第107話
報告を受けた男は、たっぷりと時間をかけて、一つ、眼を瞬かせた。
無造作に手を振って部下を下がらせると、口元に薄く笑みを浮かべる。垂れ気味の緑が混じる碧眼を細めた。首を傾げた拍子に、茶色の髪がさらりと揺れる。
さぁ、と独りごちるように彼は呟いた。
「大団円といこうか」
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ベル、と名を呼ばれ、ルーヴァベルトは小窓を見上げた。
エーサンがにゅっと顔を覗かせたかと思うと、「入るぞ」と一言。返事をするより前に、ごきりと鈍い音がする。骨が外れた音だ、とルーヴァベルトは思わず眉を寄せた。同時に、ベッドに横たわったままのエヴァラントを庇うように抱き寄せた。
ごきりごきりと立て続けに鳴った骨音の後、蛇のように身をくねらせながらエーサンが窓から身を乗り出した。
途端、男の身体が落ちてきた。丁度下がベッドであったため、小さく「あいたッ」と呻き声をあげただけで、すぐにまた音を鳴らしつつ、器用に骨をはめていった。
「やっぱり、痛いものは、痛いな」
独りごちるように呟いたエーサンの顔は、然程痛みを感じている様子はない。
わざわざ自分で関節を外し中へ入ってきた恩師に、ルーヴァベルトは眉を顰めたまま息を吐いた。
「相変わらず器用ですね」
「昔取った、杵柄、だ」
手首を擦りつつ、男がにっと口端を持ち上げた。対し、彼女は信じられないものを見る様に曖昧な笑みを浮かべる。関節を外す痛みは相当で、以前エーサンに教わり試してみたが、とてもじゃないがルーヴァベルトには耐えられなかった。平気な顔で外したりはめたりするエーサンの神経が、正直理解できない。
そんな彼女の内心など知らず、男が真剣な表情を顔に浮かべた。
「王弟殿下が、きた」
その言葉に、ルーヴァベルトは瞠目する。
が、すぐに瞼を持ち上げると、真っ直ぐにエーサンを見つめた。
「先生が入ってきたということは、私達は自力で逃げる、という選択でよろしいですか」
「ベルが、良いように」
どうするか選べ、と長い前髪越しの双眸が言う。幼い頃から見慣れたエーサンの眼差しは凪いでおり、引っ張られるようにルーヴァベルトの心も穏やかに平たくなるのがわかった。
最善は、と心の中で自分の声がする。問いかけに、ゆっくりと赤茶の瞳を瞬かせた。
「外へ出ます」
ぐっと拳を握る。
「塔の外へ。ここは狭いし、兄貴は動けない。もし、今から何かしら騒動があるとしても、ここじゃ満足に動けない。その前に外へ出て身を隠します」
「了解した」
すぐに頷いたエーサンは、転がっているエヴァラントへ眼をむけると、その身体を担ぎ上げた。「ぅわっ!」と声をあげたエヴァラントだったが、自分が足手まといな自覚があるらしく、異を唱えることはなかった。
立ち上がったエーサンが再度エヴァラントを担ぎ直し、ルーヴァベルトへ顔を向けた。二人は視線を重ねると、頷く。
扉を振り返ったルーヴァベルトは、小走りに近づくと前に立った。
今、扉には錠が落ちている。
「蹴破ります」
低く呟くと共に、細く長い息を吸い込んだ。
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