スカイフィッシュ

カトウ ユミオ

Process 0 トライアウト、Process 1 コンペティション

 Process 0 トライアウト


 一ノいちのせ・ライアン・千草ちくさの朦朧とした意識がはっきりしたのは、二度目の荷電粒子砲の直撃を受けた時だった。

 千草の眼前のモニターに映る鉄の巨人は、高密度に収束されたイオン化粒子の塊を続けて放つべく、こちらに狙いを定めている。

(これ以上、直撃をもらうわけにはいかない……!)

 高負荷のGに耐える為に歯を食いしばり、ありったけの力でペダルを踏みこむ。二基のバーニアが青白い噴射炎を吐き出し、千草の操る機体を前方へと運んだ。

 鈍い金属音を響かせ、二機の巨体が激突する。

「密着してしまえば、その長い砲身は邪魔になるだろ!」

 不意打ち気味の体当たりを受けた機体がバランスを崩し、後方へと倒れ込む。

『思い切りは良し! だがっ!』

 相手の操縦士ドライバーの声が、ヘッドギア越しに千草の耳に届く。それと同時に、相手機体の背部バーニアが噴かされ、倒れかかっていた巨体を強制的に押し上げる。

『その後が続かなければ!』

 持ち上がった勢いそのままに、今度は相手の機体がぶちかましを決めた。お返しの体当たりを受け、千草の機体が一歩分後退する。

「射撃戦で太刀打ちできないなら、接近戦で!」

 千草は機体のマニピュレーターを動かし、腰部にマウントされた広域交粒子ブレードを展開させた。薄緑色の粒子が形成した鉈型の刀身を構え、踏み込むと同時に突きを放つ。

 二度、三度と繰り出される突きはしかし躱され、虚しく空を切る。

「くそっ……くそ! 当たれ、当たれよ!」

 千草の喉から絞り出される焦り。それを表すかのような荒い太刀筋は、相手の機体に最小限の動きで躱され、いなされる。

 自分と相手の機体が同型同性能ならば、浮き彫りになるのは純然たる操縦士ドライバーの腕の差だ。

 やがて相手機もブレードを展開し、鍔迫り合いへと持ち込まれる。交粒子のぶつかり合いに、エメラルドグリーンの火花が散った。

 二機が互いに一歩後退したのも束の間、すぐさま二度目を打ち合い、そしてーー千草の機体の腕が飛んだ。

 間接から斬り飛ばされた右腕は、ブレードを握ったまま地面へと投げ出される。武装を失った千草機にとどめを刺すべく立ち塞がった相手機が、千草の瞳に映った。

 高く掲げられたブレードが逆手に握られ、交粒子の刃が振り下ろされる。突き立てられた刀身は胸部を貫通し、そのまま上方へと切り上げられる。

 力無くぐらりと揺れた後、けたたましい音をあげながら倒れ込む鋼の巨体。

『今回のトライアウトはこれで終了だ。まぁ、結果はまだわからんから、そう気を落とすなよ』

 気休めにもならない相手の操縦士ドライバーの言葉がヘッドギアから届くが、結果など千草本人が分かりきっていることだった。

 有機ERDのディスプレイに表示されたスコアは五十三。この数字は、前回のトライアウトの時よりも十二点も少ない。

 プシュー、と炭酸飲料の抜けるような音と共に、千草の座るドライバーコクーンの天井が開いた。天を見上げる顔に、冷たい雨粒がしとしとと当たる。

 顔は動かさず瞳だけを横に動かすと、暗い雲の下、自分が操縦していた残骸の撤去作業が行われているのが目に入った。

「あー、三番さん? 自分の番が終わったらすぐ次の人にシート譲ってね」

 試験官に促されるも、千草はぼんやりと空を見上げたままだった。

(今回のトライアウトで……十二回目……)

 胸の中で、かけがえのないもののはずだった何かが溶けて消えてしまったのを、千草は感じていた。


 Process 1 コンペティション


ーー六年後ーー

 割れんばかりの歓声が、スズカワ・フィールドの観客席を覆っていた。衆目の熱狂と視線はセーフティシールドの向こう、広大なフィールドの中央で繰り広げられる、二機の直立二足歩行人型モジュールーー通称CF【コンバット・フォーミュラー】のバトルに注がれている。

