歩道橋
信号が、赤に変わった。
前を歩く恋人たちが、横並びになって道を塞ぎながら、足を動かすよりもしゃべることに夢中になっていたからだ。
この信号は、一度赤に変わると、なかなか青にならない。
溜息が出た。
恋人たちはいい。待っている間にも、話す相手がいるのだから。
他愛のないことで笑いあう男女から、私は目をそらした。
────歩道橋。
こんなところにあっただろうか。
塗装がはげ落ち、錆が浮き、呪いでもかけられたような外見をしている。
普段なら絶対に上ったりしないだろうが、気がつけば、階段に足をかけていた。
経年劣化によるものか、すべての段に下がり気味の傾斜がついているせいで、上りづらい。
一段上がるたびに、なんだか揺れているような気もする。
冬でもないのに、脚を踏み外しそうだった。
油断ならない。
緊張からか、それとも体力の衰えからか、額に汗がにじみ出てきた。
錆付いた手すりに触れないように、階段の真ん中を、慎重に上っていく。
何とか、転ばずに上りきった。
風。
緩やかに髪を掻き分け、頬をなでていった。
火照った体に心地よい。
下を見下ろした。
信号待ちの人々。
あのカップルを除いて、全員が下を向いている。
時折目線をあげても、見ているのは信号の色だけだ。
誰一人として、歩道橋の上の私を見る者はいない。
となりの人と、会話する者もない。
どれだけ大勢いようと、彼らは一人なのだ。
この歩道橋に上らなければ、私もあの中の一人だった。
信号が、青に変わった。
人々が、横断歩道を渡っていく。
私は、一組の男女を眼で追う。
そして、かれらの姿が見えなくなるまで、歩道橋の上から見送り続けるのだった。
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