10話 事の顛末

目を覚ましたら、家の天井が見えた。

起きた時は何となく頭が回らなかった。

あれ·····私、どうなったんだっけ。

考えていると、何故か家の中にいるシグが私に手を伸ばしてくる。

ぞくり、と全身に寒気が走った。

その伸ばされた手が·····なんだかとても怖く見えて·····気を失う前の事を思い出した。

私はシグの手を思い切り払った。

頭の中で、色々な記憶がフラッシュバックする。

私の体が何回も何回も壊されて治されて·····

ずっとずっと狂ってしまいそうな程痛くて·····

嫌だ·····

嫌だ嫌だ嫌だ!

もう何もしない!

何も望まないから、もう私を傷つけないで!

皆嫌い!大っ嫌い!

私はパニックになって、とにかく他人を遠ざけようと躍起になった。


「·····そうか。悪かったな、邪魔して。」


気がつくとシグは悲しそうに笑って、あっさり家を出ていった。


漸く1人になって、私は毛布にくるまってうずくまって泣いた。

やっぱりそうだ。

何が世界は広い、だ。

何がこんな狭い所しか知らない、だ。

結局、結論は同じだったじゃないか。

沢山傷つけられて痛かったよ。苦しかったよ。

でも、やっぱり誰も助けてくれなかったよ。

やっぱり世界は怖いし優しくない。

外のもっと外に行くのなんてやめよう。

ずっとここに引きこもっていよう。


·····そう言えば、私を襲った人達はどうなったんだろう。

また来たらどうしよう。

そう考えると、また体が震えだした。

不安過ぎて、私は扉を少し開けて外を見る。

当然だが、誰の気配も無かった。

·····シグの姿も無かった。

ただ·····地面が焼け焦げたような後が4つ出来ていた。

その近くには金属片が落ちている。


最後に残っている記憶は、大男に頭を地面に打ち付けられた所で、次に目が覚めたらシグがいた。

シグは確か·····火の魔法が使えたはず。


頭の中で1つの可能性が浮かび上がる。

もしかして·····シグが、あの人達を追い払ってくれたの?

?私を?

·····そう結論するのはまだ早い。

あの跡は私を痛ぶって出来たものかもしれない。

そもそも、シグもあの人達に加担してたかもしれない。

でも、もし·····もしも、本当にシグが助けてくれたのだとしたら·····

私はハッとして首をぶんぶんと振った。


それにしても·····もう夜遅い筈なのに、シグはどこに行ったんだろ。

可笑しいな。

いくら私が拒否しても、ここに居たのに。

まぁ、ずっと付きまとってたのが漸く居なくなるな

らそれで良いんだけど。

·····でも、この、胸の中に空風が吹いているような感覚は一体なんなんだろう。

信頼したわけじゃないし、するつもりもない。

けど、シグが来なくなったら何となく嫌だな、と思ってる自分がいる。

·····そう言えば、シグを今日ぐらい強く拒否した事って無かったな。

あんな風に追い返してしまったけど·····

また、帰ってくるよね·····?


聞きたいことがありすぎて、私は山を降りた。




久しぶりに来た村は、びっくりするぐらい静まり返っていた。

夜遅いから当然か。

だから、分かった。

·····シグの声が聞こえる。

私は声の方に向かって走る。

着いたのは村の中でも大きな家だった。

外からだと中の声はこもってよく聞こえないけど·····シグ、なんか·····怒ってる?

私は扉に耳をつけた。


「アイツはなぁ!もう何も信じられなくなったんだ!信じるのが怖くなっちまったんだ!本当は寂しい思いしてんのに、また何か奪われるんじゃないかって、誰も傍におけねぇんだ!」


シグの言葉にドクンと心臓が高鳴った。

·····何を·····言ってるの?

確かに私は誰も信頼しないって言ったけど、?


「漸く一緒に連れていこうって思える奴を見つけたのに!あともう少しだったんだ!あと少しで解放してやれたんだ!なのにまたアイツを壊しやがって!!」


シグがあんなに怒ってるの初めて見た。

私の為に、怒ってくれているんだ。

私、シグの事、信頼出来てないのにな·····

シグ·····馬鹿だなぁ·····

悲しくないのに胸がぎゅーっと痛くなった。


暫くして、扉を開けようと思ったら、調度そのタイミングで、シグが中から出てきた。

扉の中と外で目が合う。

シグは私を見て、大きく目を開いた。

そして、なんでこんなとこに居るのか聞いてきた。

そちらこそ、と、私はシグを指さした。


「あぁ、俺?·····ただの八つ当たり、そんだけだ。で、お前は?」


また、帰ってくるよね?

メモに書いて伝えるだけなのに、私の手は震えるだけで、動かなかった。

私は、何でもない、と、首を振って踵を返し、山の方に走って帰った。


ーーーーーーーーーーーーーーー


次の日の朝。いつもの鍛錬をサボった。

今は寝床でゴロゴロと転がっている。

ほ、ほら、シグが帰ってきて、ここに私が居なかったら、鍛錬中に草むらからバッと出てくるかもしれないじゃん?

