【血】

 覚悟していたことだが、どうやらこの実録コラムは世間には歓迎されていないらしく、批判の声の方が多いようである。

 なぜ、わざわざ世間が忘れたような殺人犯たちの声を届けようというのか。そういった声が編集部に寄せられていると忠告を受けたのは先日の事であるが、どうやら良くも悪くも話題になっていることもあるのか、掲載は打ち切られることなく続くようなので、今後もどうかご容赦願いたい。

 筆者が何故、殺人犯の声を世間に届けようとするのか。その問いにだけ答えようと思う。というのも、寄せられた多くの批判の中に、不謹慎極まりない炎上商法ではないのか、といったものが多かったからである。

 もちろんその側面があるのも否めないが、第一の目的として据えているのは、世間にサイコパスの知られざる一面を知ってもらう、というものである。

 世間にとってはただの殺人犯かもしれないが、メディアが好き勝手に張り付けたイメージに覆い隠されてしまった、彼らサイコパスの本質。それを届けることこそが、筆者に課せられた使命と信じるからだ。



 三人目のサイコパスは、波間律夫はまりつお。齢43、性別、男。

 世間一般の方が想像するサイコパスとは一体どういったイメージだろうか。これは偏見だが、無邪気に笑いながら善人の喉元をナイフで切り裂くような、そんなイメージなのではないだろうか。

 映画や小説など、フィクションにおけるサイコパスはこういったものが多いように思う。もちろん、それが全てとは言わないが、そんなイメージを抱く者が多いだろう。

 波間律夫は、そんな世間が想像するようなサイコパス像を具現化したような人間だった。面会設備のアクリル越しに対面したのは、渇いた髪をボサボサに伸ばし、鋭い眼光でこちらをじっと睨む、拘束衣を着せられた痩せぎすの男。第一印象は、こんなにも見た目がサイコパス然とした人間がいるのか、というものだった。

 取材に入るために、まずは軽い自己紹介と挨拶を試みたが、返答は一切なかった。代わりに、食い入るように眼を見つめられるばかりで、場は沈黙したまま停滞してしまった。

 限られた時間を無駄にしない為、構わずに取材に乗り出し、質問を投げかけたが、以降もまともに会話が成立することはなく、今回の取材は筆者の主観による推理によってまとめる運びとなった。

 これから綴る文章が、果たして波間律夫の真実を描写できているかは定かではないか、どうかお付き合い頂きたく思う。



 波間律夫が犯した犯罪は、合計9人の殺人と死体遺棄である。幼少期から、逮捕時までの動向まで、波間律夫という人間像を推し量りながら語っていこう。

 波間律夫は父子家庭で育った。母親は虚弱体質であり、波間律夫を出産した際に病院にて亡くなった。父親の波間英はますぐるは精肉工場に勤めながら、男手ひとつで我が子を育てた。

 当時の事件資料や、各方面に行った取材では、父親から虐待を受けていたという記録や証言はない。だが、それらから、波間英の少々風変わりな人間像が浮かび上がった。

「なんていうか、いい人なんですけど、健康にうるさいっていうか。たまにいるじゃないですか、変わった健康法を実践してる人って。健康マニアというか」

「健康診断は毎年会社で実施されていたんですけど、波間さんは必ず拒否していました。信用ならないって。医者は嘘ばかり言うって」

「あの人は心の病気みたいなもんでしたよ。極度の病院不信ってやつです。奥さんの事で、いろいろあったんでしょうね」

 ”奥さんの事”とは、出産の際に命を落とした妻の事を指しているのであろう。推測するに、波間英は病院での妻の死を理由に、病院不信に陥ったのではないだろうか。

 波間英の妻が、病院側の医療ミスによって死亡したという事実は、過去の記録を見る限りはない。もちろん病院側が事実を隠蔽している可能性もあるが、今となっては病院自体が廃業して存在しない為、真実は闇の中である。

 ともかく、波間英はその度が過ぎた病院不信の下、子育てを敢行した。当時を知る人物(本人の希望により匿名)はこう語る。

「本当に度が過ぎているんですよ。律夫くんが風邪をひいたり、熱を出しても、絶対に病院に連れていこうとしないんです。見かねて薬を持って行ったこともあります」

「そしたら、そんなもの二度と寄越すなって怒鳴られましたよ。そのまま治るまでほったらかしですよ。ただでさえ、律夫くんは身体が弱かったのに。見ていて本当に可哀そうで」

