第123話

「気味の悪い顔をするな」



 心底嫌そうに顔を歪め、ランティスが舌打ちをする。



「はい?」



 突然何の暴言か。


 メイドが整えてくれたティーセットへ、苦笑交じりのユリウスが手を伸ばす。白磁に金と水色で品よく模様が入ったティーカップは、古来より使用されてきた王族の紋章だ。ランティス本人を表す紋章とは違い、王族であれば使用できるもの。けれど、王族しか許されないもの、だ。

 こういう時、少しばかりの優越感がユリウスの胸へじんわり広がる。同時に、僅かな嫌悪感も塵のように浮かんだ。


 一族が妄信する王弟殿下と密な関係であると、その事実が満たす胸が自分にあるのだと、やはりユリウスもガラドリアル家の一人であるのだと、改めて突き付けられた気がして。


 こくり、一口含んだ紅茶は、仄かに果実の香りを感じた。

 顔に笑みを浮かべたまま茶菓子へ手を伸ばしたユリウスに、更にランティスは渋面を深めた。



「素直に、気に入りの場所で泣けばいいものを」


「は?」


「薄っぺらに笑うなら、傍に寄るな」



 あまりの言いようである。

 驚いて目を丸くしたユリウスに、まぁまぁと、隣のアンリが割って入った。



「ラン、そういう言い方は」


「事実だろ」


「そうだとしても…」



 苦笑を浮かべアンリは言葉を探し、側のランティスはぷいとそっぽを向いている。

 どうやら赤髪の王弟殿下は虫の居所が悪いらしい。何に腹を立てているのかは知らないが、放っておけばそのうち落ち着くだろう。

 そう、勝手に当たりを付けたユリウスは、へらりと笑った。



「いいよアンリ。気にしてない」



 そのままもう一口、紅茶を口へ運ぶ。

 途端、ソファの端に置かれたクッションを、ランティスがむんずと掴んだ。力いっぱい投げつけたそれは、見事ユリウスの頭に命中した。

 手にしていたカップの中で、残りの紅茶がくるりと揺れる。辛うじて零れなかったが、慌ててソーサーへと戻し、思わず相手を睨めつけた。



「おっま…危ね! 何すんだよ!」



 流石に腹が立つ。けれど、ランティスはぷいと顔を背け、不満顔だ。

 むっとし、眉間に皺を寄せたまま、アンリへ視線を向ける。彼は優し気な顔に困り笑いを浮かべ、肩を竦めて見せた。

 肘掛けで頬杖をついたランティスが、雑に顎をしゃくり、壁際に控えた老年の執事へ合図を送る。心得たように一礼を返した黒いお仕着せの男は、滑るように部屋を出ていった。

 それから、改めてユリウスへ向き直ると、ソファへ深く沈み込みながらふて腐れたように言った。



「俺は優しいからな」

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