第2話

ショッキングなニュースが流れ続けている3日間。

今日も春香が来る気配はなく、常連さんばかりで祐子の気はゆるんでいた。

カラ~ン、とドアが開けられた音がし、まったりと「いらっしゃいませ~」と言いお客さんを確認すると、この喫茶店には珍しい、若い男性が入ってきた。

その男性は迷わずにカウンターに来て腰掛けると「ァイスコーヒーもらえますか?」 と爽やかな笑顔で注文した。

祐子はつい、その笑顔に見入ってしまった。

うちは、喫茶店とは言ってもコーヒー専門店でもなければ、 人気の食事メニューがあるわけでもない。

自分でいうのも困ったものだが、 近所の人や知人で持っているお店である。

それと、占い好きで根気の良いお客様で。

はっきり言って、こんな爽やかアイドル系が来るお店ではないのだ。

顔がニヤけそうなのをこらえながら祐子はアイスコーヒーを用意した。

「僕、こっちに来たの初めてなんですけど、想像してたより下町っぽいんですね、 本牧って」

爽やか笑顔を振りまきながら彼が話しかけてきた。

「どんな街を想像してたんですか?」

「セレブっぽいっていうか、 女性っぽいっていうか」

「魚屋さんや肉屋さんが軒並べてるとは思わなかった?」

「そうです!読めない単語のブティックとかばかり想像してました 」

本牧という街は、来たことのない人に近づきがたいイメージを与えることがあるらしい。

外国人が多いからか、「都会」「おしゃれ」「きらびやか」そんなイメージを与えるらしい。

ずっとここで生まれ育ってきた私にはわからないが、大学時代に遊びに来た友達にも似たようなことを言われたことがある。

「住んでる人は下町っぽいでしょ?」

「ええ、とっても驚きました」

街のイメージとは違い、ここで暮らす人たちは気さくな人が多い。

どこの誰かは知らなくても、よく顔を合わす人とは普通にお喋りするし、自分の子供だけじゃなく道路で遊ぶ子供すべてに注意できるおじさんがいたりするのも驚きらしい。

また、子供にとっては見知らぬおじさんからお年玉をもらえる楽しい街だったりもするので、初孫を連れて正月に帰省した方などには嬉しい驚きもあるようだ。

そういう街だからか、 あまり人見知りをする人がいないような気がする。

毎朝犬の散歩に会う方も、 まだ本牧に越してきて1年とたっていないけど、生まれたときからいるかのように親しく話せていたりする。

もちろん人の性格にもよるのだろうけれど、本牧という土地はおおらかな人間関係を育みやすくしているのかもしれない。


「表の看板にあった占いって、あなたがしているんですか?」

爽やか君が話しかけてくる。

「違います。占い師の方が時間があるときにやってきて、ここで占いをしてくださっているんです」

「ヘー、そうなんですか。 僕でも占ってもらえますかね?」

「なにか占って欲しいことがあるんですか?」

「なにってほどじゃないんですけど、仕事のこととか恋愛とか、ね」

と、ちょっと照れたように笑う爽やか君。

なに、その笑顔!私を壊す気!

何年も恋愛から遠のいているアラフォー女性への破壊力ったらすごいです。

でも悲しいかな、アラフォー女性はそう簡単には壊れない。

「タイミングが合ったら占ってもらうといいかもしれないですね」

営業用スマイルを顔に貼り付け対応する。

このまま話していたら破壊されるかもしれないので、 そそっと洗い物に移動してみたのだが、逃げられなかった。

「なにか軽くつまむものってありますか?」

奥に下がる前に聞かれてしまい、メニューを取って戻ることになってしまった。

「軽いものだとサンドイッチとかでしょうか」

一応軽食としてサンドイッチやパスタなどもメニューに載っているのだが、 正直に言ってもう何ヶ月も出したことはない。

基本はコーヒーと占い、それにケーキなのだ。

ちなみにケーキは、 表通りのケーキ屋さんから仕入れている。

裏から出て行くと2分とかからないので、 品切れになることはない。

ただし、ケーキの種類は選べず 「今日のケーキ」のみだが。

でもこのケーキ、 不思議なことに人気なのだ。

特に占いの後は春香が薦めてくるケーキを出すとまず間違いなく喜ばれる。

春香の占いはケーキにもきくらしい。

「ハムサンドってありますか?」

簡単なものを選んでくれてありがとう、 爽やか君。

「はい、すぐお作りしますよ」

「じゃあお願いします」

なぜだろう?爽やか君はちょっと類を染めながら照れてお願いしてきた。

君はお客さんなんだから照れなくっていいんだよ、 爽やか君!