「律夫くんは多分、ワクチンとか予防接種も受けさせてもらえなかったんじゃないかな。だから身体が弱かったのかも」

 波間律夫はたった一人の肉親である父親が世界の全てであった。閉鎖的な家庭の中で、孤独に幼少期を過ごしながら、ただ一人自分を愛してくれる父親に、愛憎入り混じった感情を抱いていた。

「僕を褒めてくれるのも、怒ってくれるのも、お父さんだけでした。どっちかというと、怒られる方が多かったから、死んで良かったのかもしれません」

 この発言は今回の取材ではなく、過去の資料からの引用である。

 だが、波間律夫は父親のことを心底恨んでいるわけではなかった。波間英は、不器用ながらに我が子に愛情を注いでいた。それは、波間律夫にも歪ながらに伝わっていた。

「お父さんは僕の身体が悪くなると、血を飲ませてくれました。これでよくなるって。お医者さんは嘘ばかりつくから、お父さんはこうやって病気を治してきたんだよって」

 前述した”変わった健康法”という言葉をお覚えだろうか。

 波間英は極度の病院不信からか、血を飲むというオカルトじみた健康法を実践し、我が子にもそれを施していた。

 無論、この血を飲むという健康法に、医学的根拠など無い。なんの確証もない、どちらかというと危険な民間療法に過ぎず、血を飲んだところで胃で分解されるだけである。似たような民間療法に飲尿療法というものがあるが、こちらも医学的根拠は無い。

 だが、盲目的というほどに、波間英はこの健康法を信じていた。病院や現代医学に見放された者が民間療法に走る事例は多く、新興宗教が絡んでいるケースも少なくはない。波間律夫もそんな人間の一人だった。波間律夫をこの民間療法に駆り立てたのは、妻の死による病院不信であったが。

 


 そんな波間英の自己流民間療法は次第にエスカレートし、ついには習慣化した。どこからか手に入れた採血針とチューブで週に二度ほど腕から血を抜き、容量が分かるように調理用の計量コップにきっかり50ml溜められた。それは保存されることはなく、すぐさま波間律夫へと献上されていった。時折、自身もその血を口に含んでは、百薬の長と信じて飲み干した。

「水曜日と日曜日が”お薬の日”でした。お父さんの血は美味しくなくて、我慢して飲んでました」

「良薬口に苦しだよって、お父さんは笑っていました」

 平均的な体躯の成人男性の血液生産量は、一日に30mlほどである。これが習慣化していた場合、波間英は常に貧血状態に陥っていたはずだが、病は気からというものなのか、本人は体調不良の兆候はなかったという。勤務先の精肉工場では常に精力的に働き、ギラついたような表情を浮かべていた。

 それとは対照的に、波間律夫は前述の証言の通り、身体の弱い子供だった。通っていた小学校では頻繁に朝礼中に貧血を起こして倒れたり、水泳中に失神をして溺れかけたり、授業中に緊張からか過呼吸に陥ったりと、保健室と教室を往復するような日々を過ごしていた。

 救急車を呼ぶような事態もあったが、保護者として訪れた波間英が搬送先の病院で激昂した後、救急車を呼んだ教員を怒鳴りつけて恐喝した騒ぎを起こした為、教員たちは波間律夫を腫物のように扱うようになった。

 それは周囲の生徒たちも同様であり、触れてはならない存在として、波間律夫に対して近付こうとはしなかったという。

 そんな孤独な生活は波間律夫を鬱屈させ、波間英を喜ばせた。

「お父さんはいつも言ってました。お父さんしか信じちゃいけないよ、って。近寄ってくる人たちは、みんな嘘つきなんだ、って」

 波間英は我が子の行動を支配したがっていた。どこに行くにも、何をするにも、波間律夫は父親の許可なしには行動できなかった。

 そんな悪しき父性支配は中学生になっても続いた。成長し、体躯が大きくなろうとも、波間律夫はやはり母親譲りの虚弱体質であり、保健室にいる時間の方が長いような学生生活を送っていた。

