16話 そう頼まれたら断れない

翌日、昨日と同じように情報収集を依頼を行っていたんだけど、午前中でめぼしい場所は全て情報収集を終えたので、午後からは調査を打ち切る事になった。

私は3人組と別れ、再び宿に戻る事にした。

そして部屋に帰って……ガッツポーズをする。

よっし!

半日はストレス過多なことをしなくて良い!

あの3人組とはオサラバ!

自由だ!!!

……と、言っても、流石に宿に篭もりっぱなしじゃ体が訛ってしまう。

……町の外周でも走ってこようかな。


そんなわけで今は商店街を抜けて、この町を一旦出ようとしてる。

初日はビクビクしてて、1人でこんな所歩けるか!なんて思ってたけど、今は少し気持ちを落ち着かせてここを通る事が出来る。

と、言うのも、何となくだけど、自分に害がありそうな人がどんな人か分かってきたからだ。

少し前までは人の視線そのものが怖かったけど、数日、この人混みで過ごしてみて、それに種類があることに気づいた。


それは冷たい悪意だったり、知的好奇心だったり、子供に対する母性のようなものだったりする。

何も感じない時もあるけど、それは、恐らく相手が私に無関心だという事だろう。


それを頼りに他人を分けてみることにした。

関わったら駄目な人とか、無関心な人とか、よく分からないけど大丈夫そうな気がする人、とか。

ギルマスや3人組はこの1番最後の項目に入る。


こうやって人々を分ける事で、逃げ道ができたような、そんな気分になった。

この精度を高めていけば、もっと効率的に危機察知が出来るようになる……かもしれない。

とりあえず、今はこの大丈夫そうな人とだけ接していれば良いんだと思う。

あとは極力人を避ける。


人を……避けたいんだけどなぁ。

私は後ろを振り返る。

すると、背後からずっと感じていた視線は消える。

しかし、前を向くと再び復活した。

宿から出て直ぐ気づいたんだけど、私はどうやら誰かに付けられているらしい。

敵意……は無さそうなんだけど、流石にずっと見られていると気持ち悪い。

多分、本物のストーカーだ。

と、言っても、心当たりが人攫いぐらいしかない。

でも、情報によると、人攫いは夕方~明け方に出るそうだから、まだ時間帯的に早い気もする。

それに、敵意を感じないも気になる。

他に、例の3人組とかギルマスの可能性もあるけど、こんなコソコソ隠れるような事をするかなぁ。

どちらにしろ、私の気分を害してるんだから……ちょっと痛い目に合わせてやろう。

私は人混みを分けて走り出した。

視線の主も追いかけてくる。

……しかし、視線の主の走る速さは遅いらしく、視線をどんどん感じにくくなっていく。

うーん、この人、あんまり持久力が無いのかな?

ストーカーの達人だったらね、全力で走っても撒けないし、寧ろ追い越して進路塞いでくるからね!?

まぁ、今回の目的は、ストーカーを撒く事ではなく、この人に少し痛い目に合わせる、ということなので、スピードを少し落としてあげた。


暫く走った所で私は狭くて長い路地裏に入った。

ちゃんと相手も追いかけて来たようだ。

それを確認すると、直ぐに回れ右をし、相手の鳩尾に拳を打ち込もうとした。

が、相手を見た瞬間、私は拳を止めた。

私を付けてきていたのは、3人組でも人攫いでも無く……私より小さい男の子だった。


「わわっ!」


私が急に止まって後ろを振り返ったのに驚いたのか、男の子は尻もちをついた。

……訳が分からない。

勿論、この男の子とは知り合いじゃないし、見たことも無い。

いや、ほんと、なんで私こんな子供に付けられてるの?

面白そうだから、とか、見た事ないから興味本位でついてきたのだろうか。

……迷惑な話だ。

私はメモ帳にペンを走らせ、それを尻もちをついたままの男の子に見せる。


『文字は読めますか?』


男の子はメモをじーっと見ると、コクコクと頷いた。

なら、話は早い。


『迷惑です。ついてこないでください。』


それを見せると私は踵を返して、大通りの方へ戻ろうとした。

あー、やっぱりもう少し、視線を見分ける精度の向上が必要だなぁ。

こんな悪意の無い小さい子にまで警戒してしまうとキリがない気がする……


「あ……待って!!」


大通りに出ようとした瞬間、私は大きな声で男の子に呼び止められた。

私は嫌々後ろを振り向いた。


『何か用ですか?』

「お姉ちゃん、冒険者、なんだよね……?」


……そんな事を聞かれるとは思ってなかった。

あ、分かった。この子の目的が。

この子……私をからかいに来たんだな!?

まだ子供の癖にシグや3人組と行動してるから!?

冒険者じゃない癖に冒険者と行動してんじゃねーよ、みたいに思ってるの??


そう考えるとムカムカしてきた。

なら、私が弱くない事を証明してあげよう!

私は腰に手を当て、胸を張って、男の子にギルマスから貰った銅のカードを見せた。

見たか!!

私はこう見えてもCランクの冒険者なんだぞ!

