ルイとマリ ―交錯―



午前8時。



まず執事が。

そしてすぐに、部屋係がやって来た。


いつものように。


だが、今朝の彼らには、驚きスュルプリーズが待っていた。



彼らが見たものは……


シーツの中にもぐり込み、枕に頭を乗せ、しているルイ。


そして、僕だ。

キャナペでも椅子でもなく、ベッドの上に乗っかっている、僕。



もちろん、裸じゃない。シーツの中に入ってもいない。

服も靴も身に着けたまま。

ルイと僕の間には、物理的な距離もある。



それでも、明白だった。

彼らがをどう思ったか……



執事は目を丸くしただけだったが、部屋係の態度は……


部屋係は、目をパチクリ。

その直後に、なんと……呼んだのだ。ルイを “マダム” と。

自らが配下に禁じた呼び名で。

“マダム” ではなく “マダーム” ……いずれにせよ、つまりは “奥様” と。



、お加減がずいぶん良くなられたようで……さあ、ではお体をお拭きして、お着替えをしましょう。旦那様ムシューは一旦お部屋の外へ。しばらくかかりますから、お散歩でもしてらしてくださいな」



ルイはこれに従った。大人しく。

僕も従う。

部屋の外へ。



僕らの―――ルイと僕の―――間には、何も無いのに。

彼らが思うようなことは。


あの、一瞬の触れあい……キスとすら呼べないくちづけ以外には。



『金の間』を追われた僕は、『第2の鍵』……僕に割り当てられた部屋で、着替えた。

そしてすぐに部屋を出た。

でも、散歩のためじゃない。

『緑のサロン』に行くために。




―――どこまで聞いただろう?

執事たちが来るまでの間に……



そうそう。

なぜ、ルイがここに来たのか、その理由について。



ルイは、イングランド王妃アンリエット=マリ・ド・フランスの肖像画を見て以来、絵画に描かれた宝飾品ジョアイユリに関心を持つようになったのだ。



アンリエット=マリ・ド・フランスの母は、かののマリ・ド・メディシスだ。

マリ・ド・メディシスはフランス国王、アンリ4世妃。


ルイは、アンリエット=マリ・ド・フランスのジュエリーは、マリ・ド・メディシスがイタリアからフランスへと持ち込み、イングランドに嫁ぐ娘に譲ったものだと言う。


学生の頃、イングランド王チャールズ1世の危機を救うため、王妃が亡命してジュエリーを売って資金作りをした、と、習った。

でも、その時の僕は、そのジュエリーが王妃の個人財産かどうかなんて考えてもみなかった。

ただ単純に、イングランド王室のものだろうと思っていたのだ。

それ以上、関心も持たなかった。



“……あの日、ドゥルオーのオークション情報を見た時、私は思わずうめいたわ”




パリの老舗オークションハウス。


ジェイコブ=フェルディナンド・フートの連作5枚がセットで出品されたのは、何年も前のことだ。


その情報を、極東に居た彼女が見た。

不思議な気もする。

インターネットは、国境なんか関係ないんだ。



それより、僕を驚かせたのは……


ルイが……ルイ本人がことだ。


オークションに出た5枚の絵の中の1枚……マリ・マンシーニの肖像を見て、“だ”と。



『緑のサロン』の “マリ”。

ルイにそっくりの……



もちろん、オークションハウスは、落札先を明かしたりはしない。

なのに、にたどり着いた。



偶然? それとも必然?

あるいは……奇跡。



2年前の今頃、ほんのたまさかにパリを訪れたルイが、たまたまこの近辺を通りかかり、ここの文化遺産の日レ・ジュルネ・デュ・パトリモアンヌに目を止めた。



―――そんな偶然が? 



信じがたいことだ。

だが、事実、彼女ルイは気づいた。

ここに、マリの長姉、ロール=ヴィットリアの絵が掛けられていることに。



ルイの強い思念が引き寄せたチャンス?

ひょっとして、“マリ” が呼び寄せたのか……



―――2年前、僕とルイは同じ場所に居たのだ。


同じ、この館の、地上階レ・ド・ショセと2階に。

もちろん、1年前も。



いま、僕の目の前に、はこがある。

“マリ” の函だ。


―――ふたを取り、薄紙を開く。



イーゼルシュヴァレけ、向き合う。



もちろん、東洋人とイタリア人、400年前と現代の違いは明確だ。


何よりも、2次元とリアルの違いは大きい。


でも、その顔つき……目鼻の配置や大きさ、バランス……は、よく似ている。

二卵性双生児と言ってもいいぐらいだ。


それに何より、この表情だ……




土曜日……この館で最初にルイを見た時。

あの、感情を失ったような蒼白な顔と、僕の目の前の “マリ” の表情。

その2つは、僕の頭の中で、ぴたりと一致する。

同じ絵のコピーを重ねたように。




確か、彼女ルイは、こうも言っていた。




“私たちは、似たものどうしなのよ”




“マリ” は……で、親から見捨てられたのだそうだ。

どういうことだろう。

詳しくは判らない。


そしてルイは……アルビノというで、まともな親子関係になれなかったのだと言う。



“ただ顔が似てるってことだけじゃないの。私がマリ・マンシーニの絵をどうしても見て、確かめたいと思ったのは”



お互いに……親との確執かくしつを抱えたもの同士なのだと。



“確かめ合いたいことが、いろいろあるの”



そう言って、ルイは笑った。

自分をけなすようなその笑いに、僕の中で、何かが強くうずいた。

の正体が何なのか……僕には判らない。



―――きみはどうだ? “マリ”。

彼女に会いたいか?

双生児ふたごの片割れのような、存在に。

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