引き出し係

 アンパンと牛乳が食べたくなった。


 お腹は空いてない。


 今日誰かがアンパンの話をしていたわけじゃないし、テレビで牛乳のCMをやっていたわけでもない。


 でも、アンパンと牛乳が食べたくなった。


 本当に、何の前触れもなく、急に食べたくなってしまった。


 私の頭の中の引き出しは、いったいどうなっているのだろう。


 なぜ急に、しかもこんな夜中に、アンパンと牛乳が取り出されてしまったのだろう。


 ここ何年も食べていなかったから、ずっと奥にしまい込んであると思っていたのに。


 あぁ……夕食を食べて、シャワーにも入って、後は寝るだけだったのに。


 よりにもよって、なぜいま食べたくなってしまったのだろう。


 コンビニまでは、歩いて十分はかかる。


 めんどくさい。


 コンビニまで歩くのも面倒だし、アンパンを食べた後でまた歯を磨くのもめんどくさい。


 分かっている。


 我慢して、寝てしまえばいい。


 分かってはいるのだ。


 それでも、食べたい。


 どうしても、今食べたい。


 自分で自分のことが分からない。


 面倒なことになるとわかっているのに、どうしてアンパンと牛乳を頭の中の引き出しから取り出してしまったのだろうか。


 ……もしかしたら私の頭の中には、私の人格とは別に引き出しの開け閉めをする係が存在しているのかもしれない。


 そしてそいつが、引き出しの奥にしまわれていたアンパンと牛乳を、虫干しのつもりでひょいと取り出して、そのまま仕舞しまい忘れたのかもしれない。


 …………


 いや、そんなことはどうでもいい。


 私はアンパンが食べたい。


 そして、牛乳で流し込みたいのだ。


 私はパジャマを脱ぎ、普段着に着替えると、夜の街へと繰り出していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る