【脳】

 前回の記事にて、あまりにも不適切で不愉快だという声が多く上がったようだが、それは筆者が記したサイコパスの所業への怒りだと思いたい。

 批判の声があっていいのだ。あるべきなのだ。

 わざわざ世間が知らないようなサイコパスの所業を引っ張り出して記事にしたのは、一部で彼らの所業が都市伝説のように流布し、偉人伝のように崇められていたからである。

 彼らは本来、崇められるような存在ではないのだ。脳が狂いに狂った異常者の行為に、同情の余地など無く、それらを羨望の眼差しで見入ることは、はっきり言って罪である。

 こうして形にすることで、批判の声が上がる。それを顧みて、その一部の人間が考えを改めることがあれば、筆者も精神をすり減らしてまで、この記事を書いた甲斐があるというものである。



 5人目のサイコパスの紹介に入る前に、こういう言説をご存じだろうか。

 脳を損傷すると、後天的に才能が開花する。

 例を紹介しよう。とある平凡な男が交通事故に遭い、頭部を強打、失神した。病院に搬送され、一命はとりとめたが、聴覚障害や慢性的な頭痛、記憶障害が後遺症として残ってしまった。

 ところが、男は事故以来、眼を閉じると瞼の裏に五線譜を幻視するようになった。意味が分からなかったが、感覚に任せるままにピアノの前に立ってみると、なんと勝手に自分の指が鍵盤を弾き、美しい旋律を奏でたのである。

 なぜそうなってしまったのかは分からないが、現在、彼は高名な音楽家として名を馳せている。

 つまり、脳を損傷したことにより、意図せず思わぬ才能が開花したのである。脳を傷つけた代償として、神が贈り物をしたとでもいうのだろうか。

 こういった事例は世界各地で報告されており、いくつもの例がある。強盗に襲われて頭部を損傷し、半身不随になった男が、前触れなく絵画の才能に目覚めたり、谷に転落して脊椎と脳を損傷し、言語障害と聴覚障害を負った女が、突如として数学の才能を開花させたり、落雷によって全身に火傷を負い、脳を損傷して部分的な身体麻痺を負った男が、突然凄まじい瞬間記憶能力を発揮したりと、事例は枚挙にいとまがない。

 もちろん、脳を損傷したからといって、全ての人間がそうなるとは限らない。大怪我を負って後遺症に悩む者もいれば、特段今までと変わりがない者が大半だろう。これはあくまで非科学的な現象の事例である。

 なぜ、冒頭からこんな言説を紹介したのか。それは、この言説がこれから書き連ねるサイコパスの生い立ちに関わるものだからである。



 5人目に取材したのは、藤枝隆磨ふじえだりゅうま。29歳の男である。

 この施設では比較的若い年齢の患者である。この男の名よりも、世間の人々にはこちらの異名の方が馴染み深いかもしれない。

 ”紅顔の殺人美少年”。

 世間の記憶にも、見置みおき少年連続殺人事件はまだ新しいことだろう。老若男女を問わず、計11人が殺害されたこの事件が一際世間の注目を集めたのは、容疑者の若さ、手口の残虐性、そして何よりも、その風貌によるものが大きい。

 逮捕当時の藤枝隆磨の年齢は21歳と若く、メディアがこぞって取り上げたその姿は、誰が目にしても見紛う事なき美少年であった。

 そして、端正で目鼻が整い、どこか中性的でもある顔は、メディアによって公開されるや否や、連続殺人犯であるにもかかわらず、なんとアイドル的人気を博すこととなったのである。

 ネットの匿名掲示板では藤枝隆磨を崇め讃える者が続出し、イラスト投稿サイトではアニメのキャラクターのように描かれた画像が人気を博し、質問投稿サイトでは実際に会いたいと懇願する若年層であろう質問主が後を絶たなかった。

 その人気は思わぬ事件までも引き起こした。藤枝隆磨が逮捕され、拘留されていた見置警察署の留置場に、なんと侵入を試みた者が出たのである。あっさりと見つかり、拘束されたのは未成年の女学生であり、藤枝隆磨を救おうとした、等と供述した。

