第74話
庭師の頑なな態度に、ルーヴァベルトは不満げに唇を尖らせた。
「ちょっとぐらい、いいだろ?」
けれど少年は、しっかりと首を横に振る。眉尻の下がった困り顔は、珍しく眉間に皺が寄っていた。
「駄目です。絶対にお受けできません」
「ケチ」
「ケチで結構です。ルーヴァベルト様に何かあったら、僕、旦那様に切り刻まれます。だから絶対に駄目です」
くるりと巻いた柔らかな黒髪を揺らしたハルは、ぷいとそっぽを向いた。
猫眼を細め相手を睨めつけてみたが効果なく、普段は大人しく従う少年も今は頑として首を縦に振ろうとしない。
結局折れたのはルーヴァベルトの方だった。
舌打ち交じりにため息をつく。早朝の、ほんの少し冷たい空気が肌を撫ぜるのを感じながら、腕を伸ばした。
「あーあ。先生に相談したことあったのになぁ」
どちらかといえば、話を聞いて欲しいという気持ちが大きい。勿論内容は…件の「花」の件だ。
毒見の件、未だ納得できていなかった。納得できるはずがない。胸糞の悪い話である。
「だとしても、こっそりソムニウムに連れて行って欲しいなんて…僕が『はい』て答えると思ったんですか?」
「思った。二、三発殴って脅せばいけると思った」
「こ、怖ぁ!」
手にした箒を握りしめ、ハルが青ざめる。その顔に、内心「どの口が」と独りごちた。自分より一回り以上大きな男を表情も変えずに殴り飛ばしていたのは、どこのどいつだ、と。
ぷるぷると首を横に振りながら、それでもきゅっと眉を寄せながら、彼は言った。
「そ、そんなこと仰ったって、駄目なものは駄目ですからね! 絶対に!」
「わかったよ」
煩わしげに手を振ったルーヴァベルトは、再度伸びをすると、続けて全身を解す動きを始める。ゆっくりと節々を回し、最後に首をぐるりと巡らせ、深呼吸をした。
「よし」小さく息を吐き、顔を上げた。
正面に立つ少年は、いつも通りの困り顔で碧眼を一つ瞬かせると、おずおずと口を開いた。
「あの…その、エーサンさんに相談されたいことって…他の、ルーヴァベルト様がお会いできる誰かじゃ駄目なんでしょうか?」
その言葉に、彼女はすうと赤茶の双眸を細めた。が、すぐに苦笑を浮かべて見せる。
「兄貴に…って思ってたんだけど、最近忙しいみたいで、全然会えないんだ。屋敷にも、帰ったり帰ってなかったりするみたいで」
「泊まり込みですか…それは大変ですね」
「兄貴がしてる仕事がどんなもんか、私はよく知らないから何とも言えないんだけど…帰ってこないなんてこと今までは無かったから…まぁ、大変なんだろうな」
一瞬、ルーヴァベルトの表情が陰った。が、すぐに陰りを顔から消すと、誤魔化すように頭をかいた。
チチチ、と頭上で鳥の声がした。それを合図に、踵を返す。
時間に正確なメイドが起こしに来る前に、ベッドに潜り込むために。
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