第4話

占いが再開されたのが知られはじめ、占い目当ての客とケーキ目当ての客で忙しくなってきた頃、小野寺医師が喫茶店にやってきた。

前回と違って客が多い店内を見渡しながらカウンター席に座る。

「今日はどんなコーヒーにしましょうか?」

そう訪ねる祐子の笑顔を見て、自分を覚えてくれていることにちょっとホッとした。

「今日も心が暖まるコーヒーをください。あの味が忘れられなくって」

自分がバリスタであることを思い出させるようなオーダーに祐子は内心ガッツポーズをとった。

じっくりとコーヒーを入れ、小野寺医師に出した。

「今日はお客さんが多いみたいですね」と言われ、苦笑いしながら前回来られたときは常連客2名とケーキ屋の子しかいなかったことを思い出す。

「店先に”占いやってます”ってありましたけど、ここでも占いをやっているんですか?」

「はい、今日は占い師来てます。少し待つことになりますが、尋ね人のこと占ってもらいますか?」

「当たりますかね?」

「当たりますよ」

笑顔を作るでもなく、表情を変えずに答える祐子を見て、やるだけやってみようと小野寺医師は思った。


カウンターの奥から人が出てくると入れ替わりに祐子が奥に入っていった。

「外科部長来てるんだけど、占いやってもらっていい?」

「外科部長?」

「前に話したじゃん、別れた恋人を探している人!」

「あー、院長の娘がわがままだったアレね」

「そうアレ!」

「アレって祐子の妄想じゃなかったっけ?」

「違うよー。人を探しているのは事実。恋人と別れた理由が私の妄想」

自分で妄想って言い切っちゃうんだ。。

「どう?今カウンターにいるんだけど?」

「妄想と違うかもよ?」

「もっとドラマチックだったらどうしよー!」

何を考えたのか興奮しだした祐子を呆れたように見つめ、この妄想を止めるためにも事情を聞いた方がいいと春香は思った。

占うから連れて来て、と言うとやたら嬉しそうに祐子が返事をして店に戻った。

世の中のゴシップニュースを嬉々として見る人ってきっとこういうノリなんだろうなぁ、と思いつつ春香はお茶をつぎ足して待った。


春香の前に座るなり、小野寺医師は言った。

「人を探しているんです」

後ろに祐子が見えないことを確認しながら、春香が聞いた。

「どういった方をなぜ探しているか聞かせてもらえますか?」

小野寺医師の話は祐子の妄想を叶えてはくれなかった。


小野寺医師は幼少期、父親と二人暮らしだった。

贅沢のできるような暮らしではなかったが、特に困ることもなく、父親と支え合いながら生きていた。

だがある日、父親に肺がんが見つかった。

当時はどのことは知らず、ただ父親から親戚の家で暮らすようにと言われただけで、なぜ父親と離れなければならないのかわからなかった。

わからなかったから反発した。

親戚の家に行けと言われても自分から行くことはなく、なぜ行かなければいけないのか父親に聞いても「言うことをきけ」と言われるだけ。

自分も父親もお互いに頑なになり、譲ることはなかった。

そんな状態が何日か続いたあと、父親と出かけることになった。

たしか旅行に誘われたんだったと思う。

でも、電車を降りたのは親戚の家がある駅。

どこに行くのか聞いても父親は答えてくれず、ただ自分の手をにぎって歩くばかりだった。

10分ぐらい歩いた頃だったろうか、父親が突然崩れ落ちた。

胸を押さえ、地面に座り込んでしまったのだ。

子供ながらに父親が苦しみ動けなくなっているのはわかったが、だからといってどうしたらいいのかわからない。

父親に声をかけているうちに涙も出てきた。

父親が親戚の家まで行って助けを呼ぶように言ったが、ここで離れたら二度と会えなくなりそうで自分は動くことができなかった。

そんなとき、彼女に出会った。

自分を親戚の家まで連れて行って欲しいと頼む父親に対して、彼女はその頼みを断った。

そして、彼女が父親に触れたあと、それまでうずくまっていたのが嘘のように父親が元気になったのだ。