 前置きが長くなったが、実際に対面した際の印象は、逮捕当時のものと変わらず、”紅顔の殺人美少年”は健在、といったところであった。

 無論、外面が良かろうと、その印象だけが先走って藤枝隆磨という人間の残虐性が希薄なものになっているのならば、それは嘆かわしいことである。もし、そう思う者がこのコラムを目にするのならば、筆者はどうか”藤枝隆磨の現実”を目の当たりにしてほしいと願うばかりである。



 藤枝隆磨は藤枝家の一人息子として生を受けた。父親は藤枝亮ふじえだりょう。母親は藤枝伊代ふじえだいよ

 ”紅顔の殺人美少年”の原点は、幼少期に遡る。藤枝亮と藤枝伊代は、小学校へと進学する以前から、しきりに我が子の学力を気にかけていた。

 この子が天才じゃなかったらどうしよう。幼い我が子の顔を見て思うことは、そればかりだった。

 なぜ二人が藤枝隆磨に天才であることを望んでいたのか。それは単純な理由だった。

 学歴コンプレックスが二人を支配していたからである。

 藤枝亮も藤枝伊代も、最終学歴はお世辞にも一流とは言えない大学であり、どちらも受験戦争に敗れ、理想的な人生のレールに乗れなかったことが、トラウマになっていたのだろう。

 二人を知る人物は、後にこう語っている。(本人の希望により匿名)

「亮は母親がいわゆる教育ママってやつで、とにかく昔から成績に人一倍敏感でした。中学生の頃かな。みんなが将来の夢を思い思いに話している時に、亮だけは無表情で、医者になれたらいいな、って呟いたのを覚えてます。多分、あの時からもう自分の成りたい将来なんてなくて、生き方を強制されていたんじゃないのかな」

「伊代ちゃんも似たような境遇で、一族のほとんどが弁護士や検事だったそうです。強制はされてなかったみたいだけど、自分も弁護士にならなきゃって、ずっとプレッシャーを感じてたんじゃないかな。ずっと胃が痛そうな顔をしてるというか」

「二人がくっついたのは、色々と共感するところがあったからじゃないかな」

 ちなみに藤枝亮は大学を一浪の後に卒業後、診療放射線技師となり、藤枝伊代は小学校の非常勤講師となった。二人の理想とする職業に就けなかったことが、我が子に対する思いに拍車をかけることになったのだろう。

 だが、そんな両親の希望に反し、藤枝隆磨の小学生時の成績は、ごく普通の平均的な学力を示した。蛙の子は蛙。鳶から鷹が産まれることはなかったのである。

 二人は焦った。真実から目を背けようと、学力テストや知能指数判定を受けさせたが、やはり藤枝隆磨の学力、知能指数は並のものであった。

 だが、これに関しては二人が事を急いた面が否めない。いかに成績が悪かろうと、その後の努力次第では平均以上の学力を身に着けることが出来たかもしれない。(無論、成績が悪かろうと、我が子が健やかに育てば親としてそれ以上の幸せは無いだろう。極論気味だが、二人の教育理念はあまり人の親としては褒められたものではない)

 二人は我が子の将来に絶望した。自分たちが歩めなかった理想のレールを歩ませようとしていたのに、このままでは自分たちと同じように惨めな結果に終わってしまう。どうにかして、この子を天才にしなければ。

 藤枝隆磨というサイコパスを産み出したのは、両親の内に秘めたる狂気だった。



 読者諸君がご想像の通り、藤枝夫妻は我が子に対して常軌を逸した実験を開始した。

 その実験とは、故意に頭部を損傷させ、前述のような後天的な才能の開花を期待する、というものであった。

 それは実験というよりは、まぎれもなく非人道的な身体的虐待だったが、藤枝夫妻は我が子の頭脳に奇跡が起こることを期待し、その非科学的な言説を妄信しきっていた。

 実験は長期にわたって行われた。まず、藤枝亮がタオルでくるんだビール瓶で前頭部を殴りつける。藤枝伊代はその傍らで待機し、打撲や流血の手当てを施す。その後、ある程度の時間をおいて、自己流で学力テストや知能指数判定を受けさせ、結果をみる。