 友人は一人もいなかった。小学生時のこともあり、周囲の者は、あいつの親はヤバイ、と後ろ指をさして噂していた。実際に当時のクラスメートの幾名かに取材を試みたが、誰もが波間律夫の印象を、親が危ないから近付いてはいけない人、と記憶していた。波間律夫自身の性格や人となりは、誰も記憶していなかった。

 波間律夫が過ごした青春は、相変わらず父親の血を飲み続ける日々だった。疑問にも思わず、愚直なほどに目の前に運ばれる血を飲み干し、波間英の満足そうな顔を眺めていた。

 波間家は郊外の一軒家に居を構えており、近隣住民はおろか親類すら寄り付く者はおらず、誰も中の様相を知りえなかった。



 波間律夫が通信制の高校に進学して二年の月日が経った頃、波間英は自己流民間療法を実践し始めて、初めてといっていいほどに体調を崩した。

 発熱を起こし、吐き気を催し、血を抜いていた腕は赤く腫れ、ズキズキと痛みが生じた。波間英は懸命に自身でが、症状は日に日に悪くなる一方だった。

 勤務先の精肉工場の同僚たちは心配して病院に行くよう勧めたが、波間英は金切り声を上げてこれを拒否した。それが引き金となったのか、普段からの勤務態度に思うところがあったのか、精肉工場は波間英を解雇した。精肉工場側からすれば、食品を扱うという場に不潔な人間を出入りさせたくはなかった、という面もあったのかもしれない。

 解雇されてからというもの、波間英は家にこもりきりで寝込んでいた。することといえば、波間律夫を叱咤するか、相も変わらず血を抜いて飲むことだけだった。

 波間英の身体を侵していたのは、消毒しきれていなかった注射針から感染したことによる、非結核性抗酸菌感染症であった。

 この病気は人から人へ感染することはないものの、病院にて医師の元、経過を観察しながら投薬を行って治療するレベルのものである。放っておけば肺は侵され、リンパ節炎や全身感染症を併発する。

 当然、波間英は一切病院にかかることはなく、血を飲み続けた。日に日に皮膚には紅斑が増え、呼吸がしにくくなり、食事は喉を通らなくなり、痩せ細っていった。

 波間律夫は病魔に侵されていく父を献身的に介護し、その血を飲み続けた。

「お父さんは自分が苦しくても、僕の”お薬”を欠かさずに出してくれました。治るはずだよ、って言いながら。お父さんも”お薬”を飲んでたけど、血を吐いて死んじゃいました」

 血を吐く、という症状は非結核性抗酸菌感染症によるものである。侵された肺や気管支から血痰がでたものと推測するが、自己治療のために飲み込んでいた血を吐き戻していたのかもしれない。

 その後、波間英は自室の布団の上で衰弱死していたところを発見されている。波間律夫は動かなくなった父を半日ほど放置した後、観念するかのように近隣住民を呼びつけた。

「治るはずだって言ってたから、そのうち起きるかと思って」



 波間律夫は静かになった自宅の中で、ひとり狼狽えていた。今まで、父親の命令無しに自身で物事を考えて行動することがなかった為、一体どうしたらいいのか途方に暮れてしまったのである。何をすべきか分からず、ただ食事や排泄を繰り返すばかりで、消えてしまった父親の影を探して家の中をうろうろとしていた。

 通信制の高校とも連絡を絶ち、心配して家に寄りつく者はいなかった為、波間律夫はより一層孤独な日々を過ごすこととなった。

 そんな生活を送っていたある日のことである。いつものように体調を崩し、ひとり家の中で痛みに悶えていたところ、ふとある考えが浮かんだ。

 ああ、”お薬”を飲まなきゃ。でも、もうお父さんはいない。どうしよう。

 ああ、そういえば、お父さんはこう言っていたっけ。

「もし、お父さんがいなくなったら、他の誰かに血を貰って飲みなさい。その誰かは、きちんと見定めるんだよ。お父さんのように健康で、病院に身体をいじくられていない、優しい人を選びなさい。そんな素晴らしい人の血なら、きっと律夫の病気も治るはずだよ」