だから、帰ってくるまで見張ってて、帰ってきたら、ここで大人しく待っててって伝えて、ゆっくり鍛錬する、って、だけ·····

その時、コンコン、と、ノックの音が聞こえた。


「俺だ、起きてるか?」


その声で私は飛び起きた。

そして、扉を少しだけ開けてシグを見た。


「お、扉開けてくれたのか。元気か?·····元気な訳ないか。」


あの時と同じようにシグは悲しそうに笑った。

シグはしゃがんで私に目線を合わせる。

·····が、すぐ目を逸らした。


「··········悪かった。」


シグは消え入りそうな声でそう言った。


「あんだけ大口叩いといて、助けられなかった。·····取り敢えず、罪滅ぼしにもならねぇだろうけど、お前に手を出した奴らは懲らしめた。もう二度と奴らはお前の前に現れねぇよ。それだけ言っとく。」


あぁ、そっか。

やっぱりシグが助けてくれたんだ。

胸の奥で暖かいものが広がる。

と、同時にどろりとしたものが溢れだした。

··········本当にそう?

私、シグがあの人達を追い払った所、見てないよね?

本当にシグの言葉は正しい?

·····あの時、突き放してしまった事を謝らなきゃと思っているのに、また私は動けなくなってしまう。


「で、本題だが、俺、そろそろこの町から出ることにするわ。ギルマスも心配してるし。体も鈍りそうだしな。·····次来るのはもしかしたら1年後·····いや、もっと先、かもな。」


これも、そうですか、と、いつもの様に返せばよかったけど、私は何も反応出来ずにいる。

しばらくの間お互いに沈黙していると、再びシグが口を開いた。


「·····お前は俺を全然信頼し切れてないだろうし、寧ろどっか行けぐらいに思ってるかもしれないが、最後にお前からちゃんと返答を聞いときたい。」


シグは真剣な顔をして私を見た。


「俺と一緒に来ないか?勿論、出来るだけお前の要望は聞いてやるし、俺も今度はお前を護れるようにす·····」


·····別に、一緒に来い、なんて、今日シグに初めて言われた言葉ではない。

でも、何故か今日はその言葉が刺さった。

この時、私はどんな顔をしていたんだろう。

とりあえず、私の気持ちをよそに、シグは台詞の途中で慌て始めた。


「あ、いや、悪かった!そうだよな。あんな事があったばかりだし、ここにアンタの母親との思い出があるんだもんな。簡単にそれを置いて行けねぇよな。すまん、配慮がない事を聞いた。ごめんな。」


シグは慌てたように立ち上がって、踵を返した。

これで、漸くいつもの日常に戻る。

誰にも干渉されない、私1人の·····

·····気が付くと、私の体は腕を伸ばし、シグの服の裾を掴んでいた。

シグはキョトンとこっちを見る。

いや·····びっくりしてるのは私の方だから。

さっきまで私の体、全然動いてくれなかったのに·····

だから、悟った。

私·····シグと一緒に居たいのかな·····?

どうして?

また裏切られるかもしれないのに?

惨い目に合うかもしれないのに?

ここに居る方が安全かもしれないのに?

でも、悲観的な事を想定した上で、私の体が勝手に動いてしまったのだから·····きっとそうだ。


…………分かった····行こう、シグと。


私はメモ帳に文字を書き、腕を伸ばしてシグの目の前に突き出した。


『シグと行く。』

「··········良いの、か?」


シグは私の返答を疑ってるらしい。

まぁ、昨日あれだけ突き放したからなぁ……

うーん、どうしたら納得してくれるかな……

二重線を引いて、書き直す。


『シグと行きたい。』


こう言うのはもう何回目か分からないけど、シグを信頼してる訳じゃない。

でも·····外の世界を楽しそうに語る貴方と·····私の事で本気で怒ってくれる貴方と·····同じ景色を見てみたいとは思ってる。

本当にそれだけ·····だと思う。

シグはまじまじとその文字を見ると、心底嬉しそうにわしゃわしゃと私の頭を撫で始めた。


「そうかそうか!ははっ、ようやく決心ついたか!」


髪の毛をボサボサにされた。

·····まぁ、別に特別手入れをしてるわけじゃないから気にしないけど。


「·····じゃあこれからよろしくな、キャルロット。」


シグはあの時のように私に手を差し出す。

私は·····それを叩いた。

なんでだよっ!と、シグのツッコミが山に響いた。

付いていくとは言ったけど、ほら、その·····まだシグをそこまで信頼している訳じゃないから!

触ろうとしたら叩く、当然!


シグと山を降り始めて·····後ろを振り返る。

こうやって、小さくなる家を見るのは、公爵邸に連れ去られた時以来だ。

·····お母さん、どこかで見てるかな。

私、お母さんが楽しそうに話してくれた世界を、今から見てきます。

心配しないで。無茶はしないから。

それじゃあ、行ってきます。


·····後でシグにあっさり頭を撫でさせたことに気づいた。

やってしまったぁあああ!!

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