9話 クソみたいな気分だ(シグ視点)

俺はキャルロットを持ち運ぶためにしゃがんだ。

血とか汚れは治癒魔法で元通りになっていたが、キャルロットの目元には涙が流れたような跡が残っていた。

·····人前で泣くやつじゃないのに。

それだけ苦しかったって事か。

服は治癒魔法で何ともならない為、血まみれで穴だらけだった。

それと、意図的に首元から腹部の辺りまで切り裂かれている。

何をしたか、そして、今から何しようとしてたかは、屑パーティを見た時に察していた。

もっと早く戻って来たら、と、めちゃくちゃ後悔したし、あと少し来るのが遅かったら·····と、思うとゾッとした。

何と言うか·····散々だな、お前。

こいつの今までの人生には同情するしかねぇ。

ずっと人間に酷い目に合わされて、更にこんな事されたら何も信じられなくなるよな。

こんな世界、嫌いになっちまうよな。

俺はボロボロのキャルロットを抱きしめた。


「ごめん·····ごめんな·····」


抱きしめてみて、改めてキャルロットの小ささを感じる。

こんな小さいのに、コイツの心はもう、他人からの憎悪と悪意のせいで、修復できないくらい傷だらけになってしまっている。

こんな子供が平気で受け入れられるレベルの代物じゃない。

中途半端に接して、警戒心解いて、そのまま1人で放置した俺が馬鹿だった。

信頼して欲しいと思ったくせに、その相手のピンチに隣にいなくてどうするよ。

何が助けてやろうか?だ。

結局何も出来なかったじゃねぇか。

コイツはギリギリの所で俺に助けを求めたかもしれないのに·····!


自己嫌悪になりながらも、俺はキャルロットを抱き上げて、家の中の寝床に寝かせた。

いつもの様にうなされてはいない。

でも、いつもみたいに頭を撫でてやらないと、俺の気が治まらなかった。

どうか、コイツが人を信じる事からまた遠ざかる事が無いように願って。




1時間ぐらい経った頃だろうか。

キャルロットの眉間がピクリと動いた。

俺は撫でていた手をキャルロットの頭から離す。

すると、キャルロットはゆっくりと目を開けた。


「お、起きたか。大丈夫か?」


声をかけたが、キャルロットは天井を見てぼーっとしている。

俺は再び頭を撫でるのを再開しようとする。

しかし、俺の手がキャルロットの視界に入った瞬間、キャルロットは目をかっ開いて、思い切り俺の手を払った。

·····そうなるだろう、とは思っていた。

キャルロットは酷く怯えた様な顔で寝床から飛び起き、強い力で俺を扉の方に押した。


「ちょ·····落ち着けよ!俺だって!」


少女は思い切り犬歯で親指を噛み、下を向いた。

そして、血と土でボロボロになってしまったメモ帳に文字を書き、俺の顔の前にそれを持ってくる。


『帰ってください。』

「でもお前·····大丈夫、なのかよ·····」


その言葉にキャルロットの返答は無く、ひたすら下を向いて文字を綴る。

多分·····そもそもコイツに俺の声が届いてない。


『もう私から何も奪わないでください。』


紙に書いた文字が震えている。

色々知ったせいで、その言葉がとても重いものに感じて·····何も言い返せなくなった。


『ごめんなさい。帰って。』


そう書いて、漸く顔を上げたそいつは·····今にも泣きそうな顔をしていた。

·····そんな顔して、そう言うんだな、お前。

許してもらう気も、慰める気も無くなってしまった。

この状況で

これは、今俺が何かした所で、どうにかなる問題ではないと悟った。


「·····そうか。悪かったな、邪魔して。」


俺は笑顔を作って、何とか声を絞り出す。

そして、アイツに言われた通り家を出た。

·····こりゃもう、駄目かもな。

あのバカパーティがトドメさしやがった。

一生誰にも心を開かなくなっても仕方ねぇな、ありゃあ。


「はぁ·····本っ当にクソみたいな気分だわ。」


·····一旦ギルドに帰るか。

諦めるつもりはねぇけど、暫くは放って置いた方がいいかもな。

まぁ、とりあえず·····その前に寄り道だな。

俺は冒険者の死体を引きずって、むしゃくしゃしながら山を降りた。


向かったのは村の集会所だ。

もう夜も深けているのに、集会所には複数の人間の気配がする。

·····俺が依頼の具体的な説明を聞いたのもここだった。

冒険者を歓迎するためにここを使うなら、今この場所に人が大勢いるのは·····このパーティの成果を·····アイツをどれだけ惨い目に合わせたかを聞きに集まったって事だろうか。

·····趣味の悪い連中だな。

俺は遠慮なく足で扉を蹴り開けた。

集会所の中の人間の視線が俺に集まる。


「よぉ、久しぶりだなクズ共。」


俺は村人達の前に、黒焦げになった冒険者クズ共を投げ出した。


「誰だアイツ?」

「それより、なんだよ、あの黒焦げの死体·····」

「死体は4人·····まさか!?」

「嘘·····だろ·····?Aランクパーティだぞ·····?」


ヒソヒソと村人達の囁き声が聞こえる。

なんだ、コイツらAランクのパーティだったのか。

でも手応え的にこいつらは、Aランクパーティでも下の方の実力だろう。

·····にしても五月蝿ぇな。

ガン、と床を破損させないギリギリの力で蹴ってやったら、しんと静まり返った。


「お前らさぁ、アイツをなんだと思ってんだよ。まだ11の餓鬼だぞ?その餓鬼にAランクのパーティを

向かわせて、希望なんか持たないように痛ぶれって?」

「だ·····黙れ!あの子はねぇ、あの悪名高いランドール公爵の娘さ!出来損ないで捨てられた貴族だよ!私たちはあの公爵に酷い目に合わされてる·····その関係者を酷い目に合わせて何が悪いのさ!?」


