第35話-2

「何か希望はないか?」



 ぼんやり布地を見ていたルーヴァベルトは、再度ランティスへと振り返った。その顔に、今は困惑の色が強く浮かぶ。

 ああ、なるほど、と合点がいった。

 改めて問い直す。



「仕立て屋が選んだ色は気に入ったか」


「えー…はい」


「嫌いな色ではないのだな」


「嫌いではないです」


「なら、意匠に希望はあるか」



 今度は押し黙る。赤茶の瞳をきょろきょろと彷徨わせ、ジーニアスへと視線を向けた。

 つられ、後方の執事へと眼を向ける。主とその婚約者、ついでに仕立て屋に注目され、彼はゆっくりと金眼を瞬かせた。



「僭越ながら」と、無表情に口を開く。



「ルーヴァベルト様には、昨今の流行であるものよりも、もっとシンプルでかつ肌の露出が少ないものがお似合いになるか、と」



 今の流行、と言われても、ランティスにはぴんとこなかった。正直、社交界の女はどれも似たり寄ったりな恰好をしている。表情も口上も、皆、同じようなもので、にこりと笑いかければ更に同じような反応を示すため、見分けがつかなかった。

 けれど、デジニアは違う。



「昨今の流行と言えば、スカート部分を大きく膨らませ、背中と胸元が大きく開いたものですね」



 ふむ、と考え込むように、ルーヴァベルトへ視線を戻す。眼をまん丸く開いて見つめると、一つ、頷いた。



「そうですね。確かにお嬢様は、露出させるよりも隠した方が品よく仕上がるでしょう」


「飾りもあまり華美でないものをお願い致します。、可愛らしい印象よりも、凛としたものを好まれますので」


「では、色を多用するよりも、地紋や刺繍で色気を出しますか。リボンや花も最低限に留め、スカートのラインは…」



 途中から独りごちるように考え込んだ仕立て屋の頭で、大きな羽根がゆらゆらと揺れる。なるほど、なるほど、としきりに繰り返しながら、布地と睨めっこを始めた。頭の中で仕立ての算段をしているのだろう。


 隣に座る婚約者殿の横顔が、ほっと安堵するのがわかった。俄かに緩んだ表情に、少しばかりむっとする。八つ当たり気味に執事を睨めつけると、無表情な顔に僅かな嘲笑が浮かぶ。あの野郎、と舌打ちをした。


 むうと口を引き結んだ時、ルーヴァベルトが振り返った。虚をつかれ、笑顔を作り損ねたランティスは、曖昧な表情で首を傾げる。


「どうした?」


「あの…ドレス、新しく作るんですか?」


「そうだが」


「…今、ドレスに困ってはいませんけれど」



 十分な枚数を用意して貰っているし、と小さな声で呟く。

 事前に彼女へ用意したドレスは全部で五着。内、一番華美な黒だけは絶対に着ないと拒否されたと聞いているので、実質四着を着まわしている状態だ。貴族の令嬢、と考えれば、妥当な枚数を持っているとは言えない。

 しかし、ルーヴァベルトの育った環境を思えば、今の枚数でも「贅沢」と感じるのかもしれない。

 顎をつるりと撫ぜ、天井を見上げたランティスは、言葉を探すように「そうさなぁ」と言った。



「俺が用意したものは、型にお前をはめるためのものだ。けど、今作ってるのは、お前の型にはめるための材料…だな」



 理解しがたい、と言うように、彼女は小首を傾げた。合わせて一つに結われた黒髪が揺れる。艶やかなそれに指を絡めたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。

 代りに、そっと顔を寄せ、耳打ちをした。



「お前の為だけに誂えたもので、お前を飾りたいんだよ」



 ありったけ甘く、柔く蕩かすように告げる。


 これから先、ルーヴァベルトを人目に連れ出すこと増えた時、彼女が纏う全てを自分の贈ったものだけで飾りたい。頭の上からつま先まで、その全てを。

 わかりやすい独占欲だ。

 これは俺のものだと、そう誇示するように。


 しかし、そんな歪んだ感情を、彼女が理解することはなかった。呆れた顔で「はぁ」と相変わらず気の抜けた返事をする。


 口説くつもりで言った台詞も、見事に掠らず抜けたらしい。全く、一筋縄ではいかないな、とついつい顔が緩んでしまう。

 蕩けるような笑みを婚約者殿へ向ける様を、仕立て屋が苦笑交じりに冷やかした。



「いやはや、殿下がご婚約されると伺った時は、とうとう…と心底驚きましたが、今は更に驚いておりますよ。そのように幸せそうな殿下のご尊顔を拝謁できるなど」



 手にした布地を丁寧に畳むと、ちょび髭を指先で撫ぜた。

 嫌味なく微笑むデジニアに、ランティスは赤い髪をかきあげた。口元を三日月に、猫の笑みで、甘く告げる。



「ああ、幸せだとも。ルーヴァベルトが居なければ…息も出来ぬほど、惚れているのでな」

 

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