第104話
重たい音を立て錠の落とされた扉を睨みつけ、顔をから笑みを消す。
床も壁も石で造られたこの部屋で、唯一異質な鉄の扉。分厚いそれは、外側からしか鍵がかけられぬ仕組みになっているらしい。中の人間を決して外には出さぬと言う意図が感じられ、ルーヴァベルトは眉を顰めた。
まるで牢獄だ。
明るくなった室内をぐるりと見回す。置かれた調度品は、決して簡素なものではなく、それなりに値の張る物。かつてこの部屋に押し込められていた人物は、位のある人間だったのだろう。
外に出ることを許されない、貴族―――そんな所か。
そこまで考え、やめた。それが誰であろうと、ルーヴァベルトには関係のない話だ。
それよりも今は、どうやってここから逃げ出すかが先決。
(兄貴は動けねぇし、あの扉もどう開けるか…)
ちらとエヴァラントを見やり、これでもかとため息をつく。相変わらず微動だにせず転がっている兄は、きつく両目を瞑っていた。
「あの、ごめん、ルー」申し訳なさげにエヴァラントが呼んだ。
「できれば眼鏡をかけさせて欲しいんだけど…」
言われ、初めて兄が眼鏡をかけていないことに気付いた。それどころではなくて、全く気付かなかった。
ああ、だからずっと目を瞑っているのか、と独りごちる。
「陽が昇ったから…少し眩しいな」
そんなことを呟きつつ、ベッドの上に転がっている眼鏡を取り上げると、兄の顔にかけてやる。曇った瓶底眼鏡の感触を確認し、ようやっとエヴァラントがほっと息を吐いた。
兄の眼鏡が、怪我の後遺症である弱視を補うためであると信じている妹は、煩わしそうに小窓を見上げた。そうして、少しでも光りが顔にかからぬよう、上体の位置をずらした。
と、不意に目を凝らし、小窓を睨む。
小窓から差し込む光が大きく陰った気がした。同時に、エヴァラントを背に庇う。
(今度は何だ?)
そう思った時、ひょいと小窓から顔が覗いた。
あ、とルーヴァベルトが声を上げた。見知った相手の名を呼ぼうとし、慌てて両手で口を押える。
ちらりと気にするように扉を見やり…小声で呼んだ。
「先生!」
小窓に頭を突っ込んだ形で部屋を覗き込んだエーサンは、ざんばらな髪をふるふると震わすと、安堵したように笑みを浮かべた。
「ベル、無事だったか」
優しい声色に、ほっとルーヴァベルトは表情を緩める。男の顔に浮かんだえくぼに、予想外に肩の力が抜ける。緊張していたのだと、他人事の様に感じた、
「よく、わかりましたね」
「ベルの、伝言、見たから」
出がけ、こっそりと窓際に置いた花瓶。中には白い花が活けられていた。ムクゲの花だったが、その名をルーヴァベルトは知らない。
知らぬまま、花瓶の中に銀の簪を差し込んだ。
一種の賭けだった。エーサンが、二人で取り決めたやり取りと違うものが含まれる意味に気付いてくれるかどうか、の賭け。
銀の簪に託した伝言。
―――果たして、それは上手く伝わったらしい。
よく居場所を突き止められたな、と思ったが、口にはしなかった。多分、エーサンは苦笑いで濁すだけだろうから。長い付き合いになる恩師には、まだまだ知らない顔があるけれど、相手がルーヴァベルトに見せたくない顔ならば、見る必要の無い顔なのだろう。
首を伸ばし下を覗き込んだエーサンは、不精髭のまばらな顎を突出し、思案気な表情を浮かべた。
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