第110話

 望みは、とランティスは問うた。

 窓からは高く上った日差しが差し込んで眩しい。朝日よりも白んだ光は、相対する友人を背から照らし、その表情を暗く影で覆っていた。

 眩しさに灰青の双眸を細めつつ、くっと唇を引き結ぶ。



「望み?」とユリウスが笑うように繰り返した。



「ガラドリアルはずっと、貴方を王へと望んでいる」



 ランティスは瞠目する。吐き出した息が震えぬよう、腹に力を込めた。



「俺は王位に興味が無い」



 低く滑る声で告げた。笑うように返事があった。



「知ってる」


「王太子になるつもりもない」


「それも、知ってる」


「王には、なれねぇよ」



 ゆっくりと瞼を持ち上げると、黒く影に塗りつぶされた相手の顔へ視線を向けた。

 緩くうねった茶髪が、光に透けて金に輝く。日差しの中に浮かぶシルエットは、そのまま白んだ中に溶けて消えてしまいそうな危うさがあった。鼓動が早いのは、きっと危うさを感じる不安からだろう。



「馬鹿が」



 ランティスが無表情に呟いた。それに、心底嬉しそうにユリウスは頷く。



「そう、馬鹿なんだ」



 光の中、両手を広げる姿は、まるで殉教者のようで。

 馬鹿馬鹿しすぎて、不快だった。鼓動は更に早くなり、心音は耳障りに耳の奥で響く。

 すらり、と帯刀した剣を引き抜く。

 軍服に身を包み、やけに澄んだ空気の中で剣を手にする姿に、ユリウスは眼を細めた。

 そして、告げる。王にはならない、と。



 けれど。



「お前の『望み』は、叶えてやれる」



 外の世界で、鳥が高く鳴く。空に消えたその声はあまりにも自由で。

 ユリウスは笑むように顔を歪め、恭しく頭を垂れた。







「光栄です…我が唯一の、王よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る