『さあ! 試合も佳境に差し掛かってまいりました! コンバットフォーミュラーグランプリ、ランク戦! 天才若手ドライバー、万龍寺刀也ばんりゅうじとうやVS獣戦士、徳村・ジェイソン・白倫。果たして軍配が上がるのはどちらでしょうか!?』

 一際高い位置に設置された実況席から、万雷の歓声を裂く様な解説が響き渡る。

『やはり、下馬評では万龍寺が有利との声が上がっていますね。彼は十年に一度の天才と呼ばれる操縦士ドライバーですから』

『ポヤンさん、万龍寺と言えば、CFメーカーの雄であるムラクモ・インダストリーの専属選手ですが』

『ええ。ムラクモ・インダストリーはつい最近、ヴォルフロイゼン社とのVM戦争で巨額の負債を抱えてしまったばかりですから、ここはなんとしても勝利して、自社製品のアピールに繋げたいところでしょう』

 バトルと解説が進む中、小休止を示すランプがスクリーンに点灯した。

『ここでピットインのランプが点灯! 両機は十五分の休憩と整備に入ります』

 実況の言葉通り、二機は戦闘を止め、互いのピットへと機体を入れる。ムラクモ・インダストリー側のピットに機体が駐機されると、待機していた技師テイラーが一斉に群がり整備を開始する。

 その様子を尻目に、ピットの近く、フィールドの端に設置されたドライバーコクーンが割れるように開き、中から一人の人物が姿を現した。

「徳村も随分食い下がってくるな、だがもう奴の動きは読めた」

 切れ長の目に痩せぎすの男、万龍寺刀也はそう呟きながら休憩スペースまで歩を進めると、椅子に深く腰を掛け、マネージャーにドリンクを寄こせと指で合図する。

「試合の調子はどうですか?」

 マネージャーが顔色を窺うように尋ねると、万龍寺は鼻で嗤ってから言い放った。

「調子だと? 見ててわからないか? 他愛も無い相手だ。次のラウンドで詰みだ」

「流石ですね」

「この程度、流石の内には入らんよ」

 ドリンクをあおり、万龍寺は携帯の画面へと目を落とした。


「機体が動かないだと!? どういうことだ貴様ら!」

 ピットイン終了五分前、ムラクモ・インダストリーのピットサイドでは、トラブルが起こっていた。修理と整備の際に駆動系に異常が出てしまったのだ。

 ルールではピットイン中に試合に復帰できない場合、試合は相手側の不戦勝になってしまう。それはムラクモ・インダストリーにしても万龍寺にしても、それはなんとしても避けたい事態だ。

「すいません! すぐに作業を……」

「すいませんだと? ふざけるなよ痴れ者が!」

 万龍寺は頭を下げる技士テイラーの胸ぐらを掴んで引き寄せ、睨みつける。

「この俺の戦績に瑕が付いたらどうする気だ? 貴様如きで責任が取れるとでも思っているのか!」

 胸ぐらを掴む手に力が込められる。

「す、すいま……お願いします。て、手を……」

 呼吸を遮られ、技士テイラーの顔が苦しみに歪む。その様子に他の技士テイラー達の手は止まり、険悪な雰囲気が周囲に流れる。誰もが無言で事態を見守る中、一人の声が静寂を破った。

