第69話
麗しのマリシュカが見舞に屋敷を訪れたのは、夜会からきっかり一週間目の午前中であった。
たっぷりとした亜麻色の髪を緩い三つ編みにし、着ているのはシンプルなワンピース。薄い黄色のスカートの下にパニエは履いておらず、すっきりとした出で立ちだった。
急な訪問者を迎えに出たメイドは、客人を応接間に通すと、一足飛びにミモザの元へ走った。丁度ルーヴァベルトの部屋で支度をしていたミモザに耳打ちをする。内容を聞いた彼女は、慌ててドレッサーへ向かった。
ドレッサーから衣類を取り出すと、小走りにルーヴァベルトの元へ戻った。
鏡台の前に座り、大人しく髪を結われるのを待っていた少女は、着替える様に言われ、目をぱちくりとさせた。
「え、何でですか」
「お客様がいらしているからです」
差し出されたのは、ゆったりとしたワンピース。擦れた青の布地に、背には黒のくるみボタンのみの、至って普通の作りである。
これに着替えるのか、と俄かに眉を寄せた。
「お客さんが来たのに、これでいいんですか?」
尋ねると、メイドは首肯した。
「貴族の方でも、滅多な理由がない限り、普段はこのような普通の服を身につけられます。お待ちいただいているファーファル様も、同じくワンピースでいらっしゃいますので、ルーヴァベルト様だけドレスというわけには参りません」
「ファーファル…て、マリシュカ様? え、てか待って。普通ドレス着ないんですか?」
二重に驚き、ルーヴァベルトの声が大きくなる。
眼を白黒させている少女のドレスを手際よく脱がしにかかりながら、ミモザが返した。
「ルーヴァベルト様が常にドレスでいらしたのは、慣れて頂く為です」
「慣れ…?」
「おそれながら、ルーヴァベルト様はドレスやヒールに慣れていらっしゃいませんでしたので、夜会までにドレスでの振る舞いを身につけて頂くため、屋敷内でも常にドレスを着用して頂くように、とジーニアス様からのご指示がございました」
「え、じゃあ、普通はドレス着なくていいんですか?」
「それに関して、私からは返答致しかねます。ですが、今はドレスではなくこちらのワンピースを。お客様が訪問用のワンピースでいらっしゃるのに、ルーヴァベルト様だけ社交用のドレスでお迎えするわけには参りません」
「確かに」
とりあえず納得する。確かに、この屋敷に来るまで、ドレスもハイヒールも縁のない品だった。強制的に身につけさせられたおかげで、短期間にも拘らず、それなりの動きが出来るようになったわけだ。
その間にもドレスを脱がし、パニエを外し、ドロワーズを履かせてワンピースを着せる。ハイヒールも脱がせると、踵の低い華奢なブーツを履かせた。
窮屈なドレスから解放され、ほっと息を吐いた。いつもであれば、朝から夜まで、一日中締め上げられ、着重ねられ、心底疲れるのだ。このままドレスから解放される日々になればいいのに、とぼんやり期待する。
あっという間に少女の身支度を整えると、一歩下がり、メイドが一礼する。
「お客様がお待ちです。ご案内致します」
相変わらずの手際の良さに、ルーヴァベルトは素直に頷いた。
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