェイントを織り交ぜた攻撃に、確実に追い込まれていく。

「だが俺だって、伊達にプロのトライアウトを受けてきたわけじゃないんだ!」

 才能の乏しかった千草が一番心を砕いたのは、なにより撃墜されない戦い方だった。回避と防御の専守防衛に徹し、決して無理に攻めない。そうして粘り強く耐え、隙を突く戦法を得意としていたのだ。

『くっ……しぶといわねっ!』

 対するサキは攻撃に全力を振ったような超攻撃型。その嵐のような攻撃に全身傷つきながらも、千草はなんとか致命傷を避け続けていた。

『このっ! 倒れろっての!』

 業を煮やしたサキが、強引な白兵戦を仕掛けてくる。体当たりで無理くり千草のガードをこじ開け、ブレードでとどめを刺す算段だ。体勢を崩した千草機に斬りかかろうと腕を振り上げたその瞬間ーー

「ここ! もらった!」

 その隙を突き、千草機がブレードを一閃。

『ああっ! そんな!!」

 サキ機の左腕が切り落とされた。勢いを殺せず、サキ機がそのまま横転する。

『左腕が無くったってぇ!』

 追撃の射撃を素早く立ち上がって回避したサキは、そのまま距離を取る。五分の操縦士ドライバー同士ならば趨勢は決したような損傷だが、まだまだサキの方に分がある。

 しかしこの勝負は、予想外の形で終わりを迎えることになる。

『ほう、誰と誰が低レベルな戦いをしているかと思えば……』

 割り込んで来た通信と共に、サキと千草の両機を見下ろせる崖の上に、機体が降り立った。

『いいのか? こんなところで油を売っていて。俺を倒せる機体を造るんだろう?』

 この傲岸不遜な物言いは確認しなくともわかる。

「万龍寺、何故ここに?」

『はっ、いつどこに俺がいようと、俺の勝手だろうが。むしろ貴様だ。ここは操縦士ドライバーの為の施設だ。貴様が……あー、貴様名前なんだっけ? まあいい、足を踏み入れていい所ではない』

『ミスター万龍寺。失礼ですが引っ込んでてくださるかしら?』

『これはこれはレディ・プリマス。こんな所で会えるとは奇遇だね。しばし待っていてくれ、今そこの邪魔なゴミを片づける」

「ゴミだと?」

『ミスター万龍寺。邪魔なのはあなたの方よ。今は私と彼が模擬戦をしているの。帰ってちょうだい」

『模擬戦? 模擬戦だと?』

 万龍寺はわざわざ機体におどけたような動作をとらせた。

『ままごとの間違いではないのかね? それともレディ、もしやその左腕、まさかダメージを受けたのではあるまいね? いやそんなはずは無い、仮にもプロである君がそこの芋虫に左腕を切り落とされたなど……くくく、もしそうなら、私なら恥ずかしくて引退してしまいそうだよ! え? くれてやったんだろう、ハンデとして』

