第61話

 二曲踊った所で、足に違和感を覚えた。

 左足の踵が、擦れて痛む。靴連れを起こしたのだと気付いたが、しゃがみ込んでスカートをめくるわけにもいかない。

 三曲目を踊る気らしいランティスの腕をさりげなく押しやり、外す。にっこりと、出来る限りの笑顔を向けた。



「少し、疲れましたわ」



 虚をつかれたように、男は一瞬目を丸くした。灰青の双眸をぱちりと伏せると、口元を覆い天井を仰いだ。

 おかしな様子に「ランティス様?」と呼ぶ。

 何でもない、と男は軽く片手を振った。



「ちょっと…衝撃が」


「は?」


「何でもない」



 すぐにきりっと表情を正すと、ルーヴァベルトの背を押し、ダンスの輪から連れ出す。壁際まで寄ると、ぐるり周りを見回した。



「アンリの奴…何処行ったんだ」



 眉を顰め、目を細める。そうして巡らせた視線の先に、お目当ての友の姿を見つけたらしい。

「少し待っていろ」と言うと、人波をかき分け行ってしまった。



 あっという間に取り残されたルーヴァベルトは、微笑んだ表情のまま、片手で口元を隠した。鼻で息を吸い、細く吐き出す。できれば大きなため息をつきたかったが、我慢した。



 一仕事終えた気分だった。

 夜会の主催への挨拶に、ダンスを二曲。付け焼刃の令嬢にしては上出来だろう、と自分で褒めた。ここにジーニアスが居たら、あれこれ小言があるのだろうけれど。

 さて、ぼろが出る前に早く帰りたい。後どれくらいいればよいのだろうか。


 じくじくと痛む踵の靴擦れと、ヒールによるつま先への圧迫を感じながら、ぼんやり考えていた…その時。



「綺麗な黒髪だね」



 声をかけられ、視線をやった。その先に、青年の姿を見つける…ユリウスだ。

 垂れ目を細めた人懐っこい笑みを浮かべ、グラスを両手に近づいてくる。内、一つをルーヴァベルトへ差し出した。



「ノンアルコールだから安心して」



 ぱちり、と片目を瞑った仕草があまりにも自然で、嫌味も感じなかった。

 改めて令嬢らしい微笑みを顔をに貼付けなおすと、礼を述べつつグラスを受け取る。中では、透ける金色の液体が、涼やかに揺れていた。

 隣に並んだユリウスは、まじまじとルーヴァベルトを見る。些か不躾すぎるが、黙って微笑み返した。

 緑がかった碧眼は、じいと赤茶の双眸を覗き込み…にっこりと口元に孤を描く。



「見れば見る程、わからなくなるなぁ」



 明るい口調。そこに、僅かな棘を感じた。

 彼は無邪気な仕草で、小首を傾げる。「ランは、君のどこに惹かれたんだろう」

 さぁ、とも、まぁ、とも答えなかった。ただ、困った顔を作って見せた。

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