 ”お薬”を貰いに行こう。

 この時期、波間律夫は何度か補導されている。スーパーの駐車場で買い物客に対して執拗に声をかけたとして店員に通報され、駆け付けた警官によってである。

 その声かけの内容とは、いずれも”僕のためにお薬をください”というものであり、警官は波間律夫を非行少年として扱い、厳重注意で済ませている。

 これが惨劇の予兆であったとは、誰しも予想できなかっただろう。

 拙くも、どうにか自身で考えて行動を始めた波間律夫は、少しづつ親元を離れた子供のように成長を始めた。道行く人間にやたらと話しかけ、会話を交わそうと努めた。近隣住民や事情を知る者は怪訝な顔でその様子を見ていたが、知らない者は少々風変わりな青年として会話に応じることもあった。

 波間律夫が人々と交わした会話は、当初は支離滅裂なものであり、まるで幼い子供が一方的に話しているようなものであったが、着々と場数を踏む内に他者とのコミュニケーションに慣れてきたのか、ついには一定の話題について話せるまでに達した。

 最初は挨拶を交わし、天気や場所や身なりについて何気ない話題を振る。返答があれば、そこからその話題を広げてやりとりを続ける。世間話はしなかった。世情には疎く、相手がその話題を振ればたちまち黙りこくった。

 実際に波間律夫に話しかけられた人物はこう語る。

「最初は普通の人だと思ったんですよ。たまにいるじゃないですか、距離感が近い人って。でも、二言三言話す内に、あっ、この人やばい人なのかな?って分かるというか」

「いい天気ですね、ええ、近頃は雨続きでしたからね、ははは、晴れて良かったです本当に、明日からも晴れるといいですねえ、ええ、ところで、あなたは健康ですか?」

「本当にこんな感じでしたよ。脈絡なく、唐突に質問してきたんです。何かの勧誘なのかなって身構えていると、他にも、病院に行ったことはありますか?とか、自分は優しいと思いますか?とか」

「こっちが怪訝な顔をしてもお構いなしで続けるから、それとなく話を流して立ち去りました。悪かったかなと思って振り返ったら、悲しそうにこっちを見てたから、ちょっと可哀そうに思いました」



 波間律夫は着々とコミュニケーション能力を身につけながら、行動範囲を広げていった。そして、最初の惨劇を、家から遠く離れた市民プールにて引き起こす。

 波間律夫は人の多く集まる場所を目指し、父親の使っていた自転車で様々な場所を巡っていた。そして、目に付けたのは県外の市民プールであった。駐車場の入り口付近で自転車を停め、行き来する人々にいつものように話しかけ、煙たがられていたところに、一人の少女が話しかけてきた。最初の犠牲者、春野絵里奈はるのえりなである。

 春野絵里奈は天真爛漫で純粋無垢な小学四年生だった。その日は友達が行くというので、一人きりで歩いて市民プールに赴いたところ、駐車場の入り口にポツンと佇む痩せぎすの青年を見つけた。

「何してるの?って話しかけてきたので、優しい人を探しているの、って答えました。そしたら、変なお兄ちゃん、って言って笑ってくれたから、病院に行ったことある?って聞きました」

「一回も行ったことないよ、ってニコニコしていたので、”お薬”を貰うことにしたんです」

 春野絵里奈は言われるがままに、併設されていた公園のトイレの前へとついてきた。波間律夫が取り出した採血針を見るなり、危険性を感じたのか悲鳴を上げたが、口をふさぐ大人の腕力には敵わず、中の個室へと連れ込まれた。

「”お薬”を貰えれば、別に良かったんですけど」

 春野絵里奈があまりに暴れるので、波間律夫は口をふさいでいた両手を首にまわした。春野絵里奈が静かになり、ようやく”お薬”を貰うことが出来ると分かると、血管の浮いていない幼い腕に採血針を突き立てたが、心臓が動いていなかったせいで採取できなかった。

