占い喫茶

@ema222

第1話

~プロローグ~

さびれた田舎道を行く中年男性とその子供。

男性は時折咳き込み、うずくまり、子供に謝っている。

親戚の家である小さな農家への道のりを子供に教え、自分を置いて行くように言う。

嫌だ、と子供は泣きじゃくる。

父さんは少し休んでから行くから、と言えば僕も休むと言い返す。

じゃあ農家まで行って誰か連れて来てくれ、と頼むも僕がいなくなったら父さんは消えるからヤダ!と泣きわめく。


そこに背の高い人が現れた。

ボブカットに切れ長の目で、冷たいというよりは無表情のまま親子のそばに立った。

息子を農家まで連れて行って欲しいと中年男性は頼み、父さんのそばは離れない!と父親にしがみつく息子。

離されたら死んでしまうとでもいいそうな子供の表情を見たあと、絶望と諦めしかない男性の表情をのぞき込み、目の奥までじっと覗く。

そして「自分で連れて行きなさい」と言うとうずくまっていた男性を立たせる。


綺麗な顔立ちから女性だと思っていたのだが、その腕力は強く、右手で男性の左腕を引っ張っただけだったのに男性は立たされてしまう。

驚きながらその人を見つめていると、男性の左胸に右手をあてながら言われた。

「こんなに慕われているのに、その報いに答えないなんてダメだよ」

でも、と反論しようとした男性を遮り、その人が言葉を続ける。

「あんたの寿命はまだ40年近くある。その時間で報いてあげな」

いや、と再度反論しようとして男性は胸の息苦しさが無くなっていることに気がついた。


中年男性は肺がんを患っていた。

もともと仕事好きだったのが、3年前に妻を亡くしてからというもの思い出す暇を無くしたいかのように仕事ばかりして自分のことは何もしていなかった。

そして、気がついたときには肺がんがかなり進行していたのだ。

それでも息子がいるからと治療を行う予定でいたのだが、妻を亡くしたあと息子の面倒を見てくれていた母が亡くなり、治療を続ける気力は消えた。

今日、息子を親戚に預け、自分は死ぬつもりでここに来たのだった。


「え、なんで?」と男性が顔をあげるとその人はいなくなっていた。

しがみつき、泣きじゃくる息子の頭を撫で、「ごめん、涼。帰ろう」と数日ぶりの笑顔を息子に向けた。



第1話


住みたい街ランキング常連の街、横浜。

商業ビルもオフィスビルも多くあるみなとみらい地区から中華街や元町などの観光地を抜けると、生活感が感じられる地域に出る。

昔ながらの商店の並ぶ商店街から1本奥の裏道に入ったところにその喫茶店はあった。

ちょっと古びたビルの1階、入り口横には管理されてるんだかされていないんだかわからない花が自由に咲いている植木鉢がいくつかあり、その間には枯れているとしか思えない植木鉢も隠れている。

