熱 ―供物―



病院は……だって!?




謎を解く、どころか……!

ますます、深まっていく。混迷が……

もう、どうしていいか、解らない。



彼女は気を失ったように眠っているし、それ以上は確かめようもない。



僕が途方に暮れていると、部屋係がやって来た。


新しい氷嚢ひょうのう、湯気を出す蒸しタオルに、綺麗なふかふかのバスローブを持って。


「旦那様、ルイさんのお加減は?」


「うん……」


はっきりしない僕に、部屋係は眉をひそめ、体温計をルイの腋下に挟む。


「これで下がっていないようでしたら、やはり救急車を……」

「―――駄目だ!」


言ってしまってから、自分に驚いた。

部屋係は、よく言う……目をん丸に開く……そのものの顔をしている。

また、何かに突き動かされた。

ただし、今のは合致していた。自分の意志と。


「でも……ドクトゥルが……」


その時、体温計が鳴る音が……

部屋係はそれを見て、黙って僕に差し出した。―――不服そうに……、と。


体温計は、38.5度を示していた。


だけど僕は引かない。


「とにかく、ダメだ!」


本人が必死に “危ない” と言う場所に、無理やり連れて行くわけにはいかない。


僕は彼女にルイの世話をするようにとは言ったが、病院に連れて行くことについては、はっきりと否定した。


説得?

必要ない。

今は僕が “あるじ” なんだから。




『金の間』の外で半時ほど待っていると、部屋係が出て来た。


彼女は、僕に体温計を渡し、僕をにらみつけた。


「旦那様、わたくしは申し上げましたからね!」


怒ってはいるが、逆らいはしない。

納得はできないが、従う。

だけど、どうにかなったら、責任はこの僕にある。

彼女の丸い背中が、そう言っていた。



僕が中へ戻ると、ルイは目を開けていた。

ナイトテーブルに手を伸ばしている。

吸い飲みヴェール・キャナールを取ろうとして。

僕が代わりに取って渡すと、彼女は笑った。力なく。

そして、中の水を飲み干した。一気に。


飲み足りなさそうだ。


僕は空の吸い飲みを受け取り、コンソールの水差しから水を足した。


今度は、少しずつ、飲む。

やがて吸い口からくちびるを放し、つぶやいた。ぽつりと。


「……私……病院から来たの」


「え……?」


「どこの病院なのか、わからない。自分で行ったわけじゃないから。だけど、私が逃げて来たのは、手術室から……だから、救急車は呼ばないで欲しいの……」


意味が解らなかった。


「え、でも……それって、入院してたってこと?」


「違うの。眠らされて、連れて行かれたの。薬か何か……わからないけど。私は供物ウーフランドになる寸前に、逃げ出したの……」


それ以上は訊けなかった。


供物ウーフランド” と聞こえた言葉が、正しいのかどうか、判らない。

僕の聞き間違いかもしれない。


枕に頭を預けたルイは、また、眠りに落ちている。



実は僕も、眠くて仕方がなかった。

『金の間』のキャナペではしか眠れない。

だから、もう40時間近く、熟睡を得ていないことになる。



僕は、どうにかこうにか押しのけた。

底なし沼に引き込まれる泥みたいな睡魔を……


そして、自分のスマホでグーグル検索を始めた。


まずは、“供物ウーフランド” だ。

でも “供物ウーフランド” だけじゃ、通り一遍の結果しか出て来ない。

聖書への考察、教会の供物の歴史……


そこで僕は幾つかの言葉を足してみた。

供物ウーフランド、人間、現代……まだダメだった。


そのとき、ふと、頭の中に浮かんだ言葉があった。

彼女が僕に語ったことの中で、印象的だった言葉。



―――そう。“アルビニズム”だ。



彼女が使った“アルビニズム”という言葉は……聞きなれなかった。

医学用語かもしれない。

“アルビノ”の方が使われるだろう。


供物ウーフランド” と “アルビノ” を組み合わせ、検索してみた。



―――すると、どうだ!?


何万件も、ヒットがあった。

深刻な社会問題……


“アルビノ”に生まれついた人々が、文字通り “供物ウーフランド” にされるという、恐ろしい記事。


アフリカのあちこち……特にタンザニアで。


タイトルを目にした時、僕は、原始時代の野蛮な風習を想像した。

だが、読み進めて行くと、恐ろしい事実が判った。


それは古来の因習でもなんでもなかった。

最近になって始まった蛮行だったのだ。

一種のカルト的な妄想に囚われた者たちが、引き起こしていた。


“アルビノ” の使って、呪術を行うというのだ。

富を得るため、あるいは復讐や……邪魔者を消すために。

指や腕を奪われた “アルビノ” は、まだ命をながらえることができるが、眼球を狙われた “アルビノ” は……


「………!!!」


僕は、咄嗟とっさにスマホを閉じた。

そこに浮かんだ映像……


たとえ一瞬でも、見たくなかった。


知らなかった。

こんなことが……21世紀の現代で発生し、しかも今もなお増殖し続けているなんて。


そして、ルイが……

そういう事件に巻き込まれたと?

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