 当然の事だが、前述した後天的天才たちのように才能が開花する可能性は、天文学的な確率である。実験の成果は得られず、藤枝隆磨にとっては定期的に虐待を受けながら、両親に過度な期待を背負わされるという、拷問のような日々が続くこととなった。

 この地獄のような日々は、藤枝隆磨が11歳になるまで続いた。藤枝夫妻は一向に得られない成果に業を煮やし、趣向を凝らして実験を続けた。前頭部ではなく、後頭部や側頭部、脳天、時には首元の脊椎を狙って殴りつけ、頭部の損傷を図った。

 当時の藤枝隆磨を知る人物は、こう語る。(本人の希望により匿名)

「隆磨君の印象って言ったら、ずっと黙ってるって感じですかね。誰とも話そうとしないし、ずっと無表情のままなんですよ。あの頃は笑ったところを見たことがなかったな。そんなだから、いじめっ子にちょっかいを出されても、ずっと黙りこくってるんです。無表情のままで、ぼーっとして」

「でも、勉強だけは熱心にやってました。宿題も忘れたところを見たことがなかったです。ただ、成績は普通だったけど」

「今にして思えば、あれは両親のプレッシャーに応えようとしてたのかなあ」

 そんな鬱屈した日々を過ごしていたある日、転機は訪れた。

 あまりの成果の得られなさに激昂した藤枝亮が、思いきり藤枝隆磨の脳天にビール瓶を振り下ろしたのである。この時負った怪我は、さすがに藤枝伊代による素人治療で治るものではなく、藤枝隆磨はすぐさま病院へと搬送された。

 脳天という打撲箇所と、そこに残る不自然な痕跡から、担当医師は虐待を疑ったが、藤枝夫妻は階段で転び、手すりで頭を激しく打ったと嘘をついた。この際、夫妻に対して疑惑の目が向けられたものの、警察沙汰には成り得なかった。

 当時の病院の記録を見ると、藤枝隆磨は頭部の皮下血種、裂創、頭蓋骨の線状骨折、軽度の脳挫傷性血種を負っていた。搬送後、直ちに手術が行われ、一命は取り留めたが、三日間もの間、意識が戻ることはなかった。

 やがて意識が戻り、数日の経過観察入院を経て藤枝隆磨は退院したが、この出来事が彼の人生にとっての、ターニングポイントとなったことは、まだ誰も気が付きはしなかった。



 退院し、日常生活に復帰した藤枝隆磨は、凄まじい躍進を遂げた。

 両親が受けさせていた学力テストや知能指数判定では、並外れた点数を叩きだし、まるで人が変わってしまったように明朗快活な性格になったのである。

 小学校の学年成績では頭角を現し、内向的で無口だった人柄は、クラスの中心人物となるまでに明るく饒舌なものへと変貌した。

 藤枝夫妻は狂喜した。実験が成功したのだと、後天的に我が子を天才にしたのだと、これで自分たちが歩めなかった理想のレールの上に我が子を乗せることが出来ると。

 この時の夫妻の狂喜ぶりは凄まじく、親戚や近隣住民などに、実験の概要を言いふらして回るほどのものだったという。その内の一人はこう語る。(本人の希望のより匿名)

「二人とも嬉しそうに自慢してましたけど、あんなもの虐待ですよ。それを指摘しようものなら、激昂するし。二人とも、みんなから白い目で見られていました」

「異常でしょう。父親が我が子を殴りつけて、その傍らで母親が念仏のように、天才になあれ、って唱えてるなんて。その話を聴いて以来、あの二人はみんなから避けられるようになったんですよ」

 その後、順調に成長した藤枝隆磨は地元随一の進学校へと進学した。成績は常に上位を占め、所属していたテニスクラブではレギュラーメンバーに選ばれるほどの実力を発揮し、文武両道な学生生活を送った。

 当時のクラスメートは藤枝隆磨の印象をこう語っている。(本人の希望により匿名)