使い込まれた木製のカウンターは、この喫茶店が長年ここでやっていることを表しているが、店主はまだ30代後半の女性、野口祐子。

美人とは言いがたいが愛想の良い、気取らない女性だ。

ただ、良くも悪くも平凡だ。

客に安心感は与えられるが好奇心は与えられない。

”喫茶店のマスター”であり野口祐子という本名は知られていないし、知ろうとする客もいない。

ここで出す飲み物も特別に美味しいわけではない。

けれども、この喫茶店の客足は絶えない。

なぜならば、このお店の目玉は占いだからだ。


普通の喫茶店ならばメニューが書かれているだろう店先のボードには、占いをやっているかどうかが書かれている。

占いの予約はできない。

電話での問い合わせがあっても、その日占いがあるかあどうか正確には答えられない。

ここの占い師は気が向いたときにやって来るので占いの予定は作っていないからだ。

でも、気が向いた時とは言っても週に2~3日は来るので、足げく通えば占ってもらえるかもしれない。


占い師は野口祐子の同級生で、二人は高校のときからの付き合いだ。

子供の頃から感の強かった石島春香は、無意識に予感を口走ってしまって同級生から気味悪がられることもあった。

でも、祐子は違った。人を疑うことをしないせいか、祐子は素直に春香の感の良さを褒めていた。

それは今も同じで、時折ズバッと春香に言い当てられてドギマギしていたりする。


春香は、とある宗教法人の教祖をつとめる家に生まれた。

といっても教祖の娘ではない。

教祖の弟の娘、つまり教祖の姪だ。

もともと霊感の強い家系であり、春香の祖母も曾祖父も教祖をつとめていた。

ただ、残念なことに今の教祖はそれほど霊感が強くない。

それに引き替え春香の霊感はかなり強く、家で穏やかに暮らすためには意見を慎む必要があることを小学生の頃に学んだ。

あるとき、春香は強く霊に言われ、人助けをしたことがある。

人があまり入らない林の奥で倒れている人を見つけたのだ。

当時の春香は小学校3年生。

当然ながら「なんであんな林の中に行ったのか?」と質問されたわけだが、そのときにふと思いついて「雑誌の占いで山がラッキーって書いてあったから」と答えた。

小学生ならではの発送と理解され「一人で行ったら危ないからダメだよ」と注意はされたものの、怒られたり詮索されたりすることはなかった。

この1件で、春香は"占い”というツールを使えば霊感を隠しながら話せることが増えると知った。

それ以来、どうしても気になることは”占いの結果”として話すようになり、占い師になった。

とは言っても、生活がかかっているわけではないので、あまり占いはやっていない。

喫茶店に来るのも親友の祐子に会いに来ているだけで、占いはおまけのようなもの。

占いが当たるともてはやされていい気になったときも、当たりすぎて気持ち悪いといじめられたときも、祐子は態度を変えることなく春香の友達でいてくれた。

出会ってから10年以上経つけれど、今も昔も祐子の態度は変わらない。

特殊な環境で生まれ育っている春香にとっては、祐子のように自分をそのまま受け入れてくれる相手はかけがえのない親友なのだ。


喫茶店の扉を開け、カウンターにいる祐子に向かって歩いていく。

席に腰掛けたとたん「パンケーキに挑戦したいんだけど食べてくれる?」と目を輝かせて祐子が聞いてきた。

きっと祐子はふかふかのパンケーキを想像しているのだろう。

でも、私にはわかる。祐子が作るのはホットケーキみたいなパンケーキだ。

「メイプルシロップがいいなぁ」

ホットケーキをイメージしながら返事をすると、「何言ってるの!ホイップクリームに苺よー!」とうれしそうに祐子が返す。

特別な意味のない普段のやりとり。このひとときに春香は幸せを感じていた。


普通のコーヒーと、予想どおりのホットケーキにしか見えないパンケーキをカウンターに並べつつ、祐子は占いのお客さんが待っていることを伝えた。

今日は来るかどうかわからないと言ったのにずっと待っている女性がいた。

40代前半ぐらいではないかと思われるその女性は、ベージュ系の地味な服装をしているが鞄や靴はブランド品。

話す口調は穏やかで、コーヒーを飲むしぐさは上品。

勝手に同世代と思った祐子が気になって少し話しをしてみたところ、家族のことで占って欲しいことがあるらしい。

すでに4時間待っていることからも何か特別な理由があるのだと思われる。

「食べ終わったらお願いできる?」