 画面の向こうで爆笑する万龍寺の笑い声を、サキの怒声が遮った。

『黙りなさい、万龍寺刀也! この左腕は彼との正々堂々の戦いでついたもの! 他人の戦い振りを蔑むとは、恥を知りなさい!!』

『レディ。俺は女性に対しては気が長い方だが、いくら君でも言っていいことと悪いことがあるぞ?』

『あなたがそれを言えるとでも思っているの!?』

「待ってくれ」

 今にも万龍寺機に飛び掛からんとするサキ機を、千草機が制した。

『あなた……』

「ありがとう、樫宮嬢。おかげで少し溜飲が下がったよ。だがあいつと決着をつけなきゃいけないのは俺のようだ」

 千草はその銃口を万龍寺機に向けた。

「万龍寺さっき確かに言ったな。俺にダメージを受けるようなことがあったら引退すると。なら今日この場でそうしてもらおうか!」

 千草の言葉に、ゆらりとした怒りが万龍寺機を包んだ。

『あ? 貴様、何を言っているのか』

 バーニアを展開し、万龍寺機が千草の視界から消えた。

『わかっているのか!?』

 右側面から、万龍寺機の拳が叩き込まれた。そのまま武装すら使用することなく、千草機は滅多打ちにされていく。

 無軌道無秩序な機動を、しかも足を一瞬も止めることなく操縦する技量は、確かに天才操縦士ドライバーと呼ばれるに相応しいものだった。

 千草はまだ回る頃の洗濯機に放り込まれたかのように、もみくちゃにされ、反撃はおろか防御することすらもままならない。

『わかったか、これが俺と貴様の絶望的な差だ!』

 交粒子ブレードを展開した万龍寺機は、それで千草機の両腕両脚を切り落とし、残った胴体を蹴り飛ばした。

『地面に這いつくばって転がっていろ、芋虫が!』

 万龍寺機は一息つくと、そのままサキ機の方に向き直る。

『待たせたねレディ。どうかな? この後一緒に食事でも』

『結構よ』

 万龍寺からのアプローチを、サキはまったく相手にしない。

『おいおいつれないなレディ。この俺が誘ってるんだぞ?』

『そんな恥ずかしいセリフを、よくもまあ本気で言えるわね』

『そう言うなよ。これは君にしてもチャンスだぞ? この俺と交際している仲だと世間が知れば、君にも箔が付く。君の実力では戦績で話題になることは無いだろうから、悪い話ではないだろう?』

『なんですって!? よくも、よくも私を見下してくれたわね!』

 その一言に、サキは激昂した。右腕に交粒子ブレードを握らせ、万龍寺機に斬りかかる。万龍寺機はそれを細かなステップで避ける。

『レディ、認めてくれ。私と君との間には、こんなに実力差があるんだよ』

『それがどうしたってのよ!』

 サキはブレードを万龍寺機に投げつけた。それを軽々避ける万龍寺。

『食らいなさい!』

 続けざまに放たれた弾丸も回避される。しかしその弾丸はブレードに命中し、その軌道を変える。

『何だと!?』

『当たったの!?』

 ランダムに飛んだブレードは、そのまま万龍寺機の左肩に深々と突き刺さった。想定外のダメージに、両者が驚きの声をあげる。

『よくも、よくもこの俺に傷をつけたな!』

 明らかに万龍寺の雰囲気が変わった。サキ機の顔面に拳を叩き込み、苛烈な連続攻撃を加える。

『甘い顔を! していれば! つけあがりやがって! 容姿しか取柄のない! はねっ返りが!』

 サキも必死に抵抗し、千草よりは善戦したが、それでも結果は変わらず、機体も完全に大破してしまう。

『ふん、胸糞悪い、興が削がれた。この程度で済んだこと、ありがたく思うんだな』

 そう言って、万龍寺機の反応が消えた。千草が圧倒的な実力差に打ちのめされ、絶望に浸っていると、モニターの向こうからすすり泣くような声が聞こえてきた。

「樫宮嬢? 大丈夫か、どこかケガでも?」

『な、なんでもないわよっ!』

 通信がまだ生きてたと気づいたサキが、慌てて取り繕う。

『私、無様ね。手も足もで出なかった』

「……こんなタイミングで悪いんだが、樫宮・サキ・シャーロット。君に正式に、俺のコンペチームの操縦士ドライバーをお願いしたい」

『見てたでしょ。私じゃ無理よ』

「君は奴に一撃入れた。ダメージすら与えられなかった俺よりマシだ」

『あんなのまぐれよ』

「聞いてくれ、俺は奴に勝ちたい! あの偉そうな鼻っ柱を、皆の前で叩き折って笑ってやりたい! その為なら俺は最善の手を打ち続ける。そのうちの一つが、君に操縦士ドライバーをやってもらうことだ」

 無言が暫く続いた後、鼻を大きくかむ音が聞こえた。

『私も……勝ちたい!』

「ああ。一ノ瀬・ライアン・千草だ。よろしく頼む」

 これでようやく、千草のチームが発足した。

 その翌日、技術部のドックに、千草、マイルス、紅然ホンラン、そしてサキが集結した。本郷にメンバーを紹介し、その日から新型機開発がスタートした。テンションの上がった千草が円陣を組もうと持ちかけるも、マイルスと紅然ホンランにノリが違うだのダサいだのと拒否されたが、とにかく新型機造りはスタートした。

 マイルスと設計を相談し、紅然ホンランが持ってくる企画書の中からまともなものを選別し、小型化の為のアイディアをひねり出す。空いた時間は全部、サキの特訓に使った。千草はもう二度と使うことはないだろうと思っていたCFGのテクニックデータやまとめた研究ノートを押し入れの奥から引っ張り出してサキに渡し、コーチ役も務めた。サキのひたむきに努力する姿に、千草はあの頃の自分を重ね合わせるのだった。

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