第62話-2

 かくして、皿一杯の菓子前に、ルーヴァベルトの心は躍る。

 思わず緩む頬に必死で力を入れているせいで、顔がぎこちなくひきつっていた。その視線は、ただ色とりどりの菓子だけを見つめている。



「さぁ、頂きましょう」


「はい」



 ぱっと顔を上げた相手に、マリシュカは僅かに驚き、すぐに微笑んだ。そんな変化など気にもとめず、ルーヴァベルトは目の前のお菓子に「頂きます」と合掌する。


 盛ってきたのは、いずれも手で抓み食べられるものばかり。綺麗な色の砂糖でコーティングされたクッキーに、色とりどりのマカロン。

 内、一つに手を伸ばしたルーヴァベルトは、抓んだそれを口へ運んだ。本当は勢いよく頬張りたかったが、マリシュカの手前、やめておいた。

 舌にのせた軽い菓子は、噛むとしゃくり崩れた。上品な甘さが口いっぱいに広がる。そのまま溶けて消える食感に、無意識にうっとり微笑んだ。

 美味しい…そう呟き、もう一つ抓み、口へ放り込んだ。先程のはピンク、今度は黄緑。僅かに味が違う気もしたが、どちらも甘くて美味しい。眩暈がしそうな程に、柔い甘さ。

 にまにまと笑みを浮かべたルーヴァベルトを前に、マリシュカは口元を抑えた。代りに、目を丸く瞠る。



(あらあら…)



 先程までは、のっぺりと無表情な作り笑いを浮かべていた少女が、今はどうだろう。

 まるでこの世の春と言わんばかりの微笑みで、うっとり視線を宙で彷徨わせている。幸せそうな赤茶の双眸は潤み、夜闇の僅かな光を吸い込んで、きらきらと輝いて見えた。

 何と落差のあることだろう―――押さえた口元を弓なりに、マリシュカはほくそ笑んだ。



(楽しい御方だわ)



 ひたと自分へ向けられた菫の視線に気付きもせず、ルーヴァベルトは菓子を目で、口で、楽しんでいる。まるでそこにマリシュカなど居ないかのように。

 アンリが話す通りの様に、思わず忍び笑う。

 



 ―――無関心な子だったわ…心配になる程に

 



 難しい顔でそう言った兄。

 初めて会った友人の婚約者殿を「良いか悪いかもわからなかった」と、そう評した。

 



 ―――だから、貴女が直接会って、見極めなさい

 



(勿論ですわ、お兄様)



 マリシュカは、自身の定めを理解している。

 それは逃れられぬ運命で、そのように育てられてきた。

 元より、逃れようなどとは思っていない。科せられた運命は、外から慮られるよりも、ずっと面白いものだと感じていたからだ。

 けれど。



(全てを誰かに定められてしまうなんて、それは御免ですの)



 最後の最後は、己で決める。

 幼い時分、己が運命を知った時から、硬く心に決めていたことだ。


 そんな妹の心の内を、きっと嫡男である兄も知っているのだろう。見た目の儚さに反し、芯は随分強い。折れるくらいなら、砕けることを望む程に。



 澄んだ菫の双眸を、ゆっくり瞬かせる。長い睫を震わせ、視線を皿へ落とした。

 四角いキャラメルを一粒、抓み上げた。それをそっとルーヴァベルトの顔へ近づける。



「はい、あーん」



 丁度ビスケットを飲み込んだ直後だった少女は、初めてそこに人を認識したとでも言うように、目をぱちくりとさせた。

 が、無意識か、素直に口を開く。

 綺麗に手入れされた白い指が、弾くようにキャラメルを彼女の口へと放った。

 上手にキャラメルを受け取ったルーヴァベルトは、目を白黒させつつも、口内に広がる甘さにぱっと顔を輝かせた。もぐもぐと動く口元が愛らしいと、マリシュカはまた一つ、菓子を抓み上げた。

 それを差し出すと、即座にルーヴァベルトが口を開く。まるで餌付けだわ、とマリシュカは嬉しくなった。

 綻ぶ花の顔で、香る様に微笑む。



「本当に、可愛い方」



 抓んだ菓子を、少女の唇へ押して、餌付けた。

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