第47話-2
(どうする)
考えろ。
考えろ。
考えろ。
この動きにくいドレスで。
足を守る靴もなく。
味方など、望めず。
(だから、どうした)
食いしばった歯の隙間から、漏れる息が熱い。無意識に弧を描く口元に、ルーヴァベルトは気づかなかった。
目玉をぐるりと回し、視界の中を探る。片手で土に触れると、辺りを弄った。指先に、硬い感触…石だ。
(舐めんじゃねぇっつの)
掌に収まる大きさの石を、ぐっと握った。
「…がすぞ」
「俺…こっちに…」
再び足音がし始める。どうやら分かれて探すつもりらしい。
内、一つが、近づいてくるのがわかった。
他の足音は…遠い。
決して見つからぬよう、石を持たぬ方の手で、もう一度ドレスの裾を引き寄せた。濃紺は砂で汚れ、随分みすぼらしい色合いになっていた。
ゆっくりと、警戒するように足音が近づいてくる。決して見逃すまい、とじいとそちらの地面を睨めつけた。
黒い革のブーツが見える。思った通り、一人のようだ。近づいてくるそれを、じりじりと待ち、丁度ルーヴァベルトが隠れている低木の前を横切ろうとした…噛みつくように、男の足へ飛びついた。
「ぎゃっ!」
突然ふくらはぎを横から押され、男がバランスを崩す。横倒しに倒れた相手の下半身へ、被さる様に倒れたルーヴァベルトは、無言のまますぐに身を起こした。男の二の腕を掴むと、ぐいと引いて自分の身体を持ち上げ、もう一方の手を振り上げた。
石を握る、手を。
躊躇なく振り下ろされたそれが、強かに相手の側頭部を打った。「ぎゃっ!」と潰れた悲鳴が上がった。
けれど、少女の顔は凍りついたように無表情のまま。もう一度、石を振り上げ、同じように打ち付けた。
「ぐうっ…」
頭を庇おうとした男の手が、ぐたり、と地面へ落ちる。その手には、ダガーが握られていた。
黒い赤で汚れた石を放りだすと、ルーヴァベルトはダガーの柄を掴む。
そうして、転がる様に走り出した。
後ろから怒声が聞こえる。男たちの怒りが追いかけてくるのがわかった。捕まらぬように、とにかく足を、前へ、前へ。
ドレスの裾が枝に引っかかろうが、構わず引き裂き駆け抜けた。
並木の切れ目から、再度林へ飛び込む。刹那、翻った髪を、矢尻が突き抜けた。
濃紺の布地が足に絡まり、走りづらい。裸足で踏んだ小石が痛い。右手に握ったダガーは、酷く重く感じられた。
太い幹の大木を見つけ、その影に身を隠す。ぺたりと幹に背をつけ、息を整えた。
―――まずは、一人。
手の中のダガーをしっかりと握り直した。ぬるりと鈍い銀色を睨めつけ、耳に意識を集中する。さぁ、次の獲物は、どう出る?
頭の中で、恩師の言葉が聞こえた。
―――殺す覚悟も、殺される覚悟も、普通は、するものじゃ、ない
優しげな声で、ゆっくりと、エーサンが言い聞かせた言葉。
そんな物騒な覚悟はいらない、と。公娼街で相手をするのは、大概嵌めを外した酔っ払い。調子に乗って無茶をしただけならば、軽く捻ってやればいい。他人に無理を強いるなら、お灸を据えてやれ。
但し。
―――殺されると感じたならば、その直感を、信じるべきだ
気負う必要はない。
けれど、自分自身に危険を感じたならば、遠慮すべきではない。そう、彼は言った。
殺すことは恐れるくらいが丁度良い。しかし、躊躇うべきじゃない、と。
―――命のやり取りの場で、己の命を背負うのを、己だけで十分だから
(はい、先生)
大丈夫です、と心の内で言葉を返す。
ルーヴァベルトは、ルーヴァベルトの命を背負ってここに立っている。
このダガーの持ち主は、己の命を背負ってここに来て、背負ったまま、あそこで力尽きただけ。
そして今、同じく己の命を背負った敵が、自分を殺しに来るだろう。
上等だ。
(私は、お綺麗なお嬢様じゃない)
駆けてくる足音が聞こえる。今度は複数。仲間がやられたことで、全員で向かってきたのだろう。
一人は弓矢。他の人間は何を持っているかわからない。
それでも、やるしかないのだ。
そっと身を屈め、空いた手で砂利を握った。
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