ルイとマリ ―序章―
“日本では病気の時にコメの煮たものを食べるそうなのですが”、と、シェフはずいぶん申し訳なさそうにしていたらしい。
水はもちろん、いろんな種類の果物、ミルク、
だが、熱が続いていた間にルイが受け付けたのは、絞ったオレンジジュースをミネラルウォーターで割ったもの……それと、ほんの少しのフルーツだけだった。
今は違う。
ここにシェフがいたら、ほくほく顔になったことだろう。
「病み上がりなんだから、あんまり無理しない方がいいんじゃないの?」
僕はからかったが、ルイは鼻に
「ねぇ、ルイ。さっき君が言ってたことって……」
「? 何? どの話かしら……」
「その……マリが……つまり、母親との関係が悪かったってこと?」
でもそれはルイ14世の数多くの愛人のひとりとしての認識に過ぎない。
僕はさすがにもう少し知っているけれど……
それでも “愛人ではなく初恋の相手”、そして “大凶の星を持って生まれたと言われる女” というぐらいだ。
母親との関係なんて、知る
ルイはもうひとつ、イチゴを頬張りながら、小首を
「……彼女の生まれはローマ。それは知ってるわよね」
「そりゃそれぐらいは……」
「父親は、イタリア貴族、マンチーニ男爵。占星術者よ」
「え……貴族で、占星術者?」
僕が驚いたのを見て、ルイは目を大きく見張った。
「いやだ。伯爵? フランスも、かつてはそうだったでしょ。貴族の多くは学者だった」
「それはそうだけど……」
どの国でもそうだろう。貴族は労働してはいけなかったのだ。
だから、芸術を
「だけど、占星術って……」
「あら、占星術は、17世紀では立派な天文学であり科学だったのよ」
「ふーん、そんなものなのか」
「マリが生まれた時、父親は娘のホロスコープを読み解いて、“この子はすべての災いのもとになる”って
“大凶の星を持って生まれた”という説は、そこから来ていたのか。
「父親は
ルイは立ち上がり、コンソールに向かった。
彼女の身を包んでいるのは、黒いブラウスとベージュのロングパンツだ。
表紙は半分とれかかり、題字のあたりも破れて見えなくなっている。
「なに、それ……」
「“マザラン一族” っていう本よ。ただでさえボロボロだったんだけど、リュックを取り返す時、表紙がちぎれちゃって……」
ルイは立ち止まり、一瞬、口を
僕は、ふと感じた。
その姿……その
だが彼女はすぐに顔を振り、その本を差し出した。僕の前に。
「その中と……あと、マリ・マンシーニの回想録。そこに、書いてあるのよ。彼女の母親が夫の占いをものすごく恐れて……マリを決して愛さなかった様子が」
そのルイの声の調子……
泣いている……?
いや、涙は
でも……彼女のどこかが……何かが、今、泣いている。
「他の兄弟姉妹たちの中で、たった一人だけ、鬼っ子扱いをされたの。たった7歳で、修道院に閉じ込められて……今で言う、育児放棄。虐待よね」
彼女はそう言うと、頭を振った。
何かを振り払うように。
そして
「さて、と。じゃぁ、伯爵、行きましょ」
「? どこへ?」
ルイは笑った。この5日の間に見せたこともなかったような、華やかな笑顔で。
「―――だって、どこかに用意してくれているんでしょう? マリの絵を?」
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