「そこまでにしてくれないか。時間が無いんだ」

 周囲の目が、声を発した人物へと集まる。そこには茶色が混じって斑になったクセのある黒髪で、無精髭を短く生やした男が立っていた。

「い、一ノ瀬さん……」

「一ノ瀬……」

 万龍寺に意見した千草に、周囲がざわついた。

「何だ貴様? 技士テイラー風情が俺に反抗するのか?」

「反抗はしてない。時間が無いから邪魔しないでくれと言ったんだ」

「何だと?」

 千草は技士テイラーの胸ぐらを掴んでいる万龍寺の手をほどき、そのまま機体の方へと歩いて行く。

「おい貴様!」

「もう五分しかないんだ。アンタはドライバーコクーンに戻っていつでも発進できるよう待機していてくれ、すぐに終わらせる」

「……いいだろう。貴様、タイムアウトになった時は覚えておけ」

 そう言って、万龍寺はCFの遠隔操作端末である繭型の機械へと向かった。

「大丈夫か?」

 技士テイラーの一人が、解放された同僚を気遣った。

「ああ、大丈夫……」

「クソっ万龍寺のやつめ、調子に乗りやがって」

「だが仕方ない、あいつは人格は最悪だが、確かに腕はいい。ACMスパイラルなんて、あいつにしかできないだろうからな」

 技士テイラー達の悪態を、千草が制する。

「お前たち時間が無いぞ。早く作業に取り掛かれ」

 我に返った技士テイラー達が慌てて持ち場へと戻る。千草はトラブルが起こった箇所へ行き、状況を確認した。

「症状は?」

「脚部の駆動圧力が上がらない。再起動しても駄目だ。デンジャーランプが点灯して操作を受け付けてくれないんだ」

 千草の目の前にあるコンソール画面には、異常を示す赤いマークが表示されていた。

「電圧ケーブルが切れたか油圧に異常が出たか……俺は油圧を見てみる。ローランド、お前はケーブルのチェックだ」

 言うが早いか、千草は工具を手に脚部へと駆けて行き、作業用ゴンドラで左腿の側面へと張り付いた。メンテナンスハッチを開け、ペンライトで中を点検する。

「千草! ケーブルには異常無しだ!」

「了解。こっちが当たりだ。パイプに亀裂が入って、そこからオイルが漏れだしている」

「直るか?」

「いっそ、シャフトごと交換した方がてっとり早い。スペアを持ってきてくれ、すぐに取り掛かる」

 レーザートーチを取り出し、シャフトの切除を開始する。トーチから出た火花が降りかかり、マスクをチカチカと照らした。

『さあ、ここでピットインが終了。両機が再び向かい合います!』

 千草の作業が終わったのは、ピットイン直前。ギリギリのタイミングだった。再開したバトルをモニターで眺めながら、千草と同僚は缶コーヒーを啜っていた。

「なんとか間に合ったか……」

「助かったよ千草。流石はオヤッさんの直弟子だな」

「いや、思ったより単純な故障で何とかなっただけだ。あともう少し異常に気づくのが遅ければアウトだったな」

 肝心の試合は、万龍寺の圧勝で終わった。ピットでの宣言通り、相手の動きやクセを読み切った万龍寺がほぼ一方的に試合を運び、再開から僅か五分で相手機の胴体を撃ち抜いた。

 試合終了後、観客が一人残らず帰った後も、千草達の仕事は終わらない。最後に機体の修理作業があるからだ。機体のメディカルチェックを行い、よっぽどのことが無い限り消耗したパーツは修理せずに新品に交換する。作業の大半は、その交換にあてられる。

「間接のリコイルアブゾーバーも交換。ディスクプライヤーも駄目だ、完全に焼き切れてる」

 ムラクモ・インダストリーの名前が入った、ライトブルーの作業着を着た技士テイラー達が疲れた様子で作業を進めている。時には仕事に必要な話を、時には必要のない話をしながら。

