第87話
前回同様、煌びやかに光を放つ世界が、数歩先に広がっている。
夜闇の中から覗き込むと、まるで獲物を飲み込まんと手招きする魔物の口内のよう。見え透いた甘い罠のような夜会の灯りに、ルーヴァベルトはこっそりと嘲笑を浮かべた。
並び立つ男は、別段感じることもない様子で、無表情に建物の入口へと歩を進める。エスコートされる形で腕を組んだルーヴァベルトもまた、魔物の口へと向かっていた。ギラギラと反射する光が、嘲笑っているかのように眩しい。
本日の武装は、薄い灰色に薄いピンクを合わせた可愛らしいドレスだ。ミモザにそれを提示された際、あまりに可愛らしい印象に眉を潜めたが、灰色が基調である部分と飾りやレースが多くない部分を力説され、半ば強引にこのドレスを着せられた。
デジニアが作ったドレスの中でも一等可愛いらしいものを選ばずとも、もっと抑えた色合いのものが数着あったのに、と多少の不満があったが、着せてくれるのも用意をしてくれるのもミモザなのだからと、結局素直に従ったのである。ミモザ自身はこのドレスがお気に入りらしく、仕上がったルーヴァベルトを見て、珍しく目元を綻ばせ満足げな顔だった。ルーヴァベルトからすれば、美人なメイドが着た方が、よっぽどドレスも映えるだろうに、と思ったけれど。
王弟殿下も、同じく灰色の夜会服。赤い前髪を上げているため、いつもより色気がある。対して、彼に合わせ前髪を上げているルーヴァベルトは、全くそのように見えないため、違和感があるのではないかと思えた。
周りを気にせず颯爽と歩くランティスを、そこかしこから視線が向けられる。二人の後ろには、麗しのファーファル兄妹も続き、彼らに対しても感嘆のため息が漏れていた。華やかに飾り立てられたこの面子は、連れ立って歩くだけで人目を引く。本人たちは歯牙にもかけていないけれど。
その中で、ルーヴァベルトだけが異質な存在だ。当然のように奇異と敵意の眼差しが、そこかしこから向けられていた。
ああ、面倒くさい…心の内でため息をつく。
同時に、今日はドレスが無事だと良いけれど、と胸の内で独りごちる、高価な衣装を台無しにする羽目になるのは心臓に悪い。
入り口に着くと受付を済まし、会場へと向かった。
今夜は有力貴族の未亡人主催の夜会だと言う。結婚後すぐに夫を亡くした夫人は、子供がなかったため、そのまま夫の爵位と財産を全て引き継いだ。更に実家の後ろ盾もあり、社交界では一目置かれる存在であるらしい。
とはいえ、本人は全くそういったものに頓着がなく、気まぐれに夜会を開いては、暇を潰しているのだと言う。
「どこの派閥にも属さないと言うことは、どこの馬の骨でも迎え入れるということだ」
屋敷を出る前、渋い顔でランティスがそう言った。
一瞬意味が分からず首を傾げたルーヴァベルトだったが、すぐに合点がいって薄笑う。
どこの馬の骨でもということは、今回もまた、襲われる可能性があると言うことだろう。何だそんな事かと、彼女は肩を竦めた。
「ご心配なく。平気ですので」
灰青が、痛むように目を見開いた。ぐっと唇を引き結んだ表情は怒りを孕んでいるようにも見え、同じ程苦し気に見えた。
向けられた視線の意味が分からず、ルーヴァベルトは目を瞬かせた。
早々に馬車に乗り込んでしまったランティスとは、結局その以上話もせぬまま。会場に着いても、むっつり押し黙ったままで不機嫌な様子だった。
(ま、気にしても仕方ないな)
ちらとランティスの横顔を見やり、改めてそう思う。今はすべきことをしよう、と顔に笑みを作ると、剥がれぬように張り付けた。
出がけに、ジーニアスからご褒美を提示されている。綺麗な箱に納められた、宝石のようなチョコレートたち。どんな味がするのかは知らないが、あれのために頑張ろうと決めている。
そう思い、会場に足を踏み入れようとした時だった。
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