心の中で叫びつつ、祐子はハムサンドを作り始めた。


なんだろう、この可愛い青年は。

お姉さんは惚れてしまいそうだよ!

なんて思いつつふと店内を見渡してみると、 奥のシートに座っていた女の子たちが爽やか君に釘付けになっていた。

窓側シートの女性もチラチラ見ている。

そうだよね、爽やか君はイケメンだものね。

常連さんとは違うよね、とカウンター奥のおじいちゃんを見て微笑んでしまった。

カウンター奥のおじいちゃんは、うちの2軒隣に住んでいるおじいちゃんだ。

毎日午後の散歩途中でうちに寄り、コーヒーを飲んで帰って行く。

もう1年以上続いている日課だ。

時々おばあちゃんに頼まれて買い物をしてから来るときもあるが、そんな日はゆっくりしているとおばあちゃんが裏から迎えに来る、

喫茶店の裏から出て1分も歩けば祐子の家につく。

当然、おじいちゃんの家も喫茶店から1分。

ご近所に愛されている喫茶店と言えるだろう。


爽やか君にハムサンドを作るついでに、おじいちゃんに漬け物を用意してみた。

「はい、おじいちゃん。サービスです」

おばあちゃんからもらった漬け物だから、確実に口に合うはずだ。

「僕は漬け物は遠慮します」

爽やか君がそう言いながらハムサンドを食べ始めた。

サービスなのになぜ遠慮するのだろう?

