第7の鍵 ―秘密の部屋―
「……それまで、ただ待っていろって言うつもり!?」
強い……強い語調だった。
思いがけない叱咤を浴びて、執事は顔を上げた。
その眼はまだ潤んでいるが、深い皺を刻んだ眉には
無理もない。
彼には、理解できなかったのだ。
東洋からの客人―――ひょっとすると
彼は、職人だ。
家を守る、職人。
それ以上でも以下でもない。起業家でも、発明家でも。
ものごとの解決のためにアイディアを
だが、
見て、推察して、掘り起こす。
紐解くのが仕事なのだ。
こんがらがった過去や、バラバラの問題を。
庭の向こう……1時間ほど前に当主ルイが向かった方を見て、執事を振り返った。
「7番目の鍵は!?」
「
「7番目の鍵よ! 鍵束の、第7の鍵! それは、どこの鍵なの!?」
「どこの鍵……」
「
「た、確かに、さようで……」
「彼は6番目の鍵までしか使ってないの!」
「しかしながら、鍵束は旦那様がお持ちでして……」
執事の目の前に、
「―――んもう! 鍵を使う場所さえわかれば、なんとかなるでしょう!? 鍵がなくったって!!」
庭師
急いで階段を昇って行く。
執事が口にする通りに。
向かう先は、屋根裏部屋。
その昔……この館にもっと大勢の使用人たちが居た頃、小間使いの居室として使われていた一角だ。
階段の最後と思った扉―――鍵はないが、“
「……
部屋係の声が響く。
扉の向こう……さらに上へと続く階段の隅には
「驚いた……あの扉のこっち、入っちゃいけないって……こういうことだったの……」
部屋係の顔が
その目の前……ゆらゆらと揺れている埃まみれの蜘蛛の糸……
誰かが通った痕跡はある。
ただ、長い間、ほとんど人が手を入れて来なかったことは明らかだ。
庭師
息を切らしながら、執事が口を開いた。
「……旦那様が、ここに上がることをお禁じになられたのです」
「―――どっちの?」
「は……」
「ここに上がることを禁じた旦那様は、どっちの旦那様? 7日間の旦那様?」
執事はふうふう言いながらハンカチで汗を拭っている。
しかし、
年老いた人に鞭打つのは気の毒だが、あまり時間がない。
「……お熱が下がって、目覚められたルイ様に、せめてものおなぐさめとして、ここはご無事だとお伝えしましたところ……二度とその話をするな、そこに行ってもならない、と、きつくおっしゃって。その後、そのルイ様が、元のルイ様と違うと判った次第でして……つまり、どちらのルイ様か、はっきりとは……」
「……上がれますよ!」
庭師頭が得意げに叫ぶ。
階段の蜘蛛の巣は大きく取り払われ、一番上の扉が見えている。
板の隙間から漏れている光は、太陽光だろうか?
その部屋の鍵は、これまでに
古くからある、ごく簡単な構造だ。
大工が錠前にドライバーを差し込み、ちょっと振動を与えただけで……第7の鍵の部屋の扉は、いとも簡単に開いた。
「わ……ぁ……」
声を上げたのは、
扉の中は……埃こそ舞っていたが、思いがけず
ものは、多い。
大量の白い
使い込まれているが、洗われ、種類別に纏められた筆。
大小さまざまな
たくさんのオイルの
絵の具を納めたと思われる、大きな木箱。
隅々に絵の具の跡があるパレットも、綺麗に拭われている。
小さな脇机の上には、静物画を描く時のものだろうか……木の枝や大きな石、羊皮紙、羽ペン、止まった時計などのオブジェが置かれている。
「人物画も……描いたのかしら……」
服もあった。
モデルに着用させたものだろうか、掛け布の下のハンガーには、時代物の衣裳が少しと、靴も……数は少なかったが、きちんと手入れされ、整理されていた。
「ひょっとして……マリ・マンシーニも?」
「さようで」
執事は
……きっと、ここを見るのが辛いのだろう。
「
執事が言い終える前に、
「急いで……急いで!」
5人がかりで運ぶ。
“第7の鍵の部屋”から、中庭へ。
中庭の中央には、
かつてそこで―――“当主ルイ”の魂が―――焼きつくされたのだ。無情にも。
布が……ハンガーを覆っていた布が、
淡い緑の芝生の上に、白く四角い空間が現れた。
その中央に、
脇には、絵の具類も……とりあえず適当に並べる。
画家のアトリエのように。
黙々と道具を並べる
地面に映る、八角形の影。
驚いて
太陽を背にして。
庭に据え付ける台座のついた、
その
「どうして……?」
パラソルなんて指示してないし、あの部屋にもなかった。
「ルイ様……ええと、“7日間の旦那様” からですね、あなたさまは日光に当たんなさるといけないのだと、よくよく言いつかっておりましたんですよ……」
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