「それにしてもよぉ、天才だかなんだか知らねぇけど偉そうにしてくれるよな、アイツ」

「万龍寺な。純日本人でウチの専属操縦士様にとっちゃ、俺達技術屋なんて奴隷にでも見えてんだろうよ」

「俺をCFに乗せてくれりゃあ、あんなやつボコボコにしてやるのに」

「それができるなら、こんなとこで技士テイラーなんてやってねぇだろ。なあ千草?」

 同僚の軽口に、千草は「そうだな」とだけ呟いて、後は黙々と作業を続けていた。


 千草が上司である本郷・フェルディナンドと共に企画部長に呼び出されたのは、試合から三日後、宇宙作業用CFの修理作業をしていた時だった。

「作業中すまないね、本郷技士長、それと一ノ瀬」

 薄くなった金髪を七三に分けたメガネの小柄な男は、二人を椅子に座るよう手で促した。

「時間に追われてるわけでもねぇんで、いいんですけどね。企画部がうちに何か用ですかい?」

 ガタイの良い白髪の技士長、本郷が聞いた。

「本郷技士長、最近の仕事の様子はどうだね? 特に工場の稼働状況は」

「落ちてますね、今日も修理の案件があるだけ。少し前までがおかしかったってのを差っ引いても、閑古鳥が鳴いてらぁ」

「一ノ瀬も同じ意見かな?」

「はい。稼働率は芳しくないですね」

「うむ。その通り。隠せるなら隠したいが、ムラクモの業績そのものが下がり続けているのが現状だ。そこで上は……」

「そこで上は? まさか、技士テイラーの誰をリストラするか、俺達に決めろって言うんじゃないでしょうなぁ?」

 筋骨隆々の本郷が、身を乗り出して気色ばんだ。もし企画部長の口から思った通りの言葉が出ようものなら、即座に殴りつけかねない剣幕だ。

「は、話を最後まで聞け技士長。上が決定したのは、次世代の

フラッグシップ機になる新型CFの開発だ」

「新型の開発だぁ? この期に及んでまだ新型を作るつもりですかい?」

「違う! VM戦争とは……あの時とは違う! 今度こそ、次世代を牽引する傑作機を世に送り出すのだ!」

 VM戦争とは、大手CFメーカー同士であるムラクモ・インダストリーと、ヴォルフロイゼン社による乱開発競争のことである。

 事の発端は四年前のCFG、当時一世を風靡したヴォルフロイゼンの傑作機【ストームブリンガー】を越える為、対策を徹底的に施した機体【ストームイーター】をムラクモが開発したことによる。

 あまりにも徹底的に対策を施したせいで対ストームブリンガー戦では圧倒的に有利になるものの、それ以外の機体に対しては不利になることが多く、ヴォルフロイゼンもこれに対抗して対ストームイーター機を開発し、それに対抗してムラクモがさらに……といった負のスパイラルが発生した。

 恐るべきはその開発ペースであり、両社共、一週間に一体新型を発表するという狂気の開発スケジュールであった。しかしその開発ペースが間に合うはずも無く、マイナーチェンジを施しただけの機体を新型として販売したり、決定的な弱点を抱えたままだったりということはざらだった。結果、機体間の有利不利の対戦バランスは劣悪になり「金のかかったじゃんけん」と揶揄されることとなった。

 機体価格も相手社機をギリギリ下回る値段にした上、お互いの営業担当がネガティブキャンペーンを始める始末。これが実に四年半も続いたのが、いわゆるVM(ヴォルフロイゼン・ムラクモ)戦争である。

 この開発競争が終結した後両社に残ったものは、会社が傾くほどの巨額の負債と、大量に抱えた在庫だった。ムラクモ・インダストリーがCFGでの勝利に躍起になっているのも、少しでも自社製品の性能をアピールし、世間の関心と購買意欲を刺激しようとしているからなのだ。

「あの、ニケロ企画部長。一つよろしいでしょうか」

「何だ、一ノ瀬」

「その新型機の開発の話と、ここに自分達が呼ばれた理由が繋がらないのですが……」

「まあそうだな。俺達技術屋は、上から作れと言われたもんを作るだけだ。今までわざわざ”新型機を造りますのでよろしくお願いします”なんて言われたこともねぇ」

 本郷も千草の意見に同意した。

「実はな、今回の新型機開発計画だが、コンペティションを行うことになったのだ」

「コンペティション……ということは、テスト機は複数台造ると?」

「そうだ。開発チームを二つ作り、それぞれに新型機を開発してもらう。その機体同士を戦わせ、結果を出した方を正式に採用することにした。その開発チームの内、一チームが君達だ」

「自分達が、ですか?」

 千草と本郷は揃って目を丸くした。今まで何台とCFを造ってきたが、技士テイラーが主導となって機体をゼロから造ったことなど無かったからだ。

「CFのことを一番よく理解しているのは君達だ。だからこそ、傑作機を生み出すことができるはずだと、上は期待しているのだ! そう、社運を懸けた一大プロジェクトの中核に君達がなるのだ!!」

 企画部長はあらかじめ考えていたかのような言葉と大袈裟な動きで、千草と本郷を指さした。しかし千草のリアクションは、企画部長の期待したそれとは違っていた。

「そうですか……ニケロ企画部長、申し訳ありませんが、私はそのプロジェクトからは外していただいてよろしいでしょうか」

「なっ……?」

「おい!」

 本郷と企画部長の二人が呆気にとられる。

「何故だ一ノ瀬! 技士テイラーがCFを造ることを拒否してどうする!? 上はお前の普段の仕事ぶりを評価して、プロジェクトに抜擢しかんだぞ!」

「わかっています。もちろん、CFを造ること自体を嫌がっているわけではありません。こういう機体を造れと言われればその通り造ります。ですが、自分を機体開発のメインに据えるのは……」

