第87話-2
「やあ! お揃いのようだね!」
良く通る明るい声に、四人が足を止めた。
揃って視線を向けた先に…見覚えのある顔。あら、とアンリが声を上げた。
「ユーリ」
「やあ、アンリ! ランもやっと来たか。待ちくたびれたぞ」
「待ちくたびれたって…まだ始まってもないだろう。お前が来るのが早すぎなんだ」
「女性をお待たせするのは好きじゃないんだよ」
社交用の口調で返す友人へ軽口を叩きながら、肩まで伸びた茶髪をさっと後ろへ払った。相変わらず軽薄そうな印象を受ける男は、ユリウス・ガラドリアルその人。
碧がかった碧い垂れ目をマリシュカへ、続きルーヴァベルトへ向けると、にこりと笑みを浮かべた。
「こんばんは、お嬢さん方。今日も大変麗しくいらっしゃる。人目も憚らずに口説かせて頂きたい程だ」
「ごきげんよう、ユリウス様。お誉め頂き光栄ですわ」
ドレスを沈めて礼を取りながらさらりと流したマリシュカに倣い、ルーヴァベルトもまた挨拶のために一歩前に出た。
「ごきげんよう、ユ…」
鬼執事殿に叩き込まれた通り、綺麗な礼を取ろうとドレスの裾を摘まんだ。途端、間にランティスが割って入り、不機嫌そうに唸った。
「俺の婚約者に色目を使うのはやめてもらおうか」
低い声で威嚇した王弟殿下に、ユリウスが目を丸くする。すぐに苦笑を浮かべた口元を手で抑え、飽きれたように肩を竦めた。
「…お前、余裕なさすぎだろ」
「煩い」
「やめろよ、二人とも。ランも、みっともない」
額を押さえ、菫色の双眸が男二人を睨めつける。不機嫌にそっぽを向いたランティスと、軽薄めいた笑みで「はぁい」と返事をしたユリウスに、アンリは大きくため息をついた。
何故邪魔されたのか理解できないルーヴァベルトは、目の前に立ち塞がる王弟殿下の背中を唖然と見つめた。何を考えているのだ、この男は…と胡乱に目を細めた。折角人が婚約者らしく振舞おうとしているというのに、台無しである。
そんなルーヴァベルトの側で、マリシュカがそっと耳打ちをした。
「やきもちですわ」
「…はぁ」
曖昧な表情を浮かべたルーヴァベルトに、彼女は面白げに笑った。兄によく似た菫の双眸が、夜会の輝きを吸い込んで、宝石のように澄んで見えた。
ファーファル嬢の本日の装いは、こげ茶に薄いピンクを組み合わせたドレスだ。地味な色合いかと思いきや、頭の後ろで結い上げた亜麻色の髪によく映え、前回よりも色っぽさが漂う。白い肌の中で一対の菫色も、際立って目を引いた。
彼女はルーヴァベルトの手を取ると、にっこりと妖精のように顔を綻ばせた。
「今日はどのようなお菓子がありますでしょうか。後で、見に行きませんこと?」
「や、でも…」
「大丈夫ですわ。今夜は無理にお誘いしません。お気に召すものがあれば、後日屋敷の者に作って貰えばよいのですから」
朗らかにそう告げるマリシュカの言葉に、少々心が揺れた。社交もダンスも面倒だが、色とりどりのお菓子を見に行くのは楽しそうだ…と、そう思った時だった。
白く細い首元にかかる亜麻色のおくれ毛。その向こうに、ぼんやりマリシュカを見つめている青年がいることに気付いた。
年の頃は、マリシュカより少し上だろうか。育ちがよさそうな、色白の青年。長めの茶髪を後ろで一つにくくっている。
彼は青い瞳に少し緊張の色を含み、頬を赤らめながらじいとマリシュカを見つめていた。
(ああ、マリシュカ様の…)
多分好意を寄せている一人だろう。
まるで周りなど見えていないと言った風に、ただひたすらマリシュカへ熱視線を送っている。当のマリシュカが気づいていないのが少し不憫だった。きっと、そんな視線に慣れているからだろう。
不意に、青年と目が合った。碧眼が、驚きに見開かれる。次いで、茹でた様に顔が真っ赤に染まった。
その様子に、つい、吹き出しそうになった。慌てて唇を引き結ぶが、口元が震える。それを隠すように両手で押さえた。
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