「食べる前でいいよ、味は想像できるから」

そう返されて複雑な気持ちになった祐子だが、でも、私の気持ちは後回し。今はあの女性だ。

祐子は女性を案内しに行った。


普通、喫茶店などは厨房と客席が分かれているものでしょう。

でも、このお店はちょっと違う。

普通のお客様は客席でくつろいでいただくが、占いは厨房を抜けたところにある部屋で行う。

春香がコーヒーを持って奥の部屋に行くのと同時に祐子は女性に声をかけた。

「占い師が来ました」

その一言に、女性は期待と戸惑い、恥ずかしさが混じったような表情を見せた。

ものすごく気がかりなことを占ってもらうのだとうと改めて思いながら、祐子は女性を奥の部屋に案内した。


「は、はじめまして。ありがとうございます。よろしくお願いします」

緊張からなのか、いっぺんにいろいろな気持ちを声にしてしまった女性は顔を真っ赤にした。

「ごめんなさい、変な挨拶になってしまいました。すごく期待してて、でも不安も大きくて、なんだか緊張してしまっていてごめんなさい」

自分に冷静になるように言い聞かせながら、その女性は言い訳をした。

そんな女性を感情のこもらない目で見つめながら春香は座るように促した。

占って欲しいことを教えてください、とできるだけ優しく言うと、少し戸惑いながら女性は話し出した。


彼女の名前は西条玲子。

44歳、主婦。

ご主人はIT系の技術者で、何日も夜中過ぎに帰宅することもあるけれど、仕事の落ち着いているときは毎晩早く帰ってきて一緒に晩ご飯を食べ、その日の出来事を話し合えるいい関係だ。

一人息子は今年無事に大学に合格し、勉強しに行っているのか遊びに行っているのかはちょっと怪しいが、それでも楽しそうに大学生活を送っているように見える。

我が家は特に占って欲しいことは無いんです。

占って欲しいのは実家の父についてなんです。


玲子が結婚したのは20年前。

それ以来実家には年に数回遊びに行く程度で、父と兄夫婦とで円満にやっているものと思っていました。

息子が大学生になり、時間の気持ちに余裕ができたこともあって先日、思いつきで実家に行ったんです。

いつもなら何日も前に連絡を入れてから行くんですが、なぜかあのときは連絡をすることを思いつかなくって、実家のある駅を降りて実家に向かう途中でいきなり思い出して電話しながら向かったんです。

実家につくと義姉さんに事前に連絡をしてもらわないと困ると強く言われて驚いたのですが、兄のところは下の子が高校生だから部屋の片付けとか来る前にしたいことがあったのかもしれないと思って、父と話したらすぐ帰るからお構いなく、と伝えたんです。

そうしたら、父は今日外出してていない、と言われまして。

連絡しないで来た私が悪いのだからしょうがないか、と残念に思っていたら2階から「玲子!」と私を呼ぶ父の声がしたんです。

義姉さんは慌ててなにか言い訳を言ってたんですけど、無視して「いますよね」と言って2階にあがったんですが、なぜか義姉さんは私を止めようとしたんです。

父に会うのを止められる理由なんてないし、いないと嘘をつかれたことで何が何でも父に会わないといけないと思ってしまって、義姉さんを振り切って父の部屋に行ったんです。

ドアを開けたら、びっくりするぐらいに痩せた父がベッドで寝ていました。

息子の大学合格報告で実家を訪れたのは3月。今は6月。たった3ヶ月の間に何があったのでしょう?

「父さん、何があったの!?」

思わずベッドに駆け寄り父の手をとった私に父が「たすけて」と言ったところで義姉さんがやってきて、無理矢理私を父から離し、絶対安静で誰にも会わせないように言われていると伝えて部屋から押し出されたんです。

何の病気なのか、どこの病院にかかっているのか聞いたけれども答えてくれず、兄に聞いてくれと言われて家から追い出されました。

兄にはすぐ電話したのですが、留守電になってしまって3日たつ今も連絡は取れずにいます。

父は大丈夫なんでしょうか?


霊感が無くても大丈夫じゃないことがわかりそうな状況なだけに、彼女が聞きたがっている言葉は何なのか春香は考えてみた。

20年前に嫁いで家を出て、それ以来父親の世話は兄夫婦がしている。

自分が世話をしていないことの後ろめたさなどから強く言えないのかもしれない。

でも、彼女の目は意志の強さを見せている。

何かしたいと思ったらどうにかしてやり遂げるタイプに思える。

ではなぜここで占ってもらうのか?

