第29話-2

 確かに建国の歴史として、精霊王の話を授業で受けた。それだけでなく、この国の子供であれば、一度は精霊王の名を寝物語で聞いていることだろう。

 けれどてっきり、ただの御伽噺だと思っていた。

 真面目に考えたことは無かったけれど、そもそもルーヴァベルトは目に見えないものは信じない主義だ。



 そんな心の内を読んだのか。



「目に見えないからと言って、無い証拠にはなりえませんもの」



 やんわりとした言葉は、するりとルーヴァベルトの耳に届いたが、すとんと腹に落ちることは無かった。



「どちらにせよ、精霊の存在を信じる者が少なからずいる…故に、この国の成り立ちの中に、精霊王が組み込まれているのです」



 それは、ルーヴァベルトの思いを否定するものではなかった。見えている世界が違うだけだ、と暗に告げる。


 ならば、とルーヴァベルトもそれ以上口にすることをやめた。自分を間違いだとされないのであれば、そこまでこだわる問題でもないと判断したためだ。

 続きを促すように頷くと、ジュジュも同じく首肯する。クセの強い金糸の髪が、柔く揺れた。



「折角ですので、持参しました教本の一説を読んでみましょうか」



 そう言うと、机の脇に置いた大ぶりな鞄から、一冊の本を取り出した。茶色の表紙のそれを捲ると、細々とした文字が見えた。どうやら絵がある類の本ではないらしい。

 数ページ捲った所で手を止めると、そこに記された文字を指先で追いつつ口を開く。

 

 






 遙か昔、森より灰青の精霊が現れる


 

 精霊は足を踏み鳴らし、地をならした

 指で大地を叩くと、清水が沸く

 寝ころんだ場所は、豊かな緑が成った


 

 精霊は、そこに住まう五つの集落から人々を集い、国を作る

 集落の長を祝福し、力の一部を分け与えた

 そして、朝露を飲んで育った娘を娶る

 


 精霊の王は、赤い翼の鷲と、銀の眼をした黒い狼を従え、永く国は栄えた

 


 しかし、やがて終わりが訪れる

 


 王を支える五つの集落

 その族長の一人が、王を裏切り、死へ追いやった

 


 王を屠った族長は遠く逃げ去る

 残された者たちは、混乱の中、それぞれの族長を王とし、国を四つに分けた

 

 








「それが、我が国…土の国ユーサレッタと、火の国オウカ・ホナ、風の国アリアドーク、木の国ネゴーン、というわけですわ」



 これは、ルーヴァベルトにも覚えのある話だ。幼い時分に聞かされた御伽噺そのままで。

 四つに分かたれた国は、精霊から与えられたという力がそのまま特徴として、それぞれ反映している。



 土の国ユーサレッタは、肥沃な大地で農業を。


 火の国オウカ・ホナは地下資源に恵まれた鉄鋼業を。


 風の国アリアドークは風力を使って海へ出る。


 木の国ネゴーンは材木資源が豊富で、医療技術の発展が目覚ましい。


 全ては、精霊王の恩恵―――と、いう話だ。



(いや、努力の賜物だろ)



 内心そう思ったが、顔に出さぬよう無表情でいる。

 何が恩恵だ、馬鹿馬鹿しい。どれもこれも、農民や技術者、漁師に医者が、長い年月をかけて培ってきた努力の結果だ。


 それを、一緒くたに「精霊王の恩恵」なんてもので括られては堪らない。


 改めて自分は、精霊なんてものを信じる日は来ないだろうと、そう思う。



「ユーサレッタとネゴーンは同盟関係にあり、国際関係は良好…という部分は?」


「知っています。金持ちはネゴーンの材木を使って屋敷を建てるって話を聞いたことがあります」


「まぁ、よく御存じですね。ネゴーンの材木に香りのよいものがあり、それを浴槽に使うのが、今流行りなんですのよ」



 そりゃまた贅沢な話だと、曖昧な笑みで誤魔化した。

 家に風呂があること自体、金持ちしか許されない贅沢であるのに、更にそれを輸入材木で造るとは。輸入税もかかり大金がかかることだろう。

 まぁ、ルーヴァベルトには興味のない話だが。

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