「みんなは隆磨の事を、漫画の主人公みたいって言ってました。運動も勉強も、何でもできるし、モテモテでみんなの人気者だったから」

「小学校の頃を知ってる奴から話を聴いても、信じられませんでした。突然明るくなって頭が良くなったなんて。中学校で知り合った隆磨は、産まれついての勝ち組って感じだったから、中学デビューだったなんて、そんなことさっぱり信じられませんでしたよ」

 だが、当時を知る人物の中には、藤枝隆磨が時折覗かせる冷たい一面を垣間見た者もいた。

 これは、別のクラスメートの証言である。

「僕はいわゆるクラスの日陰者で、登下校も一人で帰ることが当たり前でした。ある日の事です。いつものようにトボトボ一人で帰っていたら、藤枝君が歩道橋の上で立ち止まって、道路を見つめていたんです。あんなところで何をしているんだろう、って思いながら下から見てたら、突然藤枝君が手に持っていた何かを落としたんです」

「あっ、と思って道路を見ると、何かが車にぶつかった後に轢かれて、ぺしゃんこになってました。近寄って見ると、それが何だったのか、はっきりと分かりました」

「藤枝君は、歩道橋の上から車に向かって、猫を投げていたんです」

 藤枝夫妻の手によって藤枝隆磨は二度目の誕生を迎えたが、天才へと変貌すると同時に、その影の面ともいえる狂気を孕んでいたのである。

 


「両親がその・・、実験をするまでの記憶は一切ないんだ。気が付いたら僕は病院のベッドで寝ていて、一体何が起こったのか分からなかった」

「物や人の名前とか、言葉は覚えてたんだけど、それまで自分が何をしてたのか、どこで、どんなことをして、どういう風に感じたかを、さっぱり思い出せなかったんだ」

 面会設備の向こう側で藤枝隆磨はそう語った。拘束衣は着せられておらず、暴れ出す様子もなく、粛々と過去を語るその顔は、凛としながらもどこか影が差していた。

「訳が分からなかったけど、とにかく自分のやりたいように振舞ったんだ。自然体っていうのかな。そしたら、周りはやたらと驚いてた。天才だとかなんだとか言われたって、過去の自分を知りようがないから、どうしようもなかったけど」

「だから、みんなの人気者になるのも、頭が良いのも、運動ができるのも、殺すのも、自分のやりたいことだったんだ」

 前述した後天的な天才たちは、脳を損傷した代償として、身体に後遺症を負っていた。

 藤枝隆磨に課せられた代償とは、残虐性と共感能力の欠如を秘める、並外れた狂気だった。

 輝かしい青春の裏で、その狂気は徐々に影を落としていく。

「虫を見つけたら、殺さずにはいられなかったんだ。踏み潰すんじゃなくて、羽や足をもいだりして、ちょっとずつ解体していくんだ。せっかくやるんだから、楽しまないと意味がない」

「ハムスターとか、猫なんかも殺す過程を大事にしてたよ。目をライターで炙ったり、口に棒切れを突っ込んだり、足を変な方向に曲げたり」

「なぜか、そうせずにはいられなかったんだ。でも、やりたかったんだから、しょうがないだろう?」

 中学生の頃に、同級生の家からこっそりと持ち帰ったハムスターや、近所をうろつく人懐こい野良猫は、その狂気の犠牲となった。

 その狂気は次第に加速し、やがて人間へと向いていった。

 一番最初の殺人は、中学三年生の時の事だった。史上最初の犠牲者は、街の高架下を根城にしていたホームレスの米倉信三よねくらしんぞうであった。夜間の塾から帰る途中、人通りの少ない時間帯を狙い、金属バットで撲殺して命を奪った。

 初犯、ましてや中学生だというのに、その犯行は極めて緻密に計算されたものだった。凶器の金属バットは学校の備品を盗み出し、近くの側溝にあらかじめ忍ばせて人目に付かないように隠しておいた。私服に血を浴びないように雨合羽を着込み、撲殺の瞬間は悲鳴をかき消すために、真上の高架を電車が通過するタイミングを狙ったという。犯行後、金属バットは丁寧に洗浄してグラウンドの隅に放置し、血を浴びた雨合羽はビニール袋に包んで帰路のゴミ置き場に忍ばせた。ゴミ収集日の日取りまで計算していたというのだから、大した用意周到さである。