「大丈夫ですよ、お兄さん夫婦が世話をされていますから安心してください」と言われたいのかもしれない。

兄夫婦に強く言って父親を引き取らなければならなくなるのを恐れているのだとしたら、そう言われたいだろう。

でも、私は相手の聞きたい言葉を伝える占い師ではない。

自分に見えること、感じるものを伝える占い師だ。

「お父様を外に連れ出すことはできますか?」

「外にですか?義姉さんがいるから無理だと思います」

「では、玄関先でお義姉様の注意を引きつけることはできますか?」

「注意をひく?それっていったいどういうことでしょう?」

「少しの間お義姉様とお話をして、お父様のそばにいない状態にしたいのです」

「あ、はい。それならできると思います。でも、あの、これってどういう・・・?」

「お気づきだと思いますが、お父様は殺されかかっています」

「え!?」

「お兄様も加勢しているのかお義姉様だけでしくんでいるのかはわかりません」

はっきり言い切る春香の言葉に、玲子は口に手を当て驚いた表情をしているが、悪い予感が当たってしまったとも思っていた。

そのまま泣くかと思っていたら、数粒涙を流しただけで目に力が戻り、今までで一番はっきりした口調で聞いてきた。

「いつすればいいですか?」

「今から行けますか?」


厨房に顔を出した春香は祐子に簡単に事情を話し、これから玲子の実家に行ってくることを伝えた。

戻るときには八重がいっしょになるので、なにか食べるものを用意意しておいて欲しいとも伝える。

そして、目をつぷり八重を呼び、玲子の実家の住所、時間を伝えた。

喫茶店を出てすぐタクシーを捕まえ、玲子と一緒に実家に向かった。

彼女の実家につくと、 すでに八重が待っていた。

「すごいね、ここ。2人埋められてるよ。」

依頼主の反応を楽しそうに見つめながら八重が教えてくれる。

「え?埋められてる ?」

どういう意味かわからず聞き返す玲子に対し、八重は言葉を続けた。

「自分のものではない金と愛情を独り占めするため、 邪魔になるものを消してる最中。ってとこかな。」

八重の顔にいやらしい笑顔がはっきりと浮かび、 依頼主の戸惑いを心から楽しんでいるのが伝わってくる。

このままじゃ玲子が動けなくなるので、春香は2人の間に入り、玲子にお義姉さんを引きつけて欲しいとお願いした。

そして八重には、依頼主がひきつけている間にお父さんを健康に戻して欲しいと伝えた。


ピンポーン

誰も来る予定はないのに玄関のチャイムが鳴り、ひろみは驚いた。

この間の義味のことが頭をよぎり、居留守を使おうかと考えるが、 宅配便が届く予定であることを思い出して玄関向かった。

玄関についたこにとろで再びチャイムが鳴り、「は一い」 と返事をすると「宅配便です」と男性の声が返ってきた。

やっぱりね、と安心してひろみが玄関をあけると、宅配便のお兄ちゃんの後ろに義妹の姿があった。

ドアを閉めたいけれども宅配便を受け取らないわけにはいかないので、できるだけ冷静に、 玄関の棚からハンコを取り出す。

振り返り、宅配便を受け取ろうとしたら目の前には義妹が立っていた。

「こんにちわ、また来ちゃった」と笑顔で言われ、 断ろうとしたら 「ほら、 宅配便待たせちゃってるよ」とさえぎられる。

宅配のお兄ちゃんの前で騒ぐわけにもいかないので、ひろみは落ち着いてるふりをしながら荷物を受け取り、義妹に向き合った。

「今日は、あなたと話しがしたかったの。」

前回のことがあったにも関わらず、 なぜか笑顔で義妹が話し始めた。

「隆君と悟君は元気?」

玲子は義姉を引きつけるために、兄の息子たちの名前を出した。

突然息子たちのことを聞かれて戸惑い、警戒している義姉に玲子は話しを続ける。

「うちの清も今年から大学生じゃない。 本人が教えてくれない大学のしくみとか隆君に聞きたいと思ってるんだけど、今日は何時ごろ帰る予定?」

「た、隆は家を出て独り暮らししてるんで」

「え、そうなの!?独り暮らしって大変でしょ?でも、 大学の近くの方がきっと便利なのよねー。 話聞きたいから住所教えてもらえないかな?」

「え、いえ、それは..」

見るからに焦りが出てきた義姉さんを見ながら、 玲子は春香さんの言うとおりなのかな、 と悲しくなった。


家に入る前に、春香さんから作戦を知らされた。

甥ごさんについて話をしなさい。

責めるのではなく、 元気かどうか、今何をしているのか、 そういった普通の質問をしてください。

言い訳を考えるのに焦ってくるはずだから、 焦るところをどんどん突っ込んで、 話を長引かせて。

どうして甥っ子たちのことを聞くのか質問すると、思いもよらない答えが返ってきた。

「庭に埋められているからです」

さっきの方も庭に埋められていると言っていた。 でも、埋められているってどういうこと?