出そうと思っていなかったのに、言われてしまってちょっと気になる。

営業用スマイルで「サービスは常連さんだけですから」と返事をしたら

「通になるとコーヒーと漬け物が美味しく感じるんですか?」と聞かれてしまった。

おじいちゃんを見るとすでに半分近く漬け物を食べ終えている。

「特別な漬け物ですから」

「特別な漬け物?」

「はい、あちらのおじいちゃんの奥様手作りなんです」

「あ、そういう、そうか、それは特別ですね」

またもや爽やか笑顔で返され、このまま爽やか光線で殺されてもいい気になってしまう。

というか、本当に殺されるかもしれない。

そう思ったのは、爽やか君が「また来ますね」 とカフェを出たあとだった。

気がつくと1時間以上爽やか君とおしゃべりをしていた。

街の話やニュースの話(西条玲子さんの事件は同じ市内ということもあり、 話題になっているのだ)、いつしか自分の話までしてしまっていて驚いた。

人見知りではないものの、初めてのお客さんに自分のことまで話すなんて普段の私ならありえない。

爽やか光線のせいだ。 そうに決まっている。

カップを片付けながら「また来てくれるかな?」 と考えている自分がいた。


今日は1週間ぶりに春香が来た。

表の看板に書く前に、西条玲子さんの件を詳しく聞かせてもらうことにした。

ワイドショーで言ってるとおりよ、 と詳しく話したがらなかったけど

お兄さんは海外出張に行っていてまったく知らなかったみたいだと教えてもらった。

すでに帰国したそうだけど、事件を知ったショックはものすごいものだと思う。

「思いつきで実家に行った、って言ってたけど呼ばれてたのかもしれないわね」

「呼ばれた、ってお父さんに?」

「うん。強い思いは伝わるから」

「女の感?」

「虫の知らせ」

ああ、これだから、 と呆れながらもいつもどおりの祐子に安心し、 苦笑いを浮かべる春香。

「今日は重たくない占いだと嬉しいな」

「ふふ、それはどうかな?」と意味有り気な顔をして祐子が表に行く。

「じゃ、看板書いてくるねー」

看板に「占いやってます」 と書くと、 スマホを取り出し爽やか君にメールを打つ。

「今日、占いやってます。 ご興味がありましたら喫茶店にお越し下さい」

営業メール、と自分に言い聞かせるも下心を隠せるはずもなく、店内に戻るなり春香に「なにニヤけてんの?」と突っ込まれてしまった。

普通はここでニヤけてない、 と否定するものだろう。

でも、素直さは祐子の長所であり短所。実はね、 と爽やか君のことを春香に話した。

「見た目30前後のイケメンでね、なにより爽やかなのよ~」

すでに恋する乙女の口調である。

はたしてその日、 爽やか君はやってきた。


爽やか君は「庭野昌平」 という名前だった。

確かにテレビに出てくるアイドルっぽい顔で、祐子がはしゃぐのもちょっとわかった。

年齢は28歳。

「学生さんじゃないですよね?」

「はい、違います」

「働いていらっしゃる?」

「ええ、時々」

時々かよ、と思いながら春香は占って欲しいことを聞いた。

「今日は何を占いましょうか?」

「父の 、父の余命を」

思わず彼の顔を見つめてしまう。

そこには爽やかさはかけらもなかった。


庭野は母親を早くに亡くしており、中学校にあがる前から父親に育てられていた。

父の気分で殴ったり蹴ったりすることを「育てる」 と言うのならば。

母親が生きていた頃は、 父親の暴力は母親に向かっていた。

母は病死だが、原因は父親にあると庭野は思っている。

高校を中退して家を出た庭野は、犯罪まがいのことをしながら今日まで生き延びてきた。

祐子が感じた「爽やかさ」は庭野が生き抜くために身に着けた仮面と言えるだろう。

半年前に日払いのバイトで病院までの運転士をした際に、父親をみかけた。

患者を運ぶのを手伝いながら、父親がなんの病気なのか探ってみたら、 肺ガンだった。

「ざまあみろ」

そうとしか思わなかった。

さの日から、運転士のバイトを多くするようにして、 肺ガンの進行を覗き見するようにしてきた。

癌なのに、あいつはまだ死なない。

いつになったら死ぬのかイライラしてきて、病院に息子であることを名乗りでて、 詳しいことを聞いてみた。

そうしたらどうだ。癌のくせに、治療がいい反応を示しているとかいいやがる。

回復の見込みが高いだと!

母親にしたことを考えたら、治療などせずに苦しんで死ぬべきなんだ。

病気で死なないなら俺が殺せばいいのか?

「あなたが殺す必要はありません」

いきなりそう言われ、庭野はびっくりする。

「え、あ、あの ?」

祐子が”爽やかな笑顔”と言った”人に好感を持たれやすい笑顔”を貼り付けて占い師を見ると、占い師は怖いほどに真剣な顔をしていた。

「お店に戻ったら、あなたの隣に座る人に大盛りごはんをおごってあげてください。今夜、 彼が判断に行きます」

「え、彼?」

「明日また来ていただけますか?」

「あ、はい。わかりました。」

「ではまた明日」

そういうと占い師は席を立ち、厨房に行ってしまった。


何の説明もしていないのに「殺す必要はない」 と言われてしまった。

いったいこの占い師はなんなんだ?

たくさんの疑問を胸に抱きつつ庭野も厨房を抜け、 お店に戻った。

でもそこには占い師はいなかった。

「いかがでしたか?」にこやかにマスターが言いながらカウンター席を勧めてくれた。

あいまいな返事をしながらそこに座ると、右隣に気配を感じた。

右を見てみると、顔立ちの整った目力の強いクールビューティーといった感じの女性がいた。

「冷凍ビラフ大盛り、チンして」

表情を変えずにマスターに注文をする。

「ちょっと!冷凍なんて大声で言わないで!ちゃんと作ることだってあるんだから!」

顔を赤くしながらマスターが言う。

常連、なのか?

彼女が占い師が言っていた人なんだろうか?

なにか説明しないといけないんだろうか?