 実際に、このホームレス殺人が藤枝隆磨の犯行と判明するのは、逮捕後の事であった。

「何を思っていたかって、何にも感じることはなかったよ。強いて言えば、やってみたかったから、やったまでさ」

 初犯を振り返り、そう語る藤枝隆磨の眼は、一切の曇りがなかった。

 その後、無事に志望の進学校へと進学した藤枝隆磨は、順調に理想的な人生を謳歌しながら、少しずつ犠牲者を増やしていった。

 二人目の犠牲者は小場礼司おばれいじ。見置市の郊外にビニールハウスを構えて暮らしていたホームレスであり、廃材の鉄パイプで撲殺されている。撲殺された後に、口から胃にかけて犯行に使われた鉄パイプが差し込まれていた。

 三人目の犠牲者は清水しみずイネ。見置市在住の老婆であり、ゴミ屋敷と化していた家の中で刺殺されているところを発見される。凶器の包丁は現地調達され、全身を計24箇所も滅多刺しにされて殺された。

 ここまでの殺人は殺すのに容易い老人ばかりを狙っていたが、四人目以降からは、まるで手馴れてきたかのように無作為に選ばれていく。

 四人目の犠牲者は五木陸いつきりく。見置市の小学校に通う六年生であり、夜に自転車で帰宅途中、土手から川へと突き落とされて溺死している。この一件は長らく事故とされていたが、逮捕後の自供により、藤枝隆磨の犯行だということが判明する。なぜ襲ったのか、という問いに対し藤枝隆磨は、”目の前を通りかかったから”と答えた。

 五人目の犠牲者は阿西未来あにしみらい。見置市にある祖母の家を訪ねて来ていた中学一年生であり、帰路に着く途中の夜道にて、絞殺される。この際、あまりにも見置市内で殺人を重ね過ぎたせいか、藤枝隆磨は財布やアクセサリーを奪うなどして、金品が目当ての犯行に見せかけ、犯人像をぶれさせることを狙った。実際に警察は、最初の三件の殺人は同一人物の犯行と睨んでいたが、阿西未来の件に関しては金品が目的の通り魔の犯行だとして、捜査を進めていた。

 ここまでが、藤枝隆磨が高校の在学中に起こした惨劇である。やがて第一志望の名門大学に進学した若き殺人鬼は、少年から青年へと成長するように、連続無差別殺人鬼として着実に場数を踏んでいくこととなる。



 六人目の犠牲者は掛巣宗太郎かけすそうたろう。見置市から遠く離れた街に住む11歳の少年だった。藤枝隆磨は車を手に入れたことによって、行動圏を県外へと広げた。目を付けたのはオフシーズンの客の少ないキャンプ場であり、遭難したと見せかけてターゲットを殺害するつもりだった。

 掛巣宗太郎はキャンプ場に家族で訪れていたが、朝方に一人で周辺を散策していたところを撲殺されている。遺体はすぐさま車へと運ばれ、死姦された後に別の山中に埋められ、遺棄された。

 それまでは遺体を必要以上に傷つけることはあったものの、なぜ唐突に死姦に及んだのか、という問いに対し、藤枝隆磨は”僕だって年頃だし、そういう事にくらい興味を持つよ”と答えた。

 七人目の犠牲者は伊瀬凛いぜりん。彼女も見置市から遠く離れた田舎町の農地にて襲われ、誘拐された。46歳の農家を営む主婦であった伊瀬凛は、生きたまま誘拐され、掛巣宗太郎を遺棄した山中にて強姦の後に刺殺された後に埋められた。

「やっぱり練習はしとくもんだね。初めてじゃなかったから、上手くいったよ」

 藤枝隆磨は相変わらず曇りなき眼でそう語った。

 八人目の犠牲者は羽生統二はぶとうじ。19歳の男子大学生であり、見置市から遠く離れた県の歓楽街にて消息を絶った。その後、半ば白骨化しかけていた遺体が件の山中にて発見される。藤枝隆磨の証言によると、彼も強姦の後に殺害されている。