なぜ埋められているの?なにがなんだかわからない。

理解できないことを言われて動けなくなった玲子の手を春香が握って言った。

「落ち着いて」

「お父さんを助けるだけでなく、 甥ごさんたちにも報いてあげて欲しいの。 2人ともどうして殺されなければならなかったのか理解できてないし、弔ってもらえないことに納得できてない。 事実を明るみに出して、甥ごさんたちを供養させて欲しいの」

目の前で話されているのに遠くから聞こえてくる声を不思議に思いながら聞いているうちに玲子は思い出した。

ああ、そういえばこの占い師さんは霊感が強いといううわさだっけ。

兄さんに連絡が取れず、 もしかしたらと怖くなり、 霊感の強いというこの人にどうしても占って欲しくてあの喫茶店に行ったんだった。

でも、甥っ子たちがなんで?

ふと気がついた。

「兄さんは?」

「ここにはいないわ。 」

では、兄は生きている?でも、 それならなぜ携帯に出てくれないのだろう?

「ここじゃない場所 ?」

「かもしれない。」

思わずその場に座り込んでしまった。

決してものすごく仲の良い兄弟ではなかったけれども、 たった一人の兄だ。

私がいじめられたら守ってくれたし、自転車の乗り方を教えてくれたのも兄だ。

急に兄との思い出ああふれてきて、 涙がこぼれてきた。

数分後、「そろそろきっかけが来るから顔整えてくれない?」 と春香さんに言われ、涙で顔がぐちゃぐちゃになっていることに気がつく。

慌てて化粧直しをしていると、 宅配便の配達員さんがやってきた。

「いっしょに行くのよ」と春香さんに背中を押され、配達員さんの後ろに並んだ。


焦りからか汗をかき始めた義姉に玲子は喋り続けた。

「電話番号でもいいわよ。 連絡してみるから教えて。」

明るい笑顔で聞くが、義姉の表情はひきつるばかり。

「で、電話番号?ちょっと調べないとわからないから」

「息子の電話番号なのに?携帯に登録してないの?」

「こないだ変わったばっかりだから」

「そうなんだ。悟君は帰ってくるよね?何時ごろ?」

「え、悟!?」

「そう悟君。まだ高校生だからそろそろ帰ってくる時間?」

「い、いえ。悟は ・・・」

どんどん焦り、返事もできなくなってくる義姉の様子から、春香さんの言うとおり、隆君も悟君も殺されて埋められているのだな、 と理解できてしまった。


玄関で依頼人が義姉と話をしている間、 八重は2階の父親の部屋にきていた。

骸骨一歩手前、そんな感じにガリガリにやせ細った人がペッドに寝ている

ジロリと目玉はこっちを見たけれど、身体は動かす力がないのか、微動だにしない。

八重は右手をそっと父親の肩に置き、話しかけはじめた。

「すでに知っているみたいだけど、庭に孫が埋められてる。ちゃんと弔ってあげてくれないかな。」

「できるならわしだってそうしたいさ。 でも、自分がこのありさまじゃ・・・」

一度強く肩を握り、八重は父親から離れた。

「もう大丈夫。すぐ下に行ってぶちのめすこともできると思うよ」

「え?」

窓から外に出て行こうとしている八重を見て、父親は慌てた。

「ちょっと待って」と右手を伸ばしたらそのまま身体が横向きになり、上半身を起こした姿勢になる。

「え!動ける!?」

さきほどまで薬でやられ、 起き上がるどころか意識を正常に保ちのだってしい環境にいた。

なのにどうしたことだろう?

