7話 変わった餓鬼について(シグ視点)

モドラの町のギルマスであるゼーレのオッサンに言われて、渋々依頼をこなすことになった。

ラインドール公爵領の名もない山の中で盗賊が出たらしい。

興味ねぇけど、あのギルドの精鋭部隊が道中でコテンパンにやられたそうで、俺に仕事が回ってきた。


で、依頼を受けに行ったのは良いが·····まず、依頼主の村長がめちゃくちゃ胡散臭い奴だった。

自分で言うのもなんだが、俺は嘘を見抜くのが得意だ。

と言うか、観察眼は誰にも負けない·····と思ってる。

昔に色々あってな。

そう言うのを鍛えておかないと、

まぁ、それで、依頼主が嘘ばかり吐いてたから、何か裏があるな、とは思った。


で、件の山に登った。

暫く歩いてると·····視線を感じた。

依頼主は全く気づいてない。

成程、件の盗賊はそこそこ手練の様だ。

それから、その盗賊が俺達の前に飛び出してくるのを、まだかまだかと待っていたが、一向に飛び出してこない。

素直に感心した。

ふーん、俺が奇襲を警戒してんのを、ちゃんと分かってんのか。

それなら·····

俺はわざと依頼主から警戒を解くように視線を逸らす。

すると、ずっと視線を感じてた所から何者かが飛び出してきた。

俺は思わずにやけてしまう。

完璧なタイミングだ。

相手が俺じゃなかったらな。

俺は依頼主の前に出て、刀を抜き、盗賊の奇襲を防いだ。


相手の攻撃を受けて·····俺は目を見開いた。

飛び出してきたのは·····餓鬼だった。

しかも10歳そこらの女のチビ餓鬼だ。

度肝抜いたね。

チビ餓鬼は俺に押し勝てないのを察すると、俺達と距離をとった。

そして、臨戦態勢を崩さないまま、じっと俺達を無表情で観察する。

こうやって、地べたに立ってるのを見ると本当に小さいな。

背丈、俺の肩の高さよりだいぶ低いんじゃないか?


あと、一目で分かった。

こいつ、盗賊じゃねぇ。

依頼主に確認すると、こいつが盗賊で間違いないと言っていたが、盗賊にしては身なりが貧相だし、武器も·····なんだあれ?石·····か?

まぁ、なんか尖ってた気もするが、俺が刀で受けた時に砕けたっぽいな。

ついでに、チビ餓鬼は町の奴らから毛嫌いされてる事も分かった。

俺の背後に隠れてから、依頼主が恨み節を吐き続けている。

生意気な小娘、だの、大人しく泣き喚いていれば良いものを、だとか。

どっからどう聞いても悪役の台詞だ。

俺には聞こえないと思っているのだろうか?

そう思ってるなら·····随分とめでたい頭をしているらしい。


と、色々思考を巡らせていると、チビ餓鬼が再び襲ってきたので、こちらもそれなりに対応する。

ほんと、コイツ、びっくりするぐらい強いな!?

本当に餓鬼か!?

まぁ、それでも俺の方が強いんだが、至近距離で俺の斬撃を面白いぐらい避ける。

身長差的に俺が攻撃を当てにくいのを加味しても、だ。

で、急所を的確に狙ってくる。

だから、こっちは攻撃だけに徹する事が出来なくなる。

10手ぐらい交わしたところで決めた。

·····よし、コイツ、連れて帰ろう。

充分すぎるぐらい戦えるし、何より


暫くすると、チビ餓鬼の動きが鈍くなった。

と言うか、攻撃に覇気が無くなった。

·····恐らく、逃げを考え出したな?

足を払うとあっさりチビ餓鬼は転けた。

念の為、アイツの名誉の為に言わせてもらうと、普通に戦いに集中してたら、飛び上がってかわされてたと思うぜ?

俺は転んだチビ餓鬼を動けないように抑え込んだ。

チビ餓鬼は絶望しきった目で俺を見ていた。

多分、今逃がしても·····反撃はしてこないだろうな。


よし、大人しくなった所で、取り敢えず交渉開始。

ギャーギャー喚く依頼主は、この餓鬼盗賊じゃないんだろ?と、鎌をかけてみたら、焦ったように逃げた。

確定、やっぱりそうか。

これでゆっくりスカウト出来る。

と、思ったが·····さらに重大な問題が発覚した。

コイツ·····あぁ、名前はキャルロットって言うらしいんだが·····すげぇ人間不信だった。

終始無表情の時点で何となく察してはいたが、他人に触れられるのを拒むのは序の口で、人が作った食べ物も食べれないんだから、闇は深そうだ。

一体、過去に何されたんだろうな?

普通に考えて、親に捨てられたとか、奴隷だったとかか?

まぁ、その辺りに関しては聞いて欲しく無さそうだったから、無理に聞かなかったが。


あと、キャルロットは喋れないらしい。

俺が嫌いだから、とかじゃなくて、したくても出来ない、の方な?

そのおかげで11歳のくせに文字が書ける。

この国の平民の識字率は、大人で5割いくかどうかってとこらしい。

11歳なら1割も居ないんじゃないか?

