11 来年は、あなたと

 合流場所にはすでに三人が待っていた。

 村の端の目印でもある小さな祠の前。祠はかなり古いものらしく、無知なあたしにはどんな神様を祀ってあるのか全くわからない。ただ、いくら古くて小さいからって、もうちょっと手入れすればいいのに、と、少し可哀想になった。


 この先はしばらく荒れ地で、その後小さな集落がある。そこを通り抜けると山があるのだが、そこから先のことは誰もわからない。大きな町は反対方向にあるし、わざわざ山に入る必要がないからだ。

 それに鬼は、必ず山の向こうからやってくる。


「うわあ。小夜、予想を上回る色気のなさだな」


 焔はあたしのことを上から下までじろじろ見た後、眉をひそめた。


「その着物、男物じゃないか。髪を切ったら完全に男だな。まあ小夜が下手に色気づいても気色悪いだけだけど」

「でしょ。だからいいんだよこれで」


 焔の言葉を軽く流し、改めて三人を見る。

 皆、質素な旅装束で、腰には大小の刀を佩いている。凱のものだけなんとなく立派そうな気がする。家に伝わる宝物か何かなのだろうか。

 

「小夜ねえ、脚が痛くなったり、おなか痛くなったりしたら言ってね。奥様の薬草や治療石を預かっているんだ」

「へえ、憲、治療術覚えたの? すごいね」

「ううん。できるのは凱さんだけだよ。でも僕が預かった。なにしろ僕はこの中で一番の力持ちだからねっ」


 そう言って鼻を膨らませ、やたらと発達した腕の筋肉を見せつける。要はそれが言いたかったらしい。

 

 風が吹き、あたしの頬を包む。

 白い光が満ちた空に、ちいさな花びらが舞う。どこから来たのだろう。このあたりに花の咲いた木はなさそうなのに。


 風の向こうで、凱が微笑む。

 ひとひら、彼の肩に止まった。彼はそれをつまみ、そっと掌に乗せた。

 風を受け、ふたたび空に舞い上がる。


「庭の桃は、今が満開です。とても綺麗でした。でも、帰る頃には散っていることでしょう」


 あたしを見る彼の瞳に朝の光が落ちる。

 一度、口を結ぶ。


「あの桃の花を見るたびに、私は小夜さんの姿を思い浮かべます」


 風が強くなる。あたしの顔が火を吹くのも構わず、言葉を続ける。

 蜂蜜色の瞳の光が朝日を跳ね返す。


「来年は、私と一緒に桃の花を見てくださいますか」


 ――来年は、私と一緒に。


 一緒に、生きて、帰って……。


 大きく頷く。

 あたしたちは山の向こうへと歩きだした。




 荒れ地を抜けると小さな集落がある。ここに来たのははじめてだが、あたしの村からそれほど遠く離れた場所ではない。それなのに、目の前に広がる風景は全く違う。


 畑も、家も、空気さえも、全てが荒れ果て、疲弊している。

 それなりの規模の畑が広がってはいるが、大半は雑草に覆われており、明らかに放置されている。

 点在する家はどれも傾いており、壁の木は腐っている。もちろん、長様や出水家みたいな立派なお屋敷なんてない。

 昼間の一番暖かな時間だというのに、外を走り回る子供がいない。お喋りも聞こえない。


 道の反対側から小柄なお爺さんが歩いてきた。凱はお爺さんを知っているらしく、丁寧に頭を下げて挨拶をした。


「おやまあ、出水様んとこの若様。どうしたんです、ものものしい格好で」

「はい。これから鬼を退治しに行くところなのです」


 凱の言葉に、お爺さんはしばらくきょとんとしていたが、やがて少し悲しそうに微笑んだ。


「ああ、向こうの山の木でも調べに行くんですかね。あの辺は物騒ですからお気をつけて。しかしびっくりしましたぞ若様、冗談がお上手で」


 お爺さんの言葉に、凱は肯定も否定もせず微笑んだ。お爺さんは自分の足元を見て息をつく。

 お爺さんの枯れ枝のような足が踏みしめている道のわきには、つやつやとした草が生えている。荒れ果てている畑も、手をかければちゃんと作物が育つのかもしれない。

 それなのに。


「本当に鬼が退治できるものなら、どれだけありがたいかと思いますよ」


 お爺さんは腰を伸ばし、集落を見渡した。


「ここだってね、わしが子供のころは、もうちーっとましだったんです。でも苦労して作物を育てても、みんな鬼に取られちまう。もう、鬼の餌を作るのは疲れましたわい。まあ、ここいらは人攫いはないが」

「そういえば以前も仰っていましたね。こちらでは人は攫われないのですか」

「はあ。昔はありましたけどね。今じゃ爺婆じじばばばかりだから、鬼も食う気がせんのでしょう」


 自分を指さし、口の端を歪める。

 その言葉に凱は答えず、少し首を振って視線を落とした。


 ふわり、と風が吹く。

 緑の匂いを含んだ、この季節にしては暖かい風。柔らかく優しく、それでいて、少し悲しくなるような、不思議な風。


「すみませんな、若様。またいらん愚痴をお聞かせしてしまった。儂、なんといいますか、若様を見るとほっとしてしまうんですよ。そのお天道様みたいなお姿のせいですかね」


 そう言いながら自分の貧相なごま塩頭をぽんぽんと叩く。凱は自分の髪に手をやって微笑んだ。


「あまねく地を照らし命を育む光となれれば、こんなに嬉しいことはないのですが、あいにく今の私には、そのような力はありません。でも、そのように言っていただき、おそれいります」


 ゆったりと会釈をして歩き出す。お爺さんはあたしたちを見送り、最後尾のあたしを見て不思議そうに首をかしげた。

 顔を隠すように頭を下げ、そろそろと通り過ぎる。

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