第114話

 騒ぎから半月が経った。

 暫くの間屋敷内は落ち着かず、誰もが慌ただしく後始末に奔走する。

 その中で唯一、何もするなと部屋に押し込められていたのはルーヴァベルトだ。

「絶対に逃げ出さないように」と鬼執事に散々言い含められ、部屋は外から鍵がかけられた。何もすることが無いなら座学の復習をしろと机には本が高く積み上げられる。お目付け役のミモザは、輪をかけて過保護にルーヴァベルトの面倒を見ようとし、正直気が休まらない。

 散々な扱いだ、と内心げんなりしていた。

 何より辛いのは、朝の鍛錬も出られないことだ。息抜きさえできず、そろそろ精神が限界にきているな、と手元の本を引きちぎりそうになった頃、マリシュカが部屋を訪れた。



「お久しぶりでございます、ルーヴァベルト様」



 ふわり微笑む彼女は、相も変わらず妖精のような美しさだ。疲れているのか僅かに白い顔が陰っているが、亜麻色の髪と菫の瞳と相まって、陰りすら色気に感じる。

 美形と言うのはどんな状態でも美形なのだな、と、差し入れられた焼き菓子を口に運びつつ考えた。一口大のマドレーヌは、甘さも控えめで食べやすい。ここ半月で積りに積もった苛立ちからか、普段よりもペースも早く手を伸ばしてしまうのに、ルーヴァベルトは気づかない。

 その様子を嬉しそうに見やりつつ、マリシュカが頬に手を当て、小首を傾げた。



「本来であればランティス様がご説明にいらっしゃる話なのですけれど、どうしても今はお時間が取れないとのことなので、代わりに私が参りました」



 今回の出来事で、王城は混乱状態にあるらしい。

 とはいえ、表立って取りざたされているわけではないと言う。何せ、王太子、王弟、フロースが関わっているのだ。下手に表沙汰にすれば、国内が荒れるのは必須である。

 何とか内々に収めようとそれぞれが画策しているため、酷く時間も手間もかかっているのだ、とマリシュカは瞼を伏せた。



「ファーファルの娘であり、ルーヴァベルト様の『花』である私も、夜会で襲われた際に居合わせたということで、何度か取り調べがありましたの」



 同じく兄のアンリやエヴァラントも呼び出されているらしい。

 特にエヴァラントは薬を盛られて攫われているため、重要人物であったらしい。結局何の薬かはわからずじまいだが、屋敷に戻った途端、あっけらかんと動ける様になったのには驚いた。一人で自室に籠った間に何があったのかと問いただしても、「わかんないや」とのらりくらり誤魔化され、未だに謎は謎のままである。

 釈然とはしなかったものの、エヴァラントが無事ならば深くは考えまいと、思考を投げ出したのはルーヴァベルトだ。考えるのは得意ではない。いくら座学を叩き込まれ、以前よりは勉強ができるようになったとしても、それは依然変わらないままだ。

 ふと、ルーヴァベルトが首を傾げた。



「同じく私も攫われた…と思うのですが、何故私は呼び出されないのでしょうか」



 むしろ、自分は最重要人物なのではないだろうか、と思う。何せ総ての襲撃事件に関わっているのだから。

 不思議に思いつつ、また一つマドレーヌを口へ入れた。バターと砂糖の風味が舌の上で滑らかに広がる。幸せそうに笑みを浮かべた彼女へ、曖昧な表情でマリシュカが告げた。



「ランティス様が、御止めになっているんですの」


「は?」



 何でも、「婚約者殿はショックで寝込んでいる」と王弟殿下が言い張っているらしい。少しだけでも話を聞けないかと食い下がる文官に、「これ以上彼女の心を土足で踏み荒らす気か」と、見たこともない程怒り狂い、文官たちを震え上がらせたと言う。

 結果、ルーヴァベルトは招集されることなく、屋敷に軟禁となったわけだ。

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