あのとき、自分は父親を失う気がして、動転していて、父親と彼女の話はほとんど覚えていない。

でも、彼女が何かを言うかするかして父親が元気になり、一緒に家に帰ることができた。

その後、自分が父親が末期の肺がんと診断され、そのために自分を親戚の家に預ける決心をしていたことを知った。

これがきっかけとなり、小野寺医師は外科医になった。

あれ以来健康に気を遣うようになった父親は大きな病気をすることなく自分を育ててくれた。

その父親が、今心臓を患っている。

外科医として最善の治療を検討しているが、父親は手術ではなく、あの女性に会いたいと言っている。

あの女性に会えたら手術をしよう、と。

父親に手術を受けてもらうために、どうしてもあの女性に会いたいのだが居場所がわからない。

名前も連絡先もわからない。

「あの女性を見つける方法が何かないでしょうか?」


切実な願いであることは小野寺医師の顔を見ればわかる。

でも、これは占いよりも興信所を訪ねた方がいいような気がする。

そう思ったが、そう言うのはちょっと気が引けてしまったため、春香はもう少し聞いてみることにした。

「その女性に会ったのは33年前なんですね?」

「はい、でも、先日勤めている病院で再会しました」

「そのときにお父様に会ってくれるよう頼まれたんですか?」

「いえ、そのときは父のことを話す余裕がありませんでした。患者の様態が急変したもので」

「その患者さんのお知り合いならば、聞けば連絡先はわかるのではないですか?」

「それが、後日患者さんの息子さんがいらしたときに話をしたのですが、お父さんとは疎遠になっていたそうで知り合いだったかどうかわからないと言われました」

「患者さん本人には聞かなかったのですか?」

「聞けませんでした。様態が急変して亡くなったもので」

嫌な予感を感じながらも春香は霊視を試みた。

けれども、視えたのは小野寺医師と父親と思われる男性だけ。

医師の話とは裏腹に、暴言を吐きながら家政婦(と思われる女性)に何かを投げつけている。

探している女性については何も視えないが、気になることが思いついてしまった。

「その患者さんの息子さんについて教えていただけますか?」

質問の意図がわからず戸惑いながらも、小野寺医師はその患者の息子さんの外見を伝えていく。

聞きながら春香の眉間にしわが寄っていく。

間違いない、その息子さんがどろどろ君だ。

ということは亡くなったのはどろどろ君のお父さん。

その場にいたのは女性ではなく…。

すべてがつながり、はっとして目を見開いた春香の横に突然八重が現れる。

「そうだねー、僕だったねー」

いつになく嫌らしくニヤけたその顔は思わず殴りたくなるくらいだが、春香のそんな気持ちを知らない小野寺医師が声をあげた。

「あのときの!」

「立派に育ったね。医者になるなんて思ってもみなかったよ」

テーブルに腰掛け、春香と小野寺医師の間に身体を入れるようにして身を乗り出し、小野寺医師の顔をのぞく八重。

春香を無視しながら小野寺医師を喫茶店へと連れて行った。


占いが終わったのに気がついていなかった祐子は、八重が小野寺医師を連れてテーブル席に向かうのを見て驚いた。

「占い終わったんですか?」

小野寺医師に聞いたのに、答えたのは八重だった。

「うん、こうして会いたい僕に会えたしね」

そして、小野寺医師にねだってピラフの大盛りを注文したと思ったら、追加でケーキも注文してきた。

注文を確認しつつ様子を見ると、小野寺医師は興奮気味にずっと八重に話しかけていて祐子は見えていないようだった。

「お会いすることができて嬉しいです!ずっと探していたんです!」

探していた女性って八重だったの!?

思わず祐子は聞いてしまった。

「探していた女性って男性だったんですか!?」

その質問に答えたのもまた八重だ。

「そうだって言ってんじゃん。邪魔だからあっち行って。さっさとピラフとケーキもってきて」

シッシッと追い払う手振りをされ、しぶしぶ厨房に戻った祐子だったが納得できるわけがない。

恋人を探してるんじゃなかったのー!!!?

