第11話

ドレッサーの中をざっくり確認したルーヴァベルトは、重たいため息をついた。



 収められていたドレスは五着。内、三着が淡い色で、残りが濃い色合いだった。


 見た瞬間、淡い色合いのドレスは無い、と切り捨てる。可愛らしいピンクも、爽やかなペパーミントグリーンも、夢見る少女趣味過ぎて、絶対に嫌だと除外した。


 残りは白と黒、濃紺の三着。


 白は目に居たい程に純白で、何重にもレースが重なっており、まるでウェディングドレスのように見えた。故に、除外する。

 では黒を、と確認すると、こちらはきらきらしいビーズがこれでもかと盛られており、光の加減であらゆる色に光り輝いている。除外。

 結局残った濃紺のドレスに決めるが、正直、これは選びたくなかった…と下唇を噛んだ。


 シンプルなデザインのドレスは、特にレースやビーズで飾り立てられおらず、よく見れば地紋が浮かぶ布地ではある物の、華美な印象はない。腰の後ろには光沢のある生地で、同じく濃紺のリボンが結ばれていたが、それくらいなら我慢できそうだ。



 選んだそれを引っ張り、「これを」とジーニアスに示す。一歩下がって待機していた彼は、ドレッサーから濃紺のドレスを取り出した。


 綺麗なドレスだ、と思う。立襟に長袖で肌の露出も少ない。これならまぁ、似合うかどうかは別として、着ることに文句はない。

 ただ、色が気に食わなかった。



(軍服と同じ色ってのがなー)



 テラスでの一件を思い出し、むっと唇を引き結ぶ。


 赤毛の男が着ていたそれと、同じ色のドレス。これを着て二人で並べば、まるで揃いで仕立てた様に見えることだろう。

 

それを思うと、腹が立った。

 が、他のドレスも選ぶ気にならない。



(これも…これも、仕事!)



 一人、ぐっと拳を握るルーヴァベルトをよそに、ドレスを抱えたジーニアスが「ミモザ」と名を呼んだ。


 控えめな返事と共に、応接間とを繋ぐ出入口に、すいとメイドが一人現れる。ジーニアスと同じ黒のお仕着せに、白のエプロン。まとめてモブキャップの中に押し込めている髪の毛は、少し癖のあるブリュネットだった。


 両掌を腰の前で組み、頭を下げる彼女に歩み寄ると、ジーニアスは手にしたドレスを渡す。



「仕上げる様に」


「承知致しました」



 濃紺のドレスを受け取ると、二人は揃ってルーヴァベルトへ視線を向けた。



「これより、このミモザがお世話をさせて頂きます」



 簡潔な執事の説明に、改めてメイドが頭を下げた。



「ミモザと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」



 顔を上げた彼女と目が合う。髪よりも少し濃い茶の双眸が、真っ直ぐにルーヴァベルトを見つめていた。


 年の頃は、十七、八といったところか。白い肌に薄紅色の唇、すっと通った鼻筋の、随分な美少女である。瞳はくるりと大きく、綺麗な二重だ。

 自分などより、彼女がドレスを着た方が、よっぽど似合うだろう。



 本心を腹の奥に飲み込んで、ルーヴァベルトは「はぁ」と気のない返事をした。

 

 

 

 




 

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 ジーニアスが始まると、早速着替えが始まった。


 一旦ベッドの上にドレスを置いたミモザは、ドレッサーの下の引出からコルセットや下着類を引っ張り出した。それをドレスと並べると、ぼんやり立ち尽くしているルーヴァベルトを振り返った。



「それでは、全て脱いで頂けますか」


「え、全て?」



 ぎょっと赤茶の双眸を丸くするが、彼女は「もちろんです」と頷いた。



「失礼ですが、ドレスを着用された経験は」


「あー…ない、です」


「でしたら、まずはこちらのシュミーズを。その後、コルセットで腰を締め、パニエをはいて頂きます」



 きびきびと指示をするメイドの姿に、ルーヴァベルトは躊躇する。この場で全裸になれ、と言われて、はいそうですかといかない。世のご令嬢達は平気かもしれないが、こちとら全く平気ではない。抵抗感しかない。

初めて会った人間の前でほいほいと裸になれるのが貴族ならば、自分は一生貴族らしい貴族にはなれない気がする。間違いなく。


 微妙な表情でもたつくルーヴァベルトに、ふとミモザが表情を緩めた。形の良い口元に微笑みを浮かべ、先程よりも柔い口調で言った。



「パニエを取りに、少々席を外します。その間に可能なところまで着替えて頂けると助かるのですが」



 席を外す、という言葉に、ぱっと少女の顔が輝いた。あからさまな表情に、ミモザはすうと双眸を細めた。



「わかりました」



 大きく頷いたルーヴァベルトに一礼すると、メイドは静かに部屋を出て行った。


 応接間から廊下に続く扉が閉まる音を確認すると、慌てて服を脱ぎ始める。下着を脱ぐ時は流石にもう一度周りを見回したが、誰もいないことを確認するとさっさと脱いで、さっさとシュミーズを身に着けた。


 さらりと肌触りの良い布地に、少しだけ鳥肌が立つ。分不相応な感触は、この部屋と同じく居心地が悪かった。


 次いでコルセットに手を伸ばすが、一人では無理だと結局やめた。



 シュミーズ一枚では股がすうすうと心もとない。ズボンに慣れきった身体が、これからドレスに慣れることができるだろうかと不安になる。それ以前に、こんなビラビラした衣装に、どれだけ自由が制限されるのかと思うと、ぞっとした。



 そうこうする内にミモザが戻ってきた。持ってきたパニエをベッドの上に置くと、手際よくコルセットでルーヴァベルトを締め上げる。初めてのコルセットに呻き声を上げ、その後パニエを身に着ける。


 この頃には、既に疲れ切っていた。


 早く終わって欲しい一心で、言われるがままにドレスを身に着け、促されるままに鏡台の前に座り、されるがままに顔を弄られた。柔らかなブラシが頬をなぞり、櫛が髪をとかしてゆく。化粧品の匂いが鼻腔を擽り、思わず顔を顰めた。



「髪はどうされますか」



 問われ、はっと我に返る。完全にうわの空だった。



「えー…よくわかんないんですけど、ゴテゴテ飾り立てるのは嫌です。重いのもちょっと…」


「では、シンプルに後ろで三つ編みに致しましょう」



 小さく頷くと、ミモザはさっさと黒髪を編み始めた。耳の上辺りから編みこまれているが、頭皮が引っ張られないように絶妙な緩さにしてくれる。毛先を淡い金のリボンでまとめると、三つ編みの所々に白い玉飾りをいくつか差し込んだ。

 出来上がりに満足したのか、ミモザがにっこりと笑みを浮かべる。



「お綺麗ですわ」



 いや、あなたの方が綺麗でしょ―――という言葉を飲み込み、ルーヴァベルトも作り笑いを浮かべる。

それに合わせ、鏡の中の見慣れぬ顔が、引きつった笑みを作るのが見えた。 

  

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