第82話-2

「少し考えればわかるしね。だってそんな高そうな本、ここの予算じゃ買えないっしょ」


「王家…てことは、件の王弟殿下経由で手に入れたのかな」



 読みかけの本を閉じ、イラーレも話に加わる。ソファに寝転がったまま、仰ぐように視線をエヴァラントへ向けた。

 黒縁眼鏡の下で、片割れと同じ薄い青が、面白そうに輝く。



「どう? 王弟殿下ってどんな奴?」


「眼、見た?」


「ていうか、エヴァ、よく妹ちゃんの婚約許したな。妹大好き人間のくせに」


「確かに。あ、もしかして王弟様に脅されたとか?」



 矢継ぎ早に投げられた言葉を、曖昧な笑みで誤魔化した。本当のところを説明する気はなく、本当の気持ちを零すつもりもない。

 乾いた笑いを喉から絞り出し、そっぽを向いた。双子は顔を見合わせ、徐にガジャが立ち上がる。

 足幅も広く数歩で机の側まで寄ると、身を屈め、瓶底眼鏡を覗き込んだ。



「わっ」と驚いて声がひっくり返る。近距離に見えた空の瞳が、無表情に問うた。



「本当?」



 平坦な声が、肌を撫ぜる。


「本当に、何もされてない?」



 脇からもぴりりと痛い視線を感じた。きっと、片割れも自分を見ているのだとわかった。

 何も、と呟く。



「何も、ないから。本当に」



 すうと垂れた双眸が細められる。瓶底眼鏡越しに、エヴァラントも彼を見つめ返した。さらりと落ちた黒髪は、光に透けて、僅かに赤味を帯びて見えた。

 ほんの一瞬だった。興味を失ったように身を起こしたガジャは、ふらりと大股でソファに戻ると、そのまま身を沈めた。

 相変わらず寝そべったままのイラーレが、くっくと喉を鳴らす。



「ごめんな、エヴァ。僕ら、君の事が大好きだから、苛められてないか心配になっちゃってさ」


「…ありが、とう」


「気にしないで。でも、もし誰かに苛められたら、ちゃんと教えてね」



 ちゃんと助けてあげるから。

 眼鏡越しに、イラーレの空色が、どろりと獰猛な輝きを帯びる。猛禽類にも似た瞳の形に、エヴァラントは薄ら寒いものを感じた。



「ところで」視線を革表紙の本へ移すと、イラーレが眼を瞬かせた。



「それも、『失せし王』関連?」



 一度表紙を閉じたエヴァラントは、革の質感を楽しむように撫ぜながら頷く。



「うん」


「何か新しい発見、あった?」


「残念ながら、今のところは、何も」


 ゆっくり頭を振った。

 黙ったまま飴をなめていたガジャが、ポケットから二つ目の包みを取り出す。中身を口へ入れると、のんびりと会話に加わった。



「てかさぁ、『失せし王』のことなら、それこそ王弟殿下に聞けばいいんじゃないの? あの人、精霊王の生まれ変わりなんでしょ」


「周りがそう言っているだけで、本人はそう公言しているわけじゃないから」


「じゃ、あの人は精霊王じゃないの?」


「それは…俺には何とも言えないな」



 苦笑を浮かべたエヴァラントに、双子がふうんと鼻を鳴らす。

 ガジャから飴玉を一つ貰ったイラーレは、まるごと口に放り込むと、器用に包み紙だけ吐き出した。それを丸めて、ごみ箱へ投げる。見事ごみ箱へ吸い込まれた包みは、底でかさりと音を立てた。

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