第121話
「ランティス殿下」
声をかけられた相手は、露骨に嫌な顔をした。
それに気づかぬふりをして、ユリウスはにっこりと笑みを浮かべる。
「少々お時間をよろしいでしょうか」
「よくない」
即座に切り捨て歩き出した赤髪の後を、慌てて追いかけた。
昼食前の学院の廊下は、授業が終わったばかりのせいか、まだ生徒がまばらである。不機嫌さを隠そうともしない王弟殿下と、その後ろを付き歩く軽薄そうな少年の姿を、生徒たちは遠巻きに伺い見た。
「ちょ、待って下さいよ。少しくらい…」
「お前と話すことは無い」
「そんなこと言わず」
小走りに相手の前に回り込むと、道をふさぐように立った。
むっと眉を顰めた王弟殿下の方が、ユリウスよりも背が高い。それに加え、妙に圧のある灰青の視線に、一瞬たじろいだ。
しかし、ここで負けてなるものかと、顔には平然と笑みを湛える。
「お友達になりましょうよ」
まるで軽口のように、そう言った。
「きっと、良い関係が築けるのではないかと思うのです」
顔を歪めた相手は、低く唸るように囁く。
「俺は、王になる気なぞない」
警戒を露わにした言葉に、ユリウスは首を横に振った。
同時に、彼は自分をガラドリアルの人間だと知っていたのだ、と悟る。
―――知っていて、二度も、救ってくれたのだ、と。
碧眼を細め、出来る限り軽く、軽く、そう見える様に唇を三日月に釣り上げた。
「俺は、王にも、あんたの眼にも興味ない。興味あるのは、あんた自身だ」
不躾な言葉を、囁くように投げた。
きっと周りには聞こえない。
目の前の、この赤髪の王弟殿下にしか届かない。
にんまりと笑んだユリウスに、彼は怪訝そうに顔を傾けた。
暫し覗き込むようにユリウスの双眸を睨めつけ…ふと、眼を瞬かせる。顔からは、不快さも怒りも消えており、平坦な表情だけが浮かんでいた。
「好きにしろ」
その言葉に、道を譲り、首を垂れる。
ユリウスの傍をすり抜ける瞬間、小さな風が、明るい茶髪を揺らした。
翌日から、ユリウスは王弟殿下であるランティスの後ろを付き歩くようになった。
そこにファーファル家のアンリを加え、三人で行動することが増えた。
変化に、周りはとうとう王弟殿下が回帰主義であるガラドリアル家に取り込まれたのか、と囁いたが、それを三人が気に留めることは無かった。綺麗に無視し、捨て置いた。
暫くして、ガラドリアル家にランティスとの渡りがついた話が漏れたが、一族から何を言われようとも、ユリウスはランティスを決して家に招くことはせず、公の場以外で親族をランティスに近づけることはなかった。
徐々にランティスも年相応の友人関係を築きはじめ、常に不機嫌そうだった王弟殿下の周りには人が増え始めた。同時に、ユリウスに倣い、異性との交遊も広がった。
「とりあえず、笑うんだよ。へらへらしてたら、相手は侮ってくれる。女は優しくしてくれる。大体それでうまくいくさ」
諸税術だよ、と笑うと、ランティスは灰青の双眸を細め、にんまりと口端を持ち上げた。
「お前は、俺に悪い事ばかり教えるな」
楽しそうなその言葉に、ユリウスは肩を竦めた。
ユリウスは三人でいる関係が、好きだった。
自分がランティスの傍に居るのは、彼にとってよくないかと思っていたが、むしろ近くにいることで防波堤に慣れると気付いた。ランティスはガラドリアルが暴走をせぬよう、丁度よい距離を保ってくれる。彼自身、自分の置かれた立場と、ガラドリアルの望むものを心得ている様子だった。
ランティスは王になることを望んでいない。兄を大事に思い、自分は一家臣として国を支えると決めている。
その想いが羨ましく、ユリウスはただ、護りたかった。
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