そんなことを考えている間にピラフが用意され、彼女はすごい勢いで食べ始めた。

見た感じニ十歳そこそこのスレンダーな女性で、ものすごく似つかわない食べっぷりだ

大盛りだったのに(冷凍ビラフ2袋か?)5分ぐらいで食べ終え、

俺に「ごちそうさま」と言ってカフェを出て行ってしまった。

マスターに勘定を俺につけてくれるように言うと、何か納得したようにうなずいてくれた。


翌日、庭野は喫茶店をまた訪れた。

時間は言われていなかったので、昨日と同じぐらいの時間に行った。

だが、看板には占いについては書かれていなかった。

占い師はいないのだろうか?

店内に入ると、占い師はいた。

カウンターで紅茶を飲んでいた。

俺が近づくと、「ごめんね。 占えなかった。」 と言われた。

「占えなかった..?」

「うん。間に合わなかった」

「え?」

「病院で確認してくるといいよ 」

わけがわからぬまま、 促されるままに病院に行った。

父親の病室に行くと、 誰もいなかった。

検査かとも思ったけど、ベッド脇協の荷物もない。

受付で聞くと、昨夜亡くなったと教えられた。

そうか、亡くなったのか。

ここは泣くところだよな。

そう思っているのに、俺は気が狂ったように笑うことしかできなかった。


前夜、八重は病院を訪れていた。

庭野の父を判断するためだ。

穏やかに寝ている庭野の父親の肩に手をやり話しかける。

「あんたすごいね。 悪意の塊じゃんか」

その声に眠りから覚まされ、庭野の父親は目を開ける。

「だれ?」

寝ぼけながら問いかけるも八重は答えない。

「息子や奥さんだけじゃないじゃん。同僚殺したりもしてんだ」

同僚の事故を指摘され、いきなり眠気はとんだ。

「あれは違う。あいつが自分で足を踏み外したんだ!」

「酔わせて、歩道橋の上でぐるぐる回してから、な」

なぜ知っている?見てたのか?いや、誰もいないことは確認したはずだ。

「違う、それは違うんだ」

「悪いのは全部まわりの人であんたじゃないんだよね?」

「そうだ、あれは同僚が悪いんだ。あいつが仕事しすぎるからいけないんだ!」

「自分が仕事できなさすぎるのはいいんだ?」

「なんだと!?」

庭野の父親が声を荒げたところで病室のドアが開いた。

「庭野さん、どうかしましたか?」

うるせぇ、と怒鳴ろうとしたものの入ってきたのが看護士ではなく医師だったので、庭野の父親は息を荒くしながらも声を止めた。

今の話しを聞かれたか?

どうしたらいいんだ?

必死に考える庭野の父親を医師は見ていなかった。

医師は八重を見つめると感動的に言い放った。

「あなたはあのときの!!」

八重の前に来ると医師は話しを続けた。

「あなたのおかげで父は助かったんです。ありがとうございました!」

医師は八重の手をとろうとしたが、八重は後ろに下がり手を握らせなかった。

八重が何も言わないので覚えていないのかと思い、医師が出会いを説明しようとすると八重に遮られた。

「覚えている。父親から離れられなかった子供。子供のためにできることを考えはずした父親」

「考えはずした?」

思わず繰り返し、医師は笑ってしまった。

「そうですね。あのとき父は考えすぎて間違った答えにしがみついていました。でも、あなたが助けてくれた。あなたは天使だと父は言っています。今もまた会いたいと、お礼がしたいと」

「違う、私は天使じゃない」

「でも、助けてくれました」

「それはおまえが父親と離れたら死にそうな顔をしていたからだ」

「私が・・・?」

「そうだ、でもこいつは違う」

そう言うと、八重は庭野の父親を見た。

「こいつは息子が死にたくなるくらいに苦しめた。自分の都合で同僚を殺した。そんな奴は判断するまでもない」

八重は左手で庭野の父親の腕を持った。

ほんの数秒のことだった。

庭野の父親が胸を押さえて苦しみ始めた。

医師は急いで庭野の父親を診る。

ナースコールのボタンが押され、多くの医療器具が運ばれてくる。

注射や心臓マッサージ、電気ショックなどが行われたが庭野の父親は亡くなった。

病室から八重の姿は消えていた。

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