起き上がれる。

ベッドに上半身を起こした形ですわり、手をにぎったり開いたり、 足首を回したりして身体が問題なく動かせることを確認してみた。

その後、父親はベッドから起き上がり、 1階に向かった。


階下では、玲子がまだ甥のことを質問攻めをしていた。

「悟君は彼女とかいるの?」

「え、あ、ど、どうだろう?いないんじゃないかな」

追い返したいのに、息子たちのことを聞いてくるので答えないわけにもいかず、 どんどんあせってくる義姉。

「言わないだけでいるんじゃないの?うちの清だって彼女なかなか紹介してくれなかったもの。でもね、彼女がくれたマスコットとかしっかりかばんにつけてたから、なんとなくわかっちゃったのよねー。 悟君はそういうのないの?」

そのとき、義姉の背後にある階段から、 落ち着きのある低音の声が聞こえてきた。

「彼女が欲しくてももう作りようがないからな」

びっくりして振り返った義姉の顔はみるみる血の気を失っていき、 「なんで」とり返すばかり。

「お父さん!」と叫び手を伸ばしてきた玲子のその手をにぎりながら父親は泣きそうな笑顔で言った。

「すまんな玲子。警察に電話してもらえんか」

「うん、うん」とうなずきながらも視線を父親から離せず電話するそぶりの無い玲子に向かって父親はさらに促す。

「嫁が息子2人を殺して庭に埋め、 父親も殺しかかってるから助けて欲しい。 と伝えてくれ」

"殺す”という言葉にはっとし、うなずきはとめられぬままかばんから携帯を出し、玲子は110番通報した。


駆けつけた警察官に義姉は逮捕された。

事情聴取を受ける玲子は、春香さんや八重には触れずに話をした。

「この間きたときに父が床に臥せっていて、 にもかかわらずろくに話もさせてもらえずに追い返されたんです。 だから、今日はなんとしても父とちゃんと話せるようにと思って、悪意のないことをわかってもらうためにも義妹に甥たちの話をしてたんです。誰だって自分の子供の話はしたくなるものでしょ?それで甥たちの話をしていたら、 2階から父が降りてきて、 警察に通報するように言ったんです」

春香さんたちのことは話さない。 これも事前に教えられた作戦に含まれていたことだ。

占い師がどうのなんて話をしたら怪しまれるから春香さんたちのことは話さない。

話を聞いている刑事さんを見ていると、 そのとおりなのだろうと思う。

「遺体出ましたー」

庭にいる警察の方の声が聞こえた。

思わず崩れ落ちそうになったところを走ってきて支えたのはご主人だった。

「警察から連絡があったんだ。いったい、なにがどうなっているんだ?」

とてもここで全ては話せないだろうし、玲子自身すべてを理解できていない。

「私にも全てはわからない。 でも、今夜は面白くない話を聞いてね」

弱々しくいう玲子をさらにしっかりと抱きしめるご主人だった。


ワイドショーを見ながら、 ただただ祐子は驚いていた。

これって、昨日の西条玲子さんのご実家だわよね。

春香から父親があぶない状態だから行って来る、とは聞いていたけど、まさかこんなことになっているなんて…。

昨日戻って来たときに教えてくれればよかったのに。

昨日のタ方、 春香は八重と帰って来た。

喫茶店に入るなり八重が「ごはん!」と言いながらカウンターに座り、 祐子はいそいそとハヤシライスを出した。

いつものことながら、 すごい勢いでごはんを食べはじめる。

「おかわりあるからね。」

「うん。」

「春香はコーヒー?」

「うん、お願い。」

コーヒーを入れながら、どうだったのか聞く。

「問題解決できたの?」

「解決はしきれてないと思う。 でも、 この先は私らの出番はないよ」

「お父様は?」

「今頃病院じゃないかな。 でも、すぐに退院できるでしょう。」

すぐに退院できる状態、 ということはそれほど大病ではないということだ。

「よかった」

安心して自分にもコーヒーを入れ、3人でカウンターで一息ついた。

たいしたことではなかったかのょうに。

それがどうだろう。

嫁が子供を殺して庭に埋め、 父親を薬漬けにして殺しかけた。

ものすごいショッキングなニュースだ。

それなのに、なにもなかったかのようにしているあたりが春香らしいといえばそうなのだが、もうちょっと驚きを表現してもいいのではないだろうか?

それに、息子(玲子さんのお兄さん)の行方はわからないままらしい。

ワイドショーでは、殺されている可能性が高いと言っているけれど、そうなのかしら?

今度春香が来たら聞いてみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る