第123話-2
執事に伴われ入室してきたのは、メイドのお仕着せに身を包んだ幼い使用人だった。
痩せぎすの、白というよりは青い顔にはそばかす。顔の大きさの割に多い髪を太い三つ編みにしていた。その色は、ストロベリーブロンド。
怪訝げに眉を顰めたユリウスは、一拍…弾かれるように腰を浮かせた。
無表情な子供と目が合った気がした。実際、虚ろに宙を見つめるその瞳は、ユリウスを見てはいなかった。
けれど、そんなことは関係ない。
ユリウスが見止めたその瞳の色は、ヘーゼルグリーン…かの叔父と、同じ色。
「まさか」
呟きが、唇から零れた。さぁっと頭のてっぺんから血の気が失せてゆく。冷水を浴びたかのように、全身が冷えるのを感じた。
つまらなそうにランティスが言った。
「気に入ったなら連れていけ」
驚きに目を見張ったユリウスと同時に、隣に座るアンリは表情を苦くした。
「…ラン」
低い声が、咎めるように呼ぶ。黙れと言うようにランティスは片手を振った。
「無くても構わん。どうせ偶然手に入っただけだ」
「でも」
「俺がいいと言っている。お前は黙ってろ」
尚も責めるような菫の視線を横目で睨みつけると、大仰にため息をついた。不服気に唇を引き結んだアンリは、けれど諦め交じりに鼻で息をする。
二人のやり取りに、蚊帳の外にされたユリウスが怪訝な顔で目を瞬かせた。
「…何の話だ」
すると、事も無げにランティスが言い放つ。
「それは、お前んとこの…ガラドリアル現当主の弟の子だろ」
ガラドリアル家特有の、緑がかった瞳の色。
確かにそれを、ぼんやりと立つこの子供は持っている。
それに。
(あの、髪の色…)
記憶の奥にちらと過ったのは、かつて、叔父の隣に並んだ女性の姿だ。名前も知らない彼女もまた、赤みがかったブロンドの持ち主だった。
卓上の茶菓子をぴょいと抓んだランティスは、口へ放り込みつつ続けた。
「俺の手元に置いておけば、何かと便利かと思って引き取った、て話だ」
「べん、り」
「ガラドリアルは、俺にとっちゃ面倒な癖に力がある家だからな。持てる材料は多いに越したこたぁないんだよ」
赤髪の友人が発する声は、低く滑るようにユリウスの耳を掠め、軽く消えていった。
上手く頭に入ってこない。だというのに、妙に引っかかるものを感じた。彼が自分の家名を口にするたびに責められているような気持になるのは、きっと被害妄想だろう。
「ま、でも、こいつが手元にあってもなくても、実際問題、俺は痛くもかゆくもない」
だから、いるなら連れていけ。
事も無げに言い捨てたランティスを、驚きと…困惑を含んだ双眸で見やり、続けてアンリを見やり、そしてもう一度ランティスへ視線を戻した。
「…ラン…」
どこまで知って、という言葉は声にならなかった。
彼は片眉を持ち上げ、灰青の双眸を細めただけだ。
「ちなみにそいつ、名前も何も話さんぞ。というか、一言も喋らん。従順だし、物覚えもいいので、使用人としては使い勝手が良いという話だ」
「…一体、どこでこの子を」
「孤児を集めて屑拾いをさせていた男がいてな、そこにいた。金さえ払えば子供は何人でも連れていけ、とさ」
大よそ人としての矜持など保たれていなかったと吐き捨てる。思いだしたのか、忌々し気に唇を尖らせた。
「何、で、ランが…」
「偶然だ。他の案件で城下を探らせていた中に、お前と同じ色の眼をした孤児の話があった。そういえば、お前の叔父は随分前に出奔したと聞いていたから、もしやと思ってみりゃ当たりだったってだけだ」
「そんな…」
何をどう問えばよいのかわからなかった。
思考がうまくまとまらない。疑問が浮かんでは、端からぽろぽろと零れていく。まるで頭がひび割れてしまたかのようだ。
青ざめた表情で瞳を揺らすユリウスをじいと見つめ、再度、ランティスはため息をついた。
「どれ程前かは知らんが、ある日父親が消え、母親も病死したって話だ。父親はいいとこの息子らしかったから、母親の死後、謝礼目当てに実家を探した奴もいたらしい。が、まさか天下のフロース五家とは思わなかったんだろう。結局見つからず、その男に引き取られたって顛末だ」
ユリウスの喉がひゅっと鳴った。気付かぬふりをして、ランティスが続ける。
「母親が死んだ後から、そいつは口をきかんらしい。心因性のものだろう」
「しん…え?」
「母親が死んだ後、しばらく亡骸の側で過ごしていた…て話だ。幼子だから、わけがわからなかったのかは知らんが…さすがに異臭がし始め、近所の奴らが気付いた。餓死しかけてた所を、間一髪死神の手を逃れたとさ」
振り返って、子供を見た。
まだ幼い姿。痩せている。その見てくれにそぐわぬほど、表情のない顔。等しく生気も感じられなかった。
虚ろな双眸に、あの日見た叔父の濁った眼が重なり、背筋がひやりと冷えた。
「どうする?」とランティスが問う。
「いるか?」
返事をしようと、ユリウスの唇が僅かに開く。
が、言葉は出なかった。
喉は張り付いたように渇いていた。吸い込んだ息すら、痛く感じる。キャッと喉が湿った音を立てた。
ふんと鼻を鳴らした王弟殿下は、鷹揚なそぶりで「別に無理強いはしない」と首を振った。
「お前の好きにすればいい」
好きに、という言葉が、やけに重く肩にのしかかった気がする。
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