第106話-2

(そもそも、何であの男が直接動いてるんだ?)



 扉へ視線を向け、すうと赤茶の猫目を細める。

 ユリウスは、ガラドリアル家の人間だ。順当に考えれば、一連の話はガラドリアルの仕業となる。ルーヴァベルトを殺そうとしたのも、王太子に毒をもったのも。



(まぁ、毒を盛ったのはどこまで本当かわかんないけど)



 ガラドリアルには事を起こす理由があった。回帰派で、ランティスを王に願い、ルーヴァベルトが邪魔。

 けれど、わざわざガラドリアル家の嫡男が「自分が犯人です」というように姿を現したのは何故か。

 ルーヴァベルト達を生きて返す気が無いから、正体がばれてもいい、ということだろうか。

 先程までそこに立っていた茶髪の男の姿が脳裏に過る。嫌いだ、とそう嗤う双眸は、確かに憎悪が見て取れた。

 同時に、夜会でのダンスを思い出した。遠くを見る様に、薄く微笑んだ緑の碧眼。

 友達でいたい…嫌われたくないのだ、とそう言った。




 ―――君が、彼の弱みにならぬことを、願う




 ゆっくりと眼を瞬かせる。喉が渇いたな、と室内を見回した。

 ベッド脇の机に、水差しが置かれていた。コップもある。一杯飲もうか、と思ったけれど、寸でのところでやめた。毒が入っていないと言い切れるほど、ルーヴァベルトはユリウス・ガラドリアルを知らない。

 彼は自分たちを殺すだろうか。

 ランティスはきっと気づくだろう。兄妹が殺されれば、それが誰の仕業か。

 その時、素直にガラドリアル家をランティスが受け入れる、か。



(多分、そうはならない)



 きっと烈火のごとく怒る。真っ赤な髪を逆立て、灰青の双眸で凶悪に嗤いながら、怒る。どういうわけか、ランティスはルーヴァベルトに執着しているから。

 ユリウスは自分の仕業を隠す気が無い。

 ガラドリアル家が関わっていることだと、隠す気が無い。

 その、理由は…。

 考えて、考えて、考えて…ルーヴァベルトは口を開いた。



「ねぇ、兄貴。今私ができる最善って、何だろう」



 背後のベッドで横たわるエヴァラントが、息を吸う音が聞こえた。次いで「何で」といつも通りの柔い声。

 知らずほっとしつつ、ルーヴァベルトは言った。



「あの人…ユリウス・ガラドリアルは、ラン…様のこと、好きだっていってた。嫌われるようなことしたくないって。多分あれは、本心だ。でも、今やってることは…あの人が喜ぶことではないと思う」



 ルーヴァベルトに難しいことはわからない。何せ頭を使うのは苦手なのだ。

 それでも考えなければいけない。ここまできて「私は関係ない」なんて、怠慢だ。



「どうしたいの」とエヴァラントが問うた。



「そう聞くってことは、自分の中に、何かしら答えの形を持ってるんじゃない?」



 ゆっくり振り向くと、ベッドで横たわったまま、天井へ顔を向けたままの兄の姿が見えた。口元はやんわり孤を描き、笑みを浮かべている。

 答え、という言葉に、ルーヴァベルトは下唇を突き出した。



「そんな大層なもん、ない」


「大層じゃなくていい。教えて」



 幼子へ言い聞かせるような優しい口調に、益々顔を顰めた。

 が、一つ息をつくと、ぽつり言葉を唇から零した。

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