第29話-3
「アリアドークとは国交がないわけではありませんが、どこの国とも同盟を結んでおりません。貿易規模も、ネゴーンとのやりとりを考えれば、随分少ないですし」
海辺の国アリアドークは、閉鎖的な国である。四国の内一番国土が狭い上、国力が他に比べ弱いという点がそうさせるのかもしれない。
しかし、国自体は貧しいわけではなく、暮らすには豊かな土地らしい。
「オウカ・ホナは少々難しい国ですから、あまり情報は入ってきませんわね。元々好戦的な一族で、隙あらば他国に戦を仕掛ける気があるので、油断はなりませんが…。今は、内紛で手いっぱいと聞きますので、それが他に飛び火しなければよいのですが」
何でも前王の息子と、前々王の息子、現王の三つの勢力が、王位を巡って三つ巴状態なのだとジュジュが説明してくれた。
あまりに興味が無くて「はぁ」程度の返事しかできなかった。余所の国など、遙か彼方、御伽噺のように遠く感じる。
「王位争いというのは本当に血生臭い話になりますので…我が国では、起らないで頂きたいですわねぇ」
「そういえば、うちの国も王子がまだ二人いるんですっけ」
王族も政治も、直接生活に関わらない分野はとんと疎いルーヴァベルトだったが、自国の王子の数程度ならば覚えがあった。
確か十年近く前に前王が急逝し、三人いた王子の内、一番上の息子が王位を継いだ筈だ。謹厳実直と評判の良い王は、その聡明さで急な王位交代であったにも拘らず、大きな混乱もなく国を治めている。
見目も麗しい現王の肖像画は城下でも広く売りに出されており、店の姐さんから見せて貰ったことがあった。「素敵よね」とはしゃぐ姐さんに、今よりも世渡りが下手だった幼いルーヴァベルトは「王様の給料っていくらなんですかね」と言って、見事顰蹙を買ったという話は、少しばかり苦い思い出だ。
(いやでも稼ぎは大事だろ)
どんなに顔がよかろうが地位があろうが、稼ぎがなくて浪費癖があったりしたら最悪だ。
務めて平静な顔でそんなことを考えているルーヴァベルトを、一対の空色の瞳が、じいと見つめていた。視線に気づき顔を向けると、ジュジュは困惑の表情で両頬を抑えた。
「本当に、何もご存じないのね…」
掌で挟まれた頬が、ぷっくり盛り上がって唇を押しやる。突き出される形の口元が、少しアヒルに似ているなぁと感じ、昼食はパンと鶏肉が食べたい、とか夢想した。
「二人の王子が、現国王陛下の弟君であらせられるのは、ご存じ?」
「その程度は」
「では、弟君たちのお名前は?」
「知りません」
すみません、と心のこもらない謝辞を口にする。弟君どころか、王の名前も知らない。
ジュジュはぷっと吹き出した。呆れられると思っていたルーヴァベルトは、目をぱちくりとさせた。
「ここまでくると、いっそ清々しいですわね」
可愛らしい仕草で笑い声をあげながら彼女が言う。身体を揺らす度に椅子が軋んで悲鳴を上げていた。
ひとしきり笑い終わると、居ずまいを正したジュジュは、にっこりとほほ笑みをルーヴァベルトへ向ける。
「国王オズワルド陛下のすぐ下の弟君ジークフリート様…この方が王位継承権第一位を頂く王太子殿下でいらっしゃいます」
国王オズワルドは祖母である太王太后の支持を受けており、その地位は盤石だという。
しかし、現王太子であるジークフリートは、聡明さは兄王に劣らぬものの、生来身体が弱く、それを危ぶむ臣が多い。
というのも、王太子の任に付随する役割は少なくなく、場合によっては王に変わり軍を率いることがあるからだ。机で行える仕事であればまだしも、馬に跨り戦場を駆けることは、ジークフリートには到底任せることは出来ない。
正規の役割が果たせないのであれば王太子の任を解くべきである―――と不満を口にする者はいるのだと、ジュジュが説明してくれた。
「けれど、現状で戦火の気配がないため、陛下はそれらの主張を一蹴してらっしゃるんですの。ジークフリート様の能力の高さを一番評価されているのは、きっと、オズワルド陛下でしょうね」
故に、王太子の後ろ盾は、国王その人、というわけだ。
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