石の家

 大工のハンスは、人のために多くの家を建ててきた。


 そして、もし自分の家を作るなら、だれも見たことがないような、世界に一つしかない家を作りたいと思っていた。

 

 その素晴らしい家に家族と住んで、ハンスは世界一幸せな男になるのだ。


 ハンスは世界中の家を回り、どんな家にしようか考えた。

 

 まずは素材。


 木材はありふれている。

 鉄筋コンクリートでは面白みがない。

 紙は意外性があるけれど、強度に問題がありそうだ。

 氷は寒いところでしか形を保てない。


 さて、どうしよう。

 頑丈で、どんな環境でも耐えられて、意外性のある素材。

 そんな素材はないものか。


 考えに考えた末、思いついたのは石だった。

 石なら火事になっても燃えないし、雨風にも耐えられるくらい頑丈だ。


 素材は決まった。


 次にハンスは、どんなつくりにしようか考えた。


 大理石の板を使って、箱みたいな家を作ろうか。

 いや、そんなどこもかしこも直角な家になんて住みたくない。


 小さな石を積み上げて、石垣みたいな家を作ろうか。

 いや、それじゃああまりにも普通すぎる。


 そうだ、大きな岩をくりぬいて、それをそのまま家にしてしまおう。

 階段もベランダも、あとから付け足したりしない。

 全部岩を削って作るのだ。


 ハンスは仕事を続けながら、合間を見ては岩にノミを入れていった。


 三年かかって玄関ができた。

 その後、七年かかって居間ができた。

 さらに十年かかって、寝室と浴室が出来上がった。


 まだ完成じゃない。


 理想の家は、こんなものじゃない。


 大工のハンスの、一世一代の大仕事なのだ。


 ハンスはさらにノミを入れていった。


 三年かかって階段ができた。

 その後、七年かかって客間ができた。

 さらに十年かかって、ベランダと子供部屋が完成した。


 作り始めてから四十年。

 ハンスは、もうすっかり年老いていた。

 

 そしてハンスは、気づいてしまった。


 理想の家は、完成しない。

 なぜなら、奥さんも子供も、ハンスにはいないのだ。

 

 一緒に住む人が、いないのだ。

 

 ハンスはノミを置き、家を見上げた。


 世界にひとつしかないハンスの家は、涙で滲んで見えなかった。

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