目覚めの朝 ―双眸―


耳をくすぐっている……

モリヒバリラルエット・ルルの声……?


まだ9月だ……それに、パリで?




僕は、そっと開けた。瞼を。

そして、しばたたかせた。何度か。



確かに、聴こえている。

鳥のさえずり。


だが、目の前の光景は……?



そこにあるのは……青みを帯びた薄茶色の双眸そうぼうだ。

“それ”が、僕をじっと見ている。





……周囲に……花が舞っている?

幻想なのか? そう……幻想だ。




―――では、この瞳も?




そのうち、僕の視界が、だんだんかたちを結んできた……


同時に、周囲に感じていた花が……木々が、消えていく……



やっと、解った。

……僕はルイと、のだ。



僕の右腕は僕の体の下で痺れていて、

“彼女” の右手は、いま、僕の頬の上に乗っている。

そして顔と顔を……向き合わせている。



僕は左手をゆっくりと動かして、恐る恐る触った。

自分の大腿の、外側あたりを。



―――



だが……思い出せない。

どうして僕は……僕たちは、こうなってる?



何も思い出せないなんてことは、実際には、そうそうないはずだ。

でも、今まさに起きているのは……その、だ。



わずかに……朦朧もうろうとした中に、かすかに浮かんで来たのは……

夜半に彼女が目覚め、渇きを訴えた……ということだった。



僕はといえば……

何度目か数えてないが、運んだのは覚えている。おぼろげながら。

吸い飲みヴェール・キャナールを……彼女の口に。

そして、椅子に腰を下ろした……気がする。



眠かった。とにかく、眠かったんだ。



でもそのあと、どうしたっけ?

一体、なんだって


僕は、もう一度、動かした。

自分の左手を。


ルイの額に……確かめようとしたのだ。

熱が下がったかどうか。


だけどそれは、空振りに終わった。


僕の左手は宙をき、シーツの上にちた。


ベッドが揺れ、ルイは消えた。僕の視界から。



床の上を……はだしの足が移動していく音がする。ペタペタと。

僕はまだ起き上がれない。

シーツのしわを、ぼうっと眺めてる。



トイレの水音……歯を磨くような音。うがいの音。



やがてベッドが再び揺れた。


戻って来た。ルイが。

僕が見ている景色の中に。


クサくないかしら……」



ガウン姿の彼女は、枕にうなじを預け、自分の髪を指でとかし、その指先をくんくんといでいる。


臭うはずがない。

熱を出してまる2日以上寝込んでいたとはいえ、部屋係が半日に1度は体も髪も拭いていたんだから。

僕は見てはいないが、証拠ならある。

この香りだ。

レオノール・グレユのオイルの匂い。コンソールの上に、びんがある。



彼女ルイは、ベッドの天蓋てんがいを見ている。

そこに目をやったまま、口を開いた。



「あなたがのを見て……太陽王の気持ちがわかった気がするわ」



……、だって!?



―――そのとき、突然、よみがえった。

僕の脳裏に、すべてが……怒涛のように。


なんてこったあぁ、モン・デュー!!


自分の顔に血が昇る。そうだとはっきり解るほど、急激に。


こんなことなら、思い出さない方が良かった!



そうだ……僕は泣いた。

!!



恐ろしい記事を見た。

ルイがなぜ病院に行きたくないのか、調べているうちに。

すぐに読むのをやめたが……



睡魔に負け、夢を見た。

ひどい夢だった。

夢の中に……増幅されて現れたのだ。記事のイメージが。



何者かがルイを引っ掴み、揺さぶって、打って、引き回していた。

僕の目の前で、ルイは抵抗も叫びもせず、されるがままになっていた。



そのうち、その何者かがルイの腕を切断した。


そいつが、歓声を上げた。

野蛮な……雄叫おたけび。

切り落としたルイの腕を掲げて。

その声が幾重にもなって、僕を圧し潰そうとしていた。


死んでしまう!

……ルイが

僕の目の前で!



僕は、飛び起きて、突進した。

気持ちだけ夢の中に置いたまま、ベッドに……ルイのそばに。

……!

死ぬな、死なないでくれ、と、懇願しながら!!

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