第47話-3
「おいっ! いたか?」
「いや。だが、その辺にいるだろ」
「くっそ! 舐めやがって!」
声は、三人分。
一人で三人相手をするのは、些かきつい。相手は全員男で、まず間違いなくルーヴァベルトより身体も大きく、力も強いはずだ。真正面から向かって、到底敵う相手ではない。
男たちの息遣いが聞こえる。新緑の木々が香る中に、据えた体臭が僅かに臭った。
ダガーを逆手に持った。細く吸い込んだ息を、くっと止めると、足裏で強く土を蹴る。上体を低く、全速力で、声がした方へ駆けだした。
「あっ!」
ほんの数歩の距離に、男がいた。浅黒い肌に手入れされていない髭が生えた、小汚い男。少し離れて、もう二人。同じような出で立ちの三人は、あの時鼻で感じた通り、公娼街の裏通りで酔い潰れていそうな、そんな連中だ。
何故、そんな奴らがここに…疑問が頭を過ったが、すぐに振り払う。それは、ここを無事に切り抜けてから考えればいい事。
今はっきりしているのは、連中が等しく敵である、ということだけ。
ダガーを胸に水平に構え、そのまま一番手前の男へ突っ込んだ。
突然のことに反応が遅れた男は、ルーヴァベルトを避けきれず、刃先が脇腹を抉った。洋服の布地越しに肉を切り裂いたダガーが、破れた服に引っかかり、ルーヴァベルトの腕を重く引いた。自分の力で引き千切るのが容易ではないと判断した少女は、あっさりと柄を離す。そのまますぐ後ろにいた男に体当たりをした。
「ぐぅ…!」
「いだっ!」
それぞれが呻き声をあげる。脇腹を裂かれた男は傷口を抑え、その場に座り込む。もう一人はよろめいたものの、直ぐに体勢を立て直し、逃げようとしたルーヴァベルトへ腕を伸ばした。
「こんの…クソガキが!」
背中のリボン飾りを力任せに引っ張られ、あわや横転という寸前で、何とか踏みとどまる。裸足になっておいてよかった、とどこか冷静に考えながら振り向いた。
目の前には、汚い男の顔。それに向かって、もう一方の手に握った砂利を、思い切りよく投げつけた。
「ぐあっ!」
悲鳴を上げた男は、思わず掴んだ手を離した。後ろへたたらを踏んだ相手を容赦なく蹴りつけると、呆気なく倒れ込む。
(あと一人)
間髪入れずに振り返ると、視線の先に、最後の一人が茫然と立ち尽くしているのが見えた。
よもやこのような形で反撃されるなど露とも思っていなかったのだろう。間抜けな顔で、倒れ込んだ仲間を、ぽかんと見やっている。
一足飛びに男の懐へ飛び込んだルーヴァベルトは、相手が「あ」と言う間も与えず、右手で胸倉を掴んだ。もう一方の手は、男の二の腕付近の袖を引っ掴む。そのまま身体を勢いよく反転させ、袖を掴んだ手首を返し、全身で一気に引いた。
「ぅわっ!」
身体を引き上げられ爪先立ちになった男が声を上げると同時に、ルーヴァベルトは勢いよく相手を背負い…投げ落とした。
「だっ!」
自分より小さな相手に宙で投げ飛ばされ、背から地面へ落ちた男は、何故自分が天を仰いでいるのかわからないと言った表情だ。眼をしきりに瞬かせ、青を見上げる。
その視界いっぱいに、濃紺と白の布地が覆う。ふわりと広がったそれが、女性のスカートをしたから覗き込んだ状態なのだと気付いたのは、そこに華奢に伸びた足を見たからだ。
その、裸足の足裏が、目の前に浮かんで…そのまま力いっぱい顔を踏みつけられたところで、男の意識は途切れた。
もう一度、止めと男の顔を踏みつけたルーヴァベルトは、スカートをたくし上げ、眼下の相手を覗き込む。足をのけると、白目を剥いた状態の、汚れた顔。ぴくりとも動かないことを確認して、振り返った。
途端、頬を強打た。
「…ッ!」
ぐらり体勢を崩した少女の頭髪を、むんずと掴んだのは、先程砂利を投げつけた男だった。
「クソがっ!」
怒鳴り声と共に、もう一発、頬に強い痛みが走る。黒髪ごと頭皮が引っ張られ、びりびりと痺れを感じた。
口内に、冷たい味がする。打たれた拍子に切れたのだろう。
油断した。
相手は頭に血が昇っているらしいに眦を吊り上げ、尚もルーヴァベルトを打ちつけようと手を振り上げている。それが、酷くゆっくりに見えた。
ぎっと睨めつけ、髪を引っ張る男の腕を、両手で掴んだ。殴られるのはいい。だが、どうにか逃げ出してやる。
そう思った、時。
頭上で、ざざざっと、枝葉が大きく鳴った。
同時に、人影が落ちてくる。位置は丁度、男の真上。
ガッ、と大きな殴打音が響く。
腕を振り上げていた男が、そのまま、その場に崩れ落ちた。
囚われていた黒髪が解放され、倒れる男に巻き込まれる形でルーヴァベルトも横転する。しかし、すぐに跳ね起きると、ひりつく頭皮を手で押さえながら敵を見やった。
そうして、赤茶の猫目を、大きく見開く。
「あ…?」
先程まで自分を打ち付けていた男。それが今、組み敷かれ、殴りつけられている。
殴っているのは…柔らかに巻いた黒髪の、小柄な、少年。
「…ハ…ル?」
名前を呼ぶと、口の中が引きつれるように痛んだ。喉は張り付き、声は擦れている。
けれど、少年には届いたらしい。
ぐるんと首を捻り、長く顔にかかる前髪の奥から、真っ直ぐに、碧眼がルーヴァベルトを捉えた。
「ルーヴァベルト様!」
下がり眉の情けない顔が、泣きそうな声を上げた。
「ご無事ですか!」
そう尋ねる少年の拳が、ぐったりと動かなくなった男の赤黒い血で染まりあげているのが気になって、返事を返せぬまま、唖然と彼を見やった。
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