「居酒屋で意気投合したんだ。だから、彼としてみたいって思った。ベロベロに寄った彼を介抱するふりをして、いつものとこに行ったんだ。そしたら、あんまりお尻でするのが嫌だ嫌だって泣きながら言うから、したんだ」

「あれが一番の体験だったかな。あれを越えるセックスはもうできないと思うよ」

 ここで一旦おぞましい惨劇の説明を終え、藤枝夫妻に話を戻そう。

 藤枝夫妻は何の疑問もなく、無事に理想のレールの上を歩んでいく我が子に満足していた。前述したように、周囲にもその様を見せつけるように触れ回り、白い目で見られるばかりであった。二言目には名門大学に通う我が子の事を口走り、自慢の息子だと吹聴していた。

 もちろん、その栄光の影で、我が子が殺人鬼として暗躍していたことを夫妻は知る由もなかった。

 当の藤枝隆磨も、両親に対しては全くと言っていいほど関心がなく、事務的に接していたという。

「後から色々と聴いたけど、別に僕に対しては天才になってくれた、としか言わなかったし、恨んだりはしてなかったよ。かといって、尊敬してたかって言うとそうでもないけど。自分の子供をわざわざ天才にしたがるなんて、変な人たちだなあ、って思ってただけで」

「僕のやってたことについては上手くやってたから、バレてなかったよ。それに・・」

「あの人たちは僕が何をしていようが、興味がないみたいだったし」

 そう語る藤枝隆磨の顔は、どこか寂しげだった。

 


 そして、運命の時が訪れる。

 九人目の犠牲者、植井愛実うえいあみは、見置市の大学に通う同年代の女学生だった。同じ講義を取っていた藤枝隆磨に対し、興味が湧いた植井愛美は、密かに下心を秘めて近付いた。

 成績優秀であり、常に周囲に人が集まる容姿端麗な男。生前、植井愛美は友人に対し、”何かを隠しているような影のある人が好き”と、漏らしていたという。藤枝隆磨に惹かれた植井愛美は、その眉目秀麗な顔に差す影に気が付いていたのだろう。

 無論、彼女は九人目の犠牲者である。その影の正体が、想像を絶する常軌を逸した狂気だということは、見抜けなかった。

 結果として、植井愛美は藤枝隆磨によって撲殺されるが、ここで初めて手練れの殺人鬼はミスを犯した。いつもなら車中や誰も見ていない場所で殺人を実行していたが、植井愛美の住んでいたアパートで犯行に及んでしまったのである。

「彼女も僕も酔ってはいたんだけど、あんまりにもしつこくてさ。彼女」

「何か隠しているんでしょう、って。わたしには分かる、とか、わたしも同じだから分かる、とかさ。面倒くさいでしょ?そういう人って。僕の何が分かるんだよって思って、イライラし始めたんだ」

「気が付いたら、殴ってた」

 皮肉にも、この時藤枝隆磨が使った凶器は酒瓶だった。

 その後、藤枝隆磨は淡々と現場を処理し、部屋にあった植井愛美の物であるスーツケースに、何事もなかったかのようにアパートを出た。いつものように、山中に遺棄するつもりだったという。

 ところが、思わぬ出来事が藤枝隆磨を襲った。アパートを出て角を曲がるや否や、警察によって職務質問を受けることになったのである。警官から見れば、真夜中に手荷物を持たず、スーツケースだけを引きずって歩いている男というのは、疑う余地を十分に与えさせた。

 職務質問に当たった巡査の三浦徹みうらとおるは、その時の状況を振り返り、こう語っている。

「何気なく声をかけたんです。スーツケースだけを持っているというのはどうも怪しかったもので。もちろん、その中に死体が入っているなんてことは、想像できませんでしたが」