 しばし考えた末に、波間律夫は直接”お薬”を摂取することに決めた。腕に犬歯を突き立て、柔らかい肌を破ると直接喉に”お薬”を送り込んだ。

「飲んでいくと、体調が良くなる気がしました。お父さんの”お薬”は、コップ一杯分だったから効かなかったのかと思って、出来るだけ多く飲むことにしました」

 その後、口元に付いた血を手洗い場で拭った後、何事もなかったかのように自転車で帰宅した。個室の中の春野絵里奈の亡骸が発見されたのは、その日の夕方の事であった。



 今となっては波間律夫と対話することは叶わないので、初めて人間を殺めた際に、その味を占めたのかは分からない。

 だが、その後の波間律夫の行動を辿ると、どうにも”お薬”を貰うという目的よりも、その手段の方に固執していったような気がしてならない。

 二人目の犠牲者は、折尾安菜おりおあんな。波間律夫の住む町の、隣町の中学生で、夜塾の帰り道に襲われている。首に索条痕と肩に噛み跡が残った亡骸は、道路沿いの大きな側溝の中に放置されていた。

 三人目の犠牲者は、城治夫じょうはるお。40代半ばの会社員で、夜、会社からの帰宅途中に襲われた。道の植え込みに隠すように放置されていた遺体の頭部には石で殴りつけたような外傷と、首筋にやはり噛み跡が残っていた。

「体調が悪くなる度に、いろんな人に”お薬”を貰っていました。最初に”お薬”をいっぱい飲んだ時に、お父さんの言っていたことはあんまり関係ないのかもしれないって思ったから、病院に行った人やあんまり優しくない人からも、”お薬”を貰うことにしました」

「いっぱい飲む度に、気分はとても良くなっていきました。あんな晴れやかな気持ちになれるのは、”お薬”を飲んでいる時だけでした」

 その後も犠牲者は少しづつ増えていき、その度に犯行は大胆になっていった。六人目の犠牲者、羽野富美はのふみなど、日中のスーパーのトイレで襲われている。床のタイルに流れる血は、個室はおろか全体に広がり、壮絶な光景だったという。

 推測するに、波間律夫は父性支配から解放され、自身で物事を考え行動するということに達成感を得ていたのではないだろうか。

 ”お薬”に固執していたのは確かだが、段々と疎かになっていく手口を見るに、”お薬”とは違う味を覚えたのは事実だろう。

 その疎かな犯行も、九人もの犠牲者が出るまで警察の手を逃れたというのだから、運がいいというのだろうか。それとも、実際は綿密に考えられていたというのだろうか。

 


 その九人目の犠牲者、井出徹いでとおるの喉笛を噛みちぎり、”お薬”を抽出している際に、とうとう波間律夫は犯行現場を見つかってしまう。井出徹は21歳の成人男性だったが、華奢な体格をしていた為、波間律夫の狩りは滞りなく行われた。

 狩場は夜の大型商業施設の立体駐車場だった。井出徹が買い物を終え、車に乗り込む際に押し込むように襲い、悲鳴を上げる隙も与えずに口を押えて喉に噛みついた。そのままドアを閉め切り、ひたすら”お薬”を抽出していたところに、駐車場の警備員が現れたのである。

 警備員はとある客から要請を受けて様子を見に来たに過ぎなかった。

 立体駐車場の車両の中で、二人組がいるので注意してほしい。

 警備員からしてみれば、厄介な客を注意する程度の覚悟だっただろうが、まさか殺人現場が待ち受けていようとは、夢にも思わなかったであろう。 

 波間律夫は見つかった途端に警備員にも食いつこうとしたが、体格差によっていとも簡単に組み伏せられてしまった。こうして、あっさりと波間律夫は逮捕された。

 最後の被害者、井出徹が名門大学の医学部に通う医者の卵という、波間英が最も忌避していた人間だったのは、何かの運命だったのだろうか。



 逮捕された後に、波間律夫はすぐさまこの施設に収容され、長い時間をかけて治療されることとなった。その過程の中で、施設はゆっくりと波間律夫から自供を引き出し、とうとう9人の殺人と死体遺棄の罪を認めさせたのである。

 だが、上手く自供を引き出したはいいものの、治療には弊害も起きてしまった。波間律夫は着々と精神治療のステップを踏んでいたのだが、その途中で波間英の異常性に感づいてしまったのである。

