第63話
次から次に口へ放り込まれる菓子を一生懸命咀嚼していたら、あっという間に皿が空になってしまった。
二皿分、ぺろりと平らげてしまったルーヴァベルトに、マリシュカは「あらまぁ」と嬉しげに手を叩いた。
「素晴らしいですわ、ルーヴァベルト様! まるで魔法のよう!」
「あ、ありがとうございます…」
下がり眉の困り顔で、ルーヴァベルトは申し訳なさそうにマリシュカを見やった。
「すみません。私が全て食べてしまって…」
お菓子は、可愛くて、甘くて、美味しくて…気づけば皿には何も残っていない有様。おかげでコルセットに締め付けられた腹が、ぎちぎちと鳴っている。はち切れたらどうしよう、と内心青くなった。
しかし、朗らかにマリシュカは首を横に振る。
「まぁ、お気になさらないで。幸せそうなご様子に、私もお腹が一杯ですわ」
「そんな…」
「本当にお気になさらず」
尚も何か言い募ろうとするルーヴァベルトを遮り、その手を取った。きゅっと握ると、掌越しに、身体がこわばるのがわかる。
宥める様に、優しく彼女の手を擦ってやった。手袋越しに確かめた指の輪郭は、何処か武骨で硬い。
口端を持ち上げ、柔く香るような微笑みを浮かべると、ルーヴァベルトの唇に残った菓子の欠片を指先で拭った。
「喉が渇いたのではありませんこと? 何か持って参りましょうか」
益々眉尻を下げた少女は、動揺を隠しきれぬまま、俄かに頬を上気させた。
その様は、多数の他人がマリシュカに対し示す態度と同じだった。彼女自身が意図せずとも、花に似た妖精の如き彼女の容が、多くの人を惑わしてしまう。
うんざりだった。
興味のない相手から好奇の視線を向けられても、気味が悪いだけ。勝手な勘違いをした馬鹿が暴走し、あわや大惨事になりかけた事もあった。
故に、マリシュカは他人が「嫌い」だ。己が役目がくるその時まで、出来る限り誰かと接することも、交わることも避けてきた。
けれど。
(不思議だわ…)
ルーヴァベルトに対し、そんな嫌悪感を感じない。
つい先刻あったばかりの少女。
まだ、言葉を交わしたのも少しだけ。
だというのに、心が、本能が、「彼女だ」と告げる。
「ねぇ、ルーヴァベルト様…」
潤んだ菫の瞳で、艶めいて呼んだ。
その時。
「御飲み物は如何でしょうか?」
突然、第三者の声が割り込んでくる。
呪縛が解けたように、ルーヴァベルトの視線が、マリシュカの後方へ逸れた。舌打ちをしたい気持ちを押し止め、背筋を正すと、自分も後ろを振り返る。
バルコニーの入り口に、黒と白のお仕着せに身を包んだ給仕が立っていた。手にした盆には、グラスが二つ。中にはとろりと飴色の液体が注がれている。広間の灯りが逆光になり、顔は暗く伺えない。
給仕がベンチへ近づいてきた。その後ろで、広間との境を仕切る薄布がゆっくりと翻った。
側までくると、二人の前に跪く。手にした盆を差し出し、顔を上げてにこりと笑んだ。
若い男だ。「どうぞ」とグラスを手に取ると、ルーヴァベルトへ差し出した。
黒髪の少女は、じいと給仕を見やった。差し出されたグラスを受け取らない。困った様子で愛想笑いを浮かべた男だったが、不意に横から伸びた白い手にグラスを掠め取られ、視線をそちらへ向けた。
グラスを手にしたマリシュカが、にこりと微笑む。
「頂きますわ」
そう言うと、唇を飲み口へ寄せた。
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