遺されし君には ―気を揉む者たち―



「ねえ、ちょっと……」



「ああ、もう……そっとしておきなさい!」



執事がたしなめるも、部屋係は聞く耳など持っていない。

さっきから、しきりに階上うえを見上げている。

片足をのかかとをと持ち上げ、首を伸ばし、階段の手すりに頬をこすり付けて。

シニヨンに纏めきれなかったおくれ毛が、ぴょこんと揺れている。



執事はその姿を一瞥いちべつして、頭を振った。

やれやれ、というように。

その耳に絶え間なく届き続ける声は、まさに不協和音カコフォニだ。



「……でも、ずっとですよ? ……お食事にも降りていらっしゃらないし。お着換えだって……もう、金曜だというのに!」


執事の白手袋が、郵便物を分けていく。

ほとんどは、ダイレクトメールのたぐいだ。


「……お呼びになれば、お食事もお召し物も持って行っているだろう? 断食してらっしゃるわけでもなければ、ご病気でもない」


「それは解っておりますけれど……どうなるのかしらね……」


「我々が口を出すことではない」



部屋係は、頬を膨らませた。



―――気にするな、と、言われても、そうはいかない。

もとはと言えば、自分が足止めしたも同然だったから……



そう、あの……異国の女性を。




あるじ” の変化に気付いたのは、ごくささいな “やりとり” の最中だった。




長く独り身だった “主” に恋のお相手ができたのであればそれはそれで喜ばしいことだと思っていたが、2人で『金の間』にこもり始めてからは、困惑の限り、なのだ。


なぜなら……からだ。


お世話をしに行こうとすると、断られてしまう。


しまいには、“主” はこんな言葉さえ口にした。



―――『しばらく、電子錠を遠慮してくれ』だなんて……!



つまりは、ノックをしろ、と?

そんなこと……


長くお仕えしてきた執事さんですら、ノックしろ、だなんて言われて目を丸くしていたほど……


しかも、そう言われる前にドアの隙間から垣間かいま見た様子では、どうも、それをととらえていいのだか、それとものようなもの……年齢的にはひどくおかしな表現だが……なのか、扱いかねてしまうのだ。



執事は、まるで “主” の私生活ラ・ヴィ・プリヴェになど関心はないという態度を決め込んでいる。しかし、部屋係としては、そういうわけにはいかないのだ。



各お部屋の、花の選択……香りはどうするのか……

今までどおりで良いのか、それとも……



客人が客人のままなのか、それともこの先本当に “” になるのか……それは、絶対に押さえておかなければならない。




「……あ、あら! 出ていらしたわ!」




部屋係が上げた、驚きの声。


釣られて執事も顔を上げる。


「いつもの、かしらね……」


さっきまで騒いでいた部屋係の声が、急にヒソヒソと小さくなった。




しわが寄る。

執事の、白髪混じりの眉頭に。



“先週末と同じでいらっしゃる”




やはり、のか……


―――待つしかない。とりあえず。

をお召しになられ、お出かけになられるのなら。

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