第14話
夕食までゆっくりして良いと言われたルーヴァベルトは、ならばばあやに会わせて欲しい、とミモザに申し出た。
彼女は一旦確認すると出て行ったが、すぐに戻ってくると、ルーヴァベルトを連れて部屋を出た。
広い屋敷内は、どこも似たような装飾で迷路のように思えた。ミモザに置いていかれたら、果たして自室に戻れるだろうか、と不安になる。後で屋敷の地図が無いか聞いてみるか、なんてぼんやり考えた。
結局どこをどう歩いたか不明だが、先導するメイドについて廊下を歩き、角を曲がり、階段を下りる。怪我が生々しい足を気にしたミモザはゆっくりとした歩調を保ってくれていた。はいている靴も、彼女が用意してくれた布の内履き。柔らかい布地のおかげで、然程苦痛は感じなかった。
しばらくすると、よい匂いが鼻腔を擽る。
肉の焼ける匂いだ。
途端、腹がぐうと鳴き声を上げた。歩き方のレッスンで身体を動かしたおかげで空腹だ。サンドイッチを食べたのが、随分前のように思えた。
(厨房が近くにあるのか)
そういえば、先程までの廊下と違い、ここの壁は煉瓦がむき出しになっている。床も重厚な絨毯が敷かれていない。主に使用人が出入りする場所だからだろう。
食欲を誘う匂いに、ついふらふらとそちらへ行きそうになる。じゅるりと音を立てて唾液を飲み込んだ。
その時、ミモザが足を止める。ルーヴァベルトを振り返ると、小さく頭を下げた。
「こちらにございます」
完全にうわの空だったルーヴァベルトは、慌てて眼を瞬かせる。向かって右手にあるのは、赤茶色をした木の扉。丁度目線の位置に、小さなステンドグラスがはめ込まれていた。
一歩扉に近づいたミモザは、小さく二度、ノックした。中から女の声で返事があり、次いでガチャリと扉が開く。
「お待ちしておりました」
顔を覗かせたのは、若いメイド。年の頃は、ミモザと同じかもう少し上か。白い肌に薄くそばかすが浮いている。モブキャップからのぞくストロベリーブロンドは、随分癖が強いらしい。左右で太い三つ編みにしているが、毛先はくるくるとうねっているのがわかった。
彼女はミモザの肩越しにルーヴァベルトを見つけると、にっと白い歯を見せて笑みを浮かべる。ぎょろりと大きな白目に、小粒な瞳。綺麗なヘーゼルグリーンをしている。
メイド二人に促され、部屋の中に足を踏み入れた。
途端、あ、と声を上げる。
「ばあや!」言うや否や、駆け出した。
部屋の奥、まだ昼の余韻が残る日差しの窓辺で、見慣れた老婆が船をこいでいた。大きな揺り椅子に座り、温かそうなショールにくるまれている姿は、小さな人形のように見える。
老婆の足元に膝をつくと、そっと顔を覗き込む。ふにゃふにゃと皺だらけの顔は、相変わらず起きているのか寝ているのかわからなかった。
「よかった…」
ほっと全身から力が抜けるのを感じた。ばあやの皺皺の手を握ると、その場にへたり込む。
「少し前に、温かいお茶を飲まれました。眠たそうでしたので少し椅子を揺らして差し上げたら、先程、御眠りになられました」
ミモザと並んで立ったメイドが、人懐っこい笑みでそう告げる。「お昼ご飯も、ミルクリゾットをきちんと取られましたよ」
ばあやの手を握ったまま顔を上げたルーヴァベルトは、じいと彼女を見やった。ヘーゼルグリーンの三白眼が、人懐っこい表情で真っ直ぐに見返してくる。ミモザに比べて、随分表情豊かなメイドだ、と思った。並んで立つと、より一層それが際立つ。
一つ、深いため息をつくと、ゆっくりとルーヴァベルトは立ち上がった。そのまま礼を述べようとして…改めて、習ったばかりの淑女の礼をとる。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた。
「ルーヴァベルト・ヨハネダルクです。ばあ…乳母は、その、自分でできることが少ないので…ご迷惑をおかけしたのでは」
「いいえ!」
元気よくストロベリーブロンドのメイドが答えた。
「ゆっくりですがよく食べて下さいますし、意志の疎通もしっかりなさいます。御手水に関しても、きちんと仰って下さいますので、何も問題ございません」
そこまで言って、はっと思い出したように彼女は頭を下げた。
「順番が逆になってしまいまして、申し訳ありません。マリーウェザーと申します。今日より、ばあやさん付となりました。どうぞよろしくお願い致します」
マリーウェザーと名乗ったメイドは、ぱちぱちと眼を瞬かせると、にっこりと笑った。
「ルーヴァベルト様も、なんなりとお申し付けくださいませ!」
「マリーウェザー。ルーヴァベルト様のメイドは私です。貴方は貴方の仕事をなさい」
「えー?」
ぴしゃりとミモザが言い放つと、不服そうに唇を尖らせた。
思った通り、性格も真逆らしい。見た目も、女性らしい体つきのミモザに対し、ひょろりと痩せぎすなマリーウェザーは、身体の凹凸が乏しい。メイドのお仕着せ姿も可愛らしいが、下働きの少年の格好の方が似合いそうだ。
まぁそれは、ルーヴァベルト自身にも言えることなのだが。
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