 それまで波間律夫は、父親に愛されていると感じていた。父親こそが、自身の最大の理解者であり、無償の愛を捧げてくれる存在だと信じてやまなかった。

 だが、歪んでいた精神が徐々に常人のそれに近付いていくにつれ、父親こそが歪んでいたのだと思い知らされてしまった。長年の、いや、生まれた瞬間から築かれていた無償の愛による信頼が、異常な男による狂気に塗れた何の根拠もない押し付けがましい民間療法へと変化した瞬間、波間律夫の立ち直りかけていた精神が崩れ去るのは時間の問題だった。

 比較的大人しく、慎ましい態度で治療を受けていた波間律夫だったが、ある時を境に暴れるようになった。それまで大人に成りきれなかった子供のような表情を浮かべていた波間律夫だったが、精神が崩壊した後は獣のように暴れるばかりで、どのような治療を施そうとも、それは治ることはなかった。



 波間律夫が逮捕されたのは24年前のことである。治療が開始されたのは23年前になるが、精神が崩壊してからは19年。19年もの間、波間律夫の精神は崩壊したままであり、病室で獣のように吠え、暴れる日々だという。

 拘束衣を着せられ、ある時に施設の人間に噛みついて以来、口には革製の拘束マスクが取り付けられている。取材時も、この装備はとりつけられたままであった。その隙間から覗く波間律夫の犬歯は、正に獣のように長かった。

 前述の通り、まともな取材にはならなかったのだが、実際に対面して、ひとつだけ浮かんだ疑問がある。

 果たして、本当に波間律夫の精神は崩壊しているのだろうか?

 上記の事柄は、筆者が推測して語ったに過ぎない波間律夫の過去である。誰も、波間英以外は波間律夫という人間像を知らないのである。

 波間律夫は、実は最初から歪んだ精神の持ち主だったのではないだろうか?

 最初から父親の異常性に気付いていたのなら、自身を病院に行かせなかった父親を恨み、死を願っていた可能性もある。実際に波間律夫は父親が死んだ時も、半日ほど放置していた。これは、父親を確実に殺す為によるものだったのではないだろうか。

 その後、”お薬”を貰うという理由で人を殺めていくが、その手口は徐々に疎かになっていく。前述したが、もはや”お薬”目当てではなく、殺人という手段に快楽を覚えていったのではないだろうか。

 となれば、心神喪失を理由にこの施設に収容されたことも、治療の途中で精神を崩壊させたと見せかけ、まだ余罪が残っている可能性があるという理由から今現在も生き永らえていることも、計算ずくだったのだろうか?

 もちろん、これは筆者による推測、ないしは邪推である。真実は闇の中であり、記録上の過去から、それを蘇らせることは誰にも出来ない。

 だが、どうしても筆者はその疑念が拭えなかった。波間律夫と対面した時に、どうにも出来過ぎているような気がしたのである。

 あまりにも偶像的な外見、挙動、経歴。まるで、どこかの誰かが考えたような筋書きのようである。

 波間律夫は、後天的な悲劇のサイコパスなのだろうか?それとも、全て計算の上で行動するほどの先天的な狂気のサイコパスなのだろうか?

 無論、施設にて治療を行っている者からすれば、19年もの間、専門の医師を騙すことなどあるはずがないと、激昂するような仮説なのかもしれない。

 だが、どちらにせよ、波間律夫がサイコパスなことに変わりはない。常人には理解することなど出来ない、理解してはならないのだ。いかに悲劇の人間だろうと、9人もの尊い命を殺めたのは事実である。

 こうして過去に意義を見出し悲劇性を持たせ、偶像化すること自体が危険な行為なのかもしれない。決してサイコパスに魅了されてはならないのだ。サイコパスに魅せられたが最後、狂気に呑まれてしまう。

 実際に、筆者も取材中に気が触れかけているような気がしている。自覚症状があるだけ、マシなのだろうか。このコラムを推敲している最中に食事を共にした親しい友人からは、普段と違い、様子がおかしいと指摘された。

 施設にはまだまだ、取材対象のサイコパスが待ち受けている。果たして、このコラムが批判を受けて打ち切りとなるか、筆者の精神が狂気に呑まれるか、どちらの結末が待ち受けているだろうか。筆者は出来ることならば、どちらの結末にも辿り着きたくはない。

 

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