第106話-3

「間違ってる…なんて、言えない」



 一言一言、確かめる様に紡ぐ。

 ユリウスが間違っているなどと、自分には言えない、と。



「何が正解かはわからないんだ。でも、あの二人は友達で、お互い大事なんだろうって、思う。そして、このやり方はきっと…良くない方法だ」


「じゃあ、俺達にできることがあると思う?」



 身動きが取れない兄に、身動きを制限された妹。

 名ばかりの貴族で、何の後ろ盾もなく、今回の件に関して振り回されてばかり。下手をすれば、事を混乱させるだけだというのは、流石に予想できた。

 考えても考えても、最善の策など出てこない。

 なんて無力なのだろうかと、喉の奥がひりひりと痛んだ。



「大事なものを大事にしたいだけなのに、どうしてそれができないんだろ」



 何となしに呟いた。

 それが、しっくりと自分の心にはまる。

 ああ、そうか、と眼を瞬かせた。


 誰もが皆、全員、大事なものを大事にしたいのだ。


 同じものを見ても、それぞれの立ち位置が違うから、各自によって大事かそうでないかがすり替わる。誰かの大事なものは、他の誰かにとって大事ではない。



「それが一番難しいからだよ、ルー」



 エヴァラントが言った。「平等ってのは、この世で一番難しい」



「世界は不平等だ。そして、皆、自分の中のルールに従って、物事に順位をつける。全てを綺麗に掬い上げるなんて、王様も、神様も、無理なんだよ。そしてその残酷さを、ラン君は、知っている」



 可哀想だね、とエヴァラントが不憫そうに…どこか嘲りを含んで呟く。「彼も、彼らも、俺達も、皆」



 ルーヴァベルトは天井近い小窓を見上げた。この角度からだと、薄い青が四角く切り取られて見えた。

 光が白くぼやけて透けて輝いている。



「心の赴くままに、君の望む最善で、動けばいい。君が言う通り、正解なんてないんだから」



 どの道を選ぼうが、その結果は、正しくもあり、間違ってもいる。



「だから、自分が後悔しない道を選ぶといい」



 エヴァラントの声は、柔く、優しく、それでいてどこか突き放すようで、ルーヴァベルトは安心した。

 行動も、それに伴う結果も、己で選んで受け入れと、と言われた気がした。きっと兄は、どれを選んでも否定も肯定もしないだろう。変わらず、ルーヴァベルトの隣に立ってくれると、そう思える。

 安易な慰めや、無責任に大丈夫だと背を押されるよりも、ずっといい。

 ボサボサ頭が僅かに揺れた。時間と共に自分の顔から逸れた眩しさを追いかける様に窓を見やり、瓶底眼鏡越しに、エヴァラントは銀と赤茶の双眸を細めた。

 呟く。



「ちゃんと、物語はめでたしめでたしで終わるだろう。…けれど、一つの痛みも伴わない幸福なんて、きっとありはしないんだ」

 

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