心の中で声に出せない叫びをあげながら冷凍ピラフを準備し始めた。

そこに春香がやってきた。

「予想外の探し人だったわ」

「本当に八重なの?別れた恋人じゃないの?」

「違ったみたいね」

「やだー、これじゃ感動の再会じゃないじゃん」

「感動はしているみたいよ、小野寺医師は」

そう言いながら春香はテーブル席の小野寺医師と八重を見た。

「八重はピラフとケーキおごってもらって超ご機嫌よ」

「それだけならいいんだけどね」

春香は、監視するような強い視線で八重を見ながら言った。


後日、八重はホテルのレストランにいた。

小野寺医師がご馳走してくれるというので来たが、見るからに高級なレストランで入る前から上機嫌になっていた。

案内された席には、小野寺医師と強欲そうなおじいちゃんがいた。

あのときの父親だろう。

きっちり手入れされた髪は真っ黒に染めていて若作りしたいのがみえみえだ。

仕立てたスーツは身体にフィットしていて品が良さそうがだ、これみよがしの高級時計とごつい指輪はダメだね。

金を得て、権力を得て、それを見せびらかしたくてしょうがないみだいた。

いやいや、見事に欲にまみれたもんだ。

息子の方は、前回会ったときにも思ったが純朴な感じだ。

袖口がすれて伸びたセーターに何年も前の流行っぽい眼鏡。

深爪してそうなくらいに短い爪はさすが外科医と言ったところだろうか。

飾っておきたくなるくらい無駄がなくて綺麗だ。

こうして父親と並ぶと対比がすごくて、一見しただけでは親子には思えないだろう。

「その節はありがとうございました」

そう言う父親からはお礼よりも別の思惑が漂っていたが、気にせずに八重は運ばれてきた料理を食べ始めた。

コース料理だからこんなものなのかもしれないが、量が少ない。

テーブルマナーもめんどくさい。

いつもの冷凍ピラフ2袋の豪快さが自分には合っているようだ。

でも、今日は食事以外にもお楽しみがあるようだから良しとしよう。

「あれから自分で会社を興し、それなりの企業となり、裕福に過ごしている」などと父親が話しているが、すべて聞き流す。

この父親が言いたいことはそれではないとわかっているから聞く必要はない。

量は少ないが味のいい食事に集中する。

そのうちに八重が返事をしないことに焦れたのか、父親が本題を切り出した。

「あのときしてくれたことをもう1度してもらえないだろうか?」

答えずに見つめる八重に対して、父親は話しを続けた。

「私の心臓は今のままではもう長く持たない。息子は手術を勧めてくれるが、手術したところでたいして持たないだろう」

「何を言うんだ、父さん。手術すれば大丈夫だって。寿命をまっとうできるって」

「わしは寿命以上に生きたいんだよ」

いつになく強い視線をまっすぐに息子に向けて言う父親に小野寺医師は言葉を失う。

「あんたならできるんじゃないか?」

父親は八重に視線を戻して聞いた。

「できるけどできないね」

「何故だ?金ならいくらでも払う。好きな値段を付けてくれ!」

「2円」

「へ?2円?」

すぐに金額を言われたこと、その金額が2円という思いもしていなかった額に拍子抜けしたように父親は聞き返した。

「あんたの命なんて僕にとっちゃ2円程度の価値しかない。助ける意味なし」

そう言うと八重は食事に戻った。

言葉を失い顔を真っ赤にした父親を小野寺医師がなだめる。

「父さん、そんなに興奮しないで。心臓に悪いって」

「2円だとー!」

テーブルにこぶしを下ろしながら怒鳴ったと思ったらふらつき、息子に支えられる父親。

もし座っていなかったらここで倒れて頭打って終わっていたかもしれない。

そう思うと力を使わなくても死なせていたのかもしれないと気がつき、八重はほくそ笑む。

息子が差し出した薬を飲み、胸を押さえながら粗く息をする父親を見ながら八重は考えた。

こいつを利用するのもいいかもしれない。

「あのときと違ってさ、今は許可なく人間の生死には関われないんだよね」

「許可?そんなもんわしが出す」

息を切らしながらも怒鳴ろうとする父親を見ていると人間の欲望の深さに改めて関心させられる。

息子の方は欲が足りないが、この父親は人間の醜さに溢れていて面白い。

「それは無理だよ、僕が契約しているのはあんたじゃないから」

「ならわしと契約すればいい!」

「それも無理。今の契約がある限り、僕は他の人には従えないんだ」

「誰だ、そいつは!」

薬を飲んだ意味がなかったんじゃないかと思うぐらいに興奮し始めている父親を見て、にっこり微笑むと八重は答えた。