文字は母親から習ったのだと教えてくれた時、殆ど無表情だったキャルロットは目を輝かせていた。

人間不信だが、母親だけは信頼できるようだ。

ただ·····その母親はもう死んだらしい。

早くに旅立たれたのか·····気の毒にな。

まぁ、でも、キャルロットは幼いなりに、平気そうに生活している様に見えた。

なんだ、餓鬼の癖に逞しく1人でやっていけてんじゃねぇか。


観察眼に自信があったからだろう。

平気そう、なんて考えた俺が馬鹿だったと気づいたのは、その日の夜だった。

夜もけ、俺は火を消して横になる。

すると、キャルロットが扉を少し開け、隙間からこちらをじーっと観察しているのに気づいた。

もしかして·····奇襲するつもりか?

まだ懲りてなかったのか?

今日の行動とか会話で薄々感じてたんだが·····コイツ、警戒心は強いが、結構馬鹿だよな?

頭は回る·····回るが·····結論が素直過ぎるんだよな。

見たものをそのまま捉えがちだし、状況把握に主観が入って真実が歪みがちだ。

まぁ、そういう面は11歳の餓鬼らしいっちゃらしいけど·····

あぁ、そうそう、餓鬼らしいといえば、コイツ、無表情の癖に、リアクションはオーバーなんだよな。

俺が先回りして家に侵入した時なんて、驚きすぎたのか、尻もちついてたからな。

俺は笑いを堪えながら、今から何をしでかしてくれるのか期待し、ひたすら寝てるフリをしていた。

が、暫くするとバタンと言う音と共に視線を感じなくなった。

うっすらと目を開けると、扉から飛び出してキャルロットが寝落ちている光景が映った。


このまま眠りこけて風邪をひかれても困るので、俺はキャルロットを家の中にちゃんと入れてやる事にした。

俺はキャルロットを抱き上げる。

そこで気づいたのだが·····キャルロットは何かにうなされているようだった。

口元が動いていて、何か喋っているようだが、声が聞こえないので分からない。

体は少し震えていて、息が荒い。

寝汗もかいてて、目元からは涙が零れていた。

ひとまず、起こさないように寝床に寝かせる。

しかし、うなされているのが収まる気配はない。

俺はそっとキャルロットの頭を撫でた。

当然だが、手を払われる事は無かった。

日中は平気そうにしていたから、面食らってしまった。

コイツ·····こんな小さいのに、1人で縮こまって、震えて、泣いて·····

いや、そうするしか無いよな。

コイツにはもう、頼れる人間が居ないから。

そう思うと、悲しくなってしまった。

強がってただけで、全然平気じゃなかったんだな。

暫く撫で続けていると、うなされてたのが収まって、すーすーと普通の寝息をたてるようになった。


次の日の朝、昨日の件で隈でも作ってるかもしれないと思ったが、何事も無かったかのような顔をして家から出てきた。

キャルロットは日中は鍛錬と畑仕事に費やすのが日課らしい。

昨日のアレが嘘のように黙々と畑仕事をしていた。

その何とも思ってないような素振りをみて·····助けてやろうかって、耐えきれなくて聞いた。

お前はコイツ急に何言ってんだって感じだろうけど、昨日のアレは個人的にちょっとこたえたんだよ。

やっぱお前、俺と似てるよ。

自分で分かってないようだが、お前、結構ガタが来てんだよ。

これ以上、お前を一人にしちゃダメだって思った。

しかし、キャルロットは昨日と同じく完全拒否だ。

外の世界を見るように進めても、母親の思い出があるらしく、離れられないらしい。

·····難儀だな。

俺と同じ歳位の奴なら、いつまで死人に縋ってんだって説教するところだが、まだ11歳だしな。

まぁ、色々言ったが、結局俺が人間不信キャルロットから信頼を取らないといけないことが分かった。

この手の事は苦手分野だが、幸い、時間はある。

少しずつ歩み寄って行こう。


それから、1ヶ月程様子を見ていた。

流石に微妙〜な表情の変化が分かってきた。

キャルロットは毎日ウザそうにこちらを見ている。

そして、毎晩何かにうなされている。

もしかして、俺が居てストレスがかかってるせいか?とも思ったが、こうやって撫でてやると収まるから、多分違うと思うんだよな。

そして、色々と手を尽くしたが、キャルロットの俺に対する態度は一貫している。

ここまで来たら、なんかアッチも意地張ってる様に見えてきた。

俺のコミュニケーションスキルが低いのは分かってる·····分かってるが·····なんだかなぁ·····

人のこと言えねぇけど、これぐらいの餓鬼は純粋無垢に何でもかんでも信じて、愛想振る舞いて、甘えるのが普通だろ?

この場所よりマシな外に連れ出してやるだけ。

それだけなのに、なんでこんなに上手くいかないんだ?


なんて、どこに当てればいいか分からない苛立ちが湧いてきた頃だった。

コイツをスカウトし始めただいぶ初期に、ゼーレのオッサンに頼んでいた、キャルロットの過去についての情報が送られてきた。

あのオッサン、元々この国の諜報部に居たらしくて、こういう事は専門分野らしい。

で、肝心の内容なんだが·····信じ難い内容だった。

その情報を補足するため、ラインドール公爵邸のお膝元であるクォエラの町の方に行ってみる事にした。

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