集会所に集まった1人の女性が叫び、他の面子も、そうだそうだと同調する。

この女、クォエラの町のババアみたいな台詞を吐きやがる。

でもな、それならキャルロットじゃなくて公爵に当たれよ。

最もらしいことを言い訳にして、アイツをストレス発散に都合の良い玩具にしてるだけじゃねぇか。


「だからって、あそこまでする必要、あるか?アイツが直接手を下した訳じゃないだろ。知ってるか?アイツ、お前らに酷い仕打ちを受けてたのに、俺に会ってから1回も助けてって言った事ねぇんだ。」


俺がそう言うと·····村人達から何言ってんだこいつって顔された。

逆にこう言って、コイツらに反省する様な素振りがなくて良かった。

本当に同情する余地も無いぐらいクズばっかりだ。


「あぁ、分かんねぇだろうな?お前らみたいな血も涙もないクズには、救いを求められない苦痛なんて。だって有り得ねぇもんなぁ?助けを乞えないなんて·····だからお前らが許せねぇんだよ!」


だから、俺は感情のままに体内の魔力を放出した。

魔法を用いない魔力の放出は、魔法使いが魔物や動物の威嚇に用いるものだ。

人間にも使えるが、慣れてしまえばただのプレッシャーと変わらない。

だが、普段魔力に当てられる事の無い村人達は、次々に泡を葺いて気絶していく。


「アイツはなぁ!もう何も信じられなくなったんだ!信じるのが怖くなっちまったんだ!本当は寂しい思いしてんのに、また何か奪われるんじゃないかって、誰も傍におけねぇんだ!助けの手を差し伸べたって、その手が自分を傷つけるのが目的なんじゃないかって、掴めなくなっちまったんだよ!」


信じたかったんだよ、アイツは。

信じたかったけど、出来なくて、アイツはあんな顔をしたんだ。

本当は誰かに縋りたくて仕方ないのに、アイツの今までの経験が、他人と繋がるのを拒絶する。

なぁ、キャルロット。

お前さ、俺を信じようとしてくれたんだろ?

だから、ごめんなさいって言ってくれたんだろ?

俺がお前の事を傷つけないって薄々気づいてるのに、そいつから向けられた救いの手を、アイツは·····怖くて掴めないから。

·····本当に謝るべきなのは、お前を助けられなかった俺の方なのにな。


「アイツに詫びろ!地に額をつけて謝れ!!ふっざけんな!漸く一緒に連れていこうって思える奴を見つけたのに!あともう少しだったんだ!あと少しで解放してやれたんだ!なのにまたアイツを壊しやがって!!お前ら全員死ねっ!死に晒せ!!!」


そこまで叫ぶと最後の一人が気絶した。

俺は魔力の放出を止めた。

魔力を一気に失った事によって、視界がグラグラと揺れる。

·····あー、久々で加減を間違えた。頭痛ぇ。

あのパーティみたいに全員ぶっ殺せた方が楽なんだが、何回も言うが一般人を殺すのは御法度だ。

例え、こんなクソみたいな野郎共でも。

でも、これだけやっとけば、暫くアイツにちょっかいかける事は無いだろう。


·····俺だってさ、お前に信じさせてやりたかったよ。

全面的に信頼しろとは言わない。

お前が今まで会ってきた惨い人間達とは違うって思わせてやりたかった。

お前にはちゃんと味方がいるんだって分かってもらいたかった。

せめて、お前が毎日酷い悪夢を見て、泣かない程度にはさ。


はぁ·····マジで最悪な気分だ。

明日ギルドに帰ったら、ゼーレのオッサンに集って、愚痴って、破産するまで酒を煽ってやる。

なんて考えながら、集会所を出る。


扉を開けると……目の前にキャルロットがいた。


流石に驚いた。

アイツが信頼できない人間だらけの山のふもとに降りるなんて、考えられなかった。


「なんで·····ここに居る?」


動揺しながら尋ねる。

と言うか·····いつから居たんだ?

外のことに気を配ってなかったから全然気が付かなかった。

もしかしたら、中の事が聞かれてたかもしれない。

なんだそれ·····恥っず!

どう言い訳しようか考えていたが、アイツは相変わらずの無表情で俺をじーっと見ると、俺の顔を指さした。

アンタこそ何でここにいるんだ、ってとこだろうか。


「あぁ、俺?·····ただの八つ当たり、そんだけだ。で、お前は?」


アイツはブンブンと横に首を振ると、山のほうに帰っていった。

·····なんだったんだよ、結局。


ーーーーーーーーーーーーーーー


次の日の朝。

色々葛藤した末、俺はアイツの家の前にいる。

あーあ、来ちまったよ。

アイツが昨日意味深な行動をするから·····!

·····よし、取り敢えず昨日の件を謝るのと、帰るからあくまで社交辞令として挨拶しに来た。

返事が無かったらそのまま帰ろう。

で、ギルド帰って愚痴、決定。

俺は扉をノックした。

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