「職務質問の最中、藤枝は一切動揺するそぶりが見えませんでした。質問にも、飄々とした態度で答えていましたし、逃げ出すそぶりも見せませんでしたよ」

 淡々と職務質問に対応していた藤枝隆磨だったが、巡査がスーツケースの中身を検めたいと言うや否や、眼の奥を光らせた。”何も入っていませんよ、買ったばかりなもので”。そう言って立ち去ろうとした藤枝隆磨を怪しんだ巡査は、中身を見せるように迫った。

 いいでしょう。観念したのか、藤枝隆磨はそう言ってスーツケースを手放した。そして、巡査が中身を検めようと留め金に手を掛けた瞬間だった。巡査の顔面を狙って、勢いよく藤枝隆磨は蹴りを入れた。突然の襲撃に怯んだ巡査は倒れこみ、視界を奪われた。実際に、藤枝隆磨は巡査の目を狙ったという。

「目を潰せば、僕の顔を説明しようがないと考えたんです」

 ところが、巡査はすぐさま立ち上がろうとしていた。藤枝隆磨は、今度はスーツケースを力任せに巡査に打ちつけて昏倒を狙った。当たった衝撃で留め金が壊れ、巡査の目の前に植井愛美の死体が転がった。

 それでも立ち上がろうとする巡査を見て、藤枝隆磨は勝ち目がないと判断したのか、一目散に姿を眩ませた。アパート近くに停めていた車に乗り込むと、大急ぎでその場を離れた。巡査は道路に転がった植井愛美の死体に驚愕しつつも、すぐにこの事態がただの公務執行妨害では収まらないものだと悟った。

 今まで一切の痕跡を残してこなかった連続殺人鬼の凶行が、初めて白昼の下にさらけ出された瞬間だった。

 その後、現場を逃亡した藤枝隆磨は、旅支度でもするかのように、なぜか自宅へと帰った。時刻は朝の七時過ぎ頃であり、藤枝夫妻は朝食を摂ろうとしている最中であった。

 この時、既に警察は動き出しており、巡査が目撃していた車のナンバーから足取りを辿られ、藤枝隆磨は追われる身となっていた。アパートでの一件から僅か三時間後、警察によっては自宅は特定され、複数のパトカーが朝の見置市内を疾走していた。

 だが、警察が藤枝邸へと乗り込んだ際には、後だった。

 食卓の上には、まだ湯気が立つほど温かい朝食と、藤枝亮の頭蓋から漏れ出た脳が並べられており、そこから滴る血がテーブルを伝って床にまで広がっていた。キッチンのシンクには藤枝伊代の脳が散乱し、排水溝を詰まらせていた。まな板の上には、藤枝伊代の下顎が転がっており、切られた舌が三角コーナーに捨てられていた。

 踏み込んだ警官が吐き気を催しながら家の中をくまなく探すと、二階の自室で藤枝隆磨はベッドに腰掛けていた。返り血を浴びたその顔は、穏やかな微笑みを湛えていたという。手には夫妻を殺した凶器である、血が付着したビール瓶を携えていた。

 藤枝隆磨はそのまま抵抗することなく、警察に身柄を拘束され、逮捕された。手錠をかけられた瞬間、藤枝隆磨は”ミャーオ”と、猫の鳴き真似をしたという。

 かくして、”紅顔の殺人美少年”はその凶行に終止符を打つこととなった。



 藤枝隆磨は今も余罪の可能性を仄めかしながら、この施設で生き永らえている。

 驚くことに、未だに施設に藤枝隆磨宛の手紙や品物が届くこともあるという。それだけでなく、その犯罪歴を網羅し、事細かに取りまとめている書籍が出版されるなど、猟奇殺人鬼とは思えない人気ぶりである。逮捕から8年も経つというのに、なぜそんなにも他者の関心を引き付けるのであろうか。嘆かわしいことである。

 世間一般からすれば、両親のせいで性格が歪んでしまった美少年という風に見えるものなのだろうか。無論、そう映っていたとしても、犯した罪は残虐極まる凄惨なものであり、同情の余地など無い。

 だが、筆者はその切り口に異論を唱えたい。

 藤枝隆磨は、果たして本当に両親の実験によって後天的なサイコパスと成り得たのであろうか?

