ほくろ

 ふと、自分の左手の親指に目がいった。

 指先に、黒い汚れのようなものが付いている。

 ポケットティッシュを取り出して指の間にはさみ、揉むようにこすった。


 落ちない。


 いくら擦っても、汚れは落ちるどころか薄くなる気配もない。

  

 指を目に近づけてよく見てみると、どうやらそれは汚れではなく、皮膚自体が黒く変色しているようだった。


 黒子ほくろだ。


 円形ではなく、歪な水たまりのような形をしているが、確かに黒子だった。


 こんなところに、黒子があっただろうか?


 じっと見つめていると、指が急に痙攣し始めた。



 ────気持ち悪い。



 これは、本当に私の指だろうか?


 自分の体の一部なのに、何故だか自分のものではないように感じる。


 指を動かしてみた。


 右に回そうとすれば、右に回る。


 左に回そうとすれば、左に回る。


 でも、何か違和感がある。


 自分で動かしているような感じがしない。


 指が私の意思を読み取って、勝手に動いている。


 そんな感じがするのだ。



 ────吐き気がする。



 きっと、この黒子のせいだ。


 この黒子が私の指に寄生して、私の指を操っているのだ。


 このまま放っておけば、どんどん広がってそのうち手や腕まで私のものではなくなってしまうかもしれない。


 焦燥感に駆られた私は、近くにあったハサミを持つと、左手親指の先に添えた。







 

 それから、指の違和感は消えた。


 もう痙攣することもない。


 痛みがなくなるまで少し時間がかかったが、今は心身ともに至って健康だ。


 左手の親指は少し短くなってしまったが、仕事に支障はない。


 私は鼻歌を歌いながら、身だしなみを整えるために鏡を覗いた。


 最近は年のせいなのか、顔にシミが増えてきた気がする。



 ────おや?



 鼻の頭にも、黒いシミが一つ…………


 

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