ため息と水分

 科学の授業というのは、どうしてこうもつまらないのか。


 実験ならまだいいが、テキストを見ながらの授業は催眠誘導に近い。


 何かと何かを混ぜたら、別の何かになる。

 それがなんだっていうんだ。


 ぼくは、あくびを噛み締めるようにしてこらえると、大きく息を吐き出した。


「溜息かね」


 いつの間にか、科学の大村先生が後ろに来ていた。


「あっ、いえ……すいません」

「別に、謝ることはないんだよ。先生にも悩みはある。若い君たちにも、やはり若いなりに悩みはあるだろう」


 どうやら大村先生は、ぼくがあくびをこらえたのを、溜息と勘違いしたようだった。


「溜息をつくと、幸せが逃げていく。昔の人は、そんな事を言っている」


 始まったぞ。


 クラスの半分がぼくを睨みつけ、もう半分が半笑いでぼくを見た。


 笑っているのは、ぼくと同じ、科学がきらいな生徒ばかりだ。


 大村先生は、授業中によく脱線する。


 そのせいで、授業の進みは速くない。 


 ぼくを睨みつけたのは、真面目な生徒諸君だった。


「溜息をつくと、口の中の水分が『ふわぁ』っと逃げていってしまう」


 大村先生の、脱線講義が始まった。


「それを何度も繰り返すと、喉が渇く。昔の人にとって、飲み水というのは大変貴重なものだった。だから、誰かが溜息をつくたびに『幸せが逃げていくぞ』と言って脅したんだな。つまり、幸せ=水分だったわけだ。本当に幸せが逃げていくのを心配したのではなくて、経済的、エコ的な観点からの発言だったんだと、私は思う」


 そんなバカな。


 クラスの全員が、そう思った。


 もちろん、ぼくもだ。


 でも、それからというもの、あくびや溜息をつきそうになるたびにぼくは、


(おっと、水分、水分)


 そう思って、つい、我慢してしまう。

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