 可能性は複数ある。

 両親の悪しき実験によって脳が損傷し、天才になると同時に、サイコパスとしての才能を開花させたのか。

 それとも、実験によって天才になることなどなく、自身に無意味な虐待を繰り返す両親に絶望したことによって精神が崩壊し、サイコパスへと変貌したのか。

 それとも、もともと産まれついてのサイコパスであり、実験を機に自身の欲望のままに行動したのか。

 前々回に取材したサイコパス、波間律夫の事を思い出してほしい。筆者はその際にも、果たして産まれついてのサイコパスだったのであろうか、という疑問に触れている。

 今回もその切り口からこのケースを見てみると、どうにも疑問に思うことが多いのだ。

 まず、両親の実験によって脳を損傷した点についてである。脳を損傷して天才になるという非科学的な現象には目を瞑るとして、そもそもその際に藤枝隆磨が負った怪我は頭部の皮下血種、裂創、頭蓋骨の線状骨折、軽度の脳挫傷性血種であり、頭部を損傷してはいるものの、大きく脳を損傷してはいないのである。

 仰々しい文字列だが、総合すると強く頭を打った、程度の怪我である。脳を損傷していないというのに、果たして性格や知能が急激に変わるものだろうか?

 そして、もうひとつの疑問は、なぜ最後の最後に両親を殺害したのか、という点である。恐らく、九人目の犠牲者、植井愛美についてはイレギュラーな殺人だったのであろう。それまでの緻密な犯行に比べれば、それはあまりにもずさんなものである。それゆえに、凶行が白昼の下にさらけ出されてしまった。

 この時、藤枝隆磨は逃亡するのを諦め、せめて身柄を拘束される前に、自身に虐待を繰り返した両親に対して復讐しようとしたのではないだろうか?

 藤枝隆磨は実験以前の記憶はないと証言している。だが、両親の殺害に使用した凶器は、両親がその実験の際に使用していたビール瓶である。そして、藤枝隆磨にビール瓶を振り下ろして虐待していた藤枝亮を殺害した方法は、ビール瓶を何度も脳天に振り下ろして撲殺、というものである。

 いつも実験の後で手当てを施しながら、天才になあれと唱えていた藤枝伊代は、舌を切り取られた上に下顎をもぎ取られて殺害されている。

 藤枝隆磨は、なぜ両親を惨たらしく殺したのか、という問いに対しては、”僕の正体を知ったら両親が悲しむと思った”と、証言している。

 だが、どうにも腑に落ちない。やはり、藤枝隆磨は先天的な産まれついてのサイコパスなのではないのだろうか?

 藤枝隆磨と前述した波間律夫の決定的な違いは、現在も対話が可能なことである。筆者は覚悟を決め、藤枝隆磨に疑問を投げかけた。

「あなたは、本当に両親の実験によって、サイコパスとして目覚めたのですか?それとも、そもそも実験によって変貌などしておらず、産まれついてのサイコパスであったのではないのですか?」

 問いを投げかけた瞬間に、淡々と取材を受けていた藤枝隆磨の眼の奥が、一瞬鋭く光るのを感じた。

 そして数秒の沈黙の後、藤枝隆磨はニヤリと笑ってこう言った。

「ミャーオ」

 逮捕後、藤枝隆磨の部屋から押収された物の中には、ボロボロの猫のぬいぐるみがあった。頭の中にボタンがあり、これを押すと”ミャーオ”と鳴くギミックが仕込まれたぬいぐるみである。

 このぬいぐるみは、藤枝隆磨が幼い頃に両親から贈られた誕生日プレゼントだったという。

 その言葉の真意を確かめるべく、再度質問を投げかけようとした瞬間に、取材の時間切れを知らせるブザーが鳴り響いた。面会設備は閉じられ、強制的に取材は終了させられてしまった。

 真実は闇の中であるが、藤枝隆磨の本当の姿は、いったいどちらなのだろうか。もちろん、それを確かめようとして、闇の中へと踏み込むことを、筆者はお勧めしない。

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