シグ曰く、その辺の人間より強いんだぞ!

小さいからって、馬鹿にするなよ!!

……しかし、男の子からの反応が無い。

チラリと男の子の方を見ると……男の子は泣きそうな顔になっていた。

え、なんで?そういう意味じゃなかった?

ど……どうしよう。

私、そんなに威圧感あった?

確かに追い払おうとは思ったけど、泣かせるつもりは無かったんだよ。

男の子は戸惑っている私を他所に、その顔のまま、私にすがりついてきた。


「!?!?」

「お願い、お姉ちゃん!お母さんを助けて!!」


その台詞を聞いて、私はカードを落とした。




とりあえず、路地裏で話すよりはマシかと思って、男の子を連れて、宿の自分の部屋に戻ってきた。

男の子の名前はエドと言うそうだ。

年齢は6歳。

私がラインドール家にいた時ぐらいの歳だ。

私は自分の部屋に戻ると、部屋の壁に聞き耳を立てた。

……よし、今は周りに誰もいなさそうだ。


『とりあえず何があったのか話してください。』


私はメモ帳にそう書いてエドに見せると、エドはゆっくりと話し始めた。


「あのね、僕の家はね、お父さんが重い病気だから、お母さんが働いてるの。それで、お母さんは居酒屋で働いてるから、いつも夜に働いて、朝に帰ってくるんだ。でも、昨日の朝はお母さんが帰って来なかったんだよ。」

『どこかで倒れてる、という事はありませんか?門番の人には訪ねましたか?教会には行きましたか?』

「うん、お母さんが居そうな所は全部探したよ。お母さんの職場にも行ったし、門番の人にも尋ねたよ。でも……誰もお母さんが何処に行ったか知らないって言うんだ。」


うーん、やっぱり門番の人は知らないって言うのか。

それか、本当は知ってるけど、子供だからって相手にされなかったのかもしれない。

情報は少ないけど、話を聞く限り、人攫いに巻き込まれた気がするけどなぁ。

だって、夜に仕事に行って朝に帰ってくるなんて、人攫いの格好の餌食じゃん。

なんて考えていると、いつの間にか、エドの目からはポロポロと涙がこぼれ出していた。


『大丈夫ですか?』

「最近……この町に人攫いが現れるって噂があって、もしかしたら、お母さんも攫われちゃったかもしれないって思って……どうしよう、お姉ちゃん。このままじゃ、お母さんが知らない人に売られちゃうよ……!」


そう言うと、エドはわんわんと泣き出した。

私はエドの隣に座り、背中をさすってあげる。


「それでね……お姉ちゃん達がね、昨日、人攫いの調査をしてたでしょ?だからね、助けてくれるかもしれないって思って……」

『私以外の3人組に相談しようとは思わなかったんですか?』

「だって……お姉ちゃんが1番話しかけやすそうだったから……」


成程、そう言う理由で私を頼ってきたのか。

まぁ、大人の人に話しかけづらいのは分からなくはないか。

さて、エドのお母さんの命運は私に委ねられたわけだけど……

まず、この世界は強くなきゃ生きられない。

弱い人間はただ悪戯に搾取されるだけだ。

あの時だって、私が強かったらお母さんは死ななかった。

ううん、例え強くなくても、お母さんの言う事を聞いてすぐ逃げていたら、もしかしたら結末が違ったかもしれない。

……今になってあれこれ考えても仕方ないけど。


つまり、エドのお母さんがいなくなって、未だに会えていないのはエドが弱いからだ。

エドが強かったらきっとこんな事にはなってない。

エドのお母さんがこのまま売られてしまったとしたら、エド自身の責任だ。


だから、私もそうされたように、エドのお母さんは助けない。

……なんて、非情な事は言わない。

確かに、自分の事でいっぱいいっぱいなのに、他人の厄介事に首を突っ込みたくはない。

でも、私には、エドの気持ちが痛い程分かってしまった。

私がエドぐらいの歳の時には、お母さんが死んでしまって毎日泣いていた。

毎日辛くて辛くてたまらなかった。

……でも、誰も助けてくれなかった。

寧ろ、追い打ちをかけるように沢山傷つけられた。

私は、そんな人達と同じになんてなりたくない。

だから、大丈夫。

君は私と同じにならなくて良いよ。

自分しか信じるな、とか、他人に縋るな、なんて、そんなの、自分でも悲しい考えだって分かってる。

大丈夫、エドのお母さんは助けるよ。

エドは弱いけど、少なくとも私は、こうやって誰かに手を差し伸べられる程度には強くなった筈だ。

君だって、何も行動せずに泣き続けるより、ちゃんとお母さんを助けようと行動出来たんだから、きっと、あの時の私より強いし、賢いし、偉いよ。


『話は分かりました。後は私が何とかします。』

「ほんと……?」

『はい。だから、私が戻ってくるまで、貴方はここで待っていてください。』

「……分かった!お姉ちゃん、お母さんを助けてね。絶対だよ!絶対だからね!!」


私はエドに向かって頷く。

そして、エドを置いて宿の部屋を出た。


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