「千草おめぇ、まだ向き合えてねぇのか」

「すいませんオヤッさん。サポートには、技術部の他の誰かを使って下さい」

「まあ、チーム内の細かい人事は君達に一任しよう。上としては優秀な機体が造られるならそれでいいからな」

「わかりましたよ。技術屋の意地に懸けて、最高の機体を用意してみせまさぁ。ところで、開発チームの一つが俺達なら、もう一つはどこが主導するんです? 武装開発部あたりですかい?」

「うん? ああ、それはな……」

 企画部長がそう言いかけた時だ。開いたドアから飛び込んできた尊大そうな声が、会議室中に響いた。

「聞いたぞ企画部長。一体どういうことだ!」

 怒声と共に会議室に入って来たのは、万龍寺だった。企画部長がその声に跳び上がる。

「ば、万龍寺くん!」

 万龍寺は横目でチラリと千草達の方を見たが、気に留める様子も無く企画部長を睨んだ。

「どうも納得いかんのだが」

「な、何かあったかね、気に障るようなことが?」

「決まっているだろう、コンペティションのことだ。俺のチームと競い合うのが技術部主導のチームとは、エイプリルフールには早すぎると思うのだが?」

「い、いや、これは上で決定したことで……操縦士ドライバー技士テイラー、二つの視点から新型機を開発することでだね……」

「新型機の開発が必要なのは理解している。しかし、その競合相手が技士テイラーだとは」

「我々技術部だと、何か問題でも?」

 万龍寺の言葉を遮ったのは、本郷ではなく千草の方だった。もっとも、その本郷もこめかみに青筋を浮かべ、今にも万龍寺に殴りかかりそうな様子だが。

 万龍寺は冷たく鼻で嗤った。

「決まっているだろう。踏み台になるにしても、もっと相応しい相手がいるということだ。鷹が狐を狩れば観客も沸きはするだろうが、それが狐ですらない芋虫では白けるだけだろう?」

 万龍寺は別に、技士テイラーに恨みが有るわけではない。ただ単純に、彼にとって技士テイラーとは操縦士ドライバーと肩を並べるに値しない存在だというだけの話なのだ。

「なるほど、アンタが言いたいことはつまり、その芋虫が鷹を倒すようなことがあれば、観客は大喜びするということだな」

 千草が万龍寺に投げかけた挑発に企画部長が青ざめ、本郷はニヤリと笑う。

「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか? 一度だけなら聞き逃してやってもいいぞ?」

「そうか、なら言い直そう。俺達技術屋をなめるな、思い上がりのバカが」

 その一言で、場が凍りつく。

 企画部長はヒッと息を呑み、気を失いそうになったのを何とか堪える。沈黙が満ち重苦しくなった空気を破ったのは、万龍寺のくぐもった笑い声だった。

「く、くくく……はは……いいだろう貴様、同じ土俵に上がることを許可してやる! 衆目の前で八つ裂きにされるのを楽しみにしておけ!」

 激昂し、千草に詰め寄る万龍寺。千草の方も万龍寺を静かに睨み返し、一歩も引かない。

「アンタも負けた時の言い訳を考えておいてもいいぞ」

 既に企画部長の顔は、ゾンビのように青くなっている。

「一ノ瀬! お前自分が何を言っているのか分かっているのかー!? 相手は万龍寺くんなんだぞー!」

「分かっています。大口を叩いた以上、責任は取ります。もし俺達がコンペに負けたその時は、俺がムラクモを辞めます」

「な……」

「千草、おめぇ!」

 言葉を失う本郷と企画部長とは対照的に、万龍寺は冷酷な笑みを浮かべている。

「ならその通りにしてもらおうか! 貴様をムラクモから追い出せる日を、楽しみに取っておいてやる」

 万龍寺が去り、少し置いてから千草と本郷も会議室を後にした。ただ一人残された企画部長は、椅子に深く座り込んでため息を吐くのだった。

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