「そっちのお皿も食べていい?これだけじゃ足りなくって」

勢いをそがれたものの、八重の機嫌を損ねたくなかったので父親は意識して落ち着いた声で返事をした。

「もちろんだ。ここにあるものも無いものも欲しいものはすべて注文してくれ」

父親に出されていた皿を自分のところに移動し、食べながら八重はどうこの男を利用しようかと考えていた。


その日の夜、小野寺家では父親と息子、それぞれが違うことで頭を悩ましていた。

父親はどうすれば八重の契約を終わらせられるかを考えていた。

八重と契約しているのは占い師だという。

金には困ってないそうだからほかの弱みを見つけないといけない。


~数時間前、レストランにて~

「わしが契約先に交渉して、その契約は破棄してやる」

「交渉って、今みたいに金でするの?」

「ああ、そうだ。世の中金でなんとでもなる」

「占い師の家、たぶんあんたより金持ちだよ」

「そうなのか?」

「代々続いている教祖様んちだからね。宗教って儲かるんだよ、知ってる?」

「教祖?喫茶店の雇われ占い師じゃないのか?」

「違う、違う。そんなのが僕と契約できるわけないじゃん」

「金じゃ動かないのか…」

「どう交渉するか楽しみにしてるね」


金儲けしている宗教団体なんてニュースに出ていた怪しい教団ぐらいしか思いつかない。

あんなの相手にまともな交渉なんてできないだろう。

どうしたものか…。

狡猾そうに笑っていた八重の顔を思い出しながら父親は考え続けた。


息子はまだ、レストランでの父親の言葉に受けた衝撃から脱せずにいた。

「わしは寿命以上に生きたいんだよ」

あれは父親の本心なのだろう。

一度は肺がんで生きることを諦めたのに生き続けることができたからこそ、人一倍生に執着しているのかもしれない。

でも、寿命以上なんて、まるで不死を願っているようだ。

そんなことできるわけないのに。

八重を探したのは間違いだったのかもしれない。

会えたら手術をすると言ったから探したのに、会った今では手術をする気が無いことがわかってしまった。

父の寿命があと何年あるのかはわからない。

でも、手術さえできれば寿命がつきるまで生きられるようにできるはずなんだ。

どうしたら父親に手術を受けさせることができるのか、息子は考え続けた。


家政婦が持ってきたコーヒーを飲みながら、父親が聞いた。

「おまえは占い師に会ったことがあるんだよな。どんな奴だ?」

「奴、って父さん…」

大きくため息をついた後、小野寺医師は答えた。

「彼女は誠実な人だと思う。僕の話をしっかり受け止めてくれていたしね」

「客商売なんだから、おまえの話を聞くのは当然だろ」

「そうとは限らないさ。聞き流す人だって少なくない」

「ふん。何か弱みはありそうか?」

「そんなこと考えもしないよ」

「なら考えてみろ。なんとしても契約を破棄させないといけないんだから」

「父さん、八重さんに会えたら手術をするって言ったよね?」

「言ったか?」

「言ったよ。だから僕は八重さんを探したんだ」

「そうか」

「今日会ったんだから、手術をしてもらうよ」

「何言ってるんだ、八重さんに治してもらえば手術なんかしなくていいんだぞ」

「自分の言ったことを守らないの?」

「言った記憶はない」

「そう。じゃあ僕は二度と八重さんに連絡しない」

「構わん、連絡先だけ寄こせ」

「父さんが手術したらね」

「なに!?」

「僕は父さんと違って自分に言葉は守る。だから、連絡先が欲しいなら手術してください」

「手術はしない」

「わかりました」

そう言うと、小野寺医師は席を立ち、自室に向かった。

その後ろ姿に向かって父親が怒鳴る。

「わしが死んでもかまわないのか!」

振り返った小野寺医師が父親に向かって言った。

「だから手術をしてくださいと言っているんです」

「手術しなくても助かる方法があるのにか?」

「できない、って断られたけど」

そう言うと小野寺医師は再び、自室に向かった。

その背中に向かって父親は言葉を続けた。

「それは契約があるからだ」

「そう、契約があるから。そしてその契約は父さんとは関係のない契約だ。父さんの勝手な都合で破棄させるなんて間違ってる」

「間違ってなどおらん!」

そう怒鳴る父親の声は、自室のドアを閉めた息子の耳には届かなかった。


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