かぐや姫伝説は疫病とともに
第21話
「やっぱりアイゼルと仲良くなったみたいですね。家でずっと殿下のことを話していました。弟をよろしく頼みましたよ。」
お茶会から数日、アイゼルとは頻繁に手紙のやり取りをしていた。
アイゼルはヨシュアの弟だったらしく、お茶会でのアイゼルと私の様子を見て大笑いしていたのを覚えている。
今日は数日ぶりにヨシュアが部屋を尋ねてきたので、午後のティータイムと洒落込んでいた。
「いや、それにしても貴族達の顔みました?すごい顔してましたよ、筆頭公爵家が殿下と手を繋いで帰ってくるんですもん、ああ面白かった!」
ヨシュアは笑いを堪えきれていない顔で紅茶を飲むと、テーブルに持ってきた紙の束を置いた。
「これ、これから先の予定とか仕事が書いてあります。これさえしてくださればあとは研究でも鍛錬でも好きにしてくださって構いません、との事です。たまに私が確認に行くのでサボりはナシですよ、まあ心配していませんが。」
そうか、つまり私の担当はヨシュアということになるのか。まあ、私と会話できる人となると限られてくるので人選は妥当だろう。
ヨシュアの仕事量はかなりのものになるが……大丈夫だろうか。
私が複雑な思いで仕事の紙を見ていると、ヨシュアは笑いを収め、鋭い視線で私を射抜いた。
「……それはそうと、殿下。ちょくちょく城を抜け出していることは知っていますよ。」
バレている。ギクリと強ばる私を見て、やれやれと頭をふってテーブルのカップに手を伸ばした。
「……知っているのは私だけです。マリア様やソレイユ様は気づかれていないはずです。それに、殿下がどこへ向かわれているかも……見当がつきます。ああ、言いませんよ、秘密にしておきます。だって仕事が増えるじゃないですか。」
ああでも万が一があればもっと増えるのか?
と頭を抱えはじめたヨシュアに心のうちでほっとする。
ヨシュアは人の気持ちに聡い。
きっと私が冒険者ギルドに行っていることも、その理由も薄々気づいているだろう。
ヨシュアの立場で私が外に出ることを見逃していたのが周りに知られたら、どんな結果が待ち受けているのかヨシュア自身もわかっているはずなのに、私のために見ないふりをしてくれる。
「……すみません、ヨシュアさん。」
ヨシュアは困ったように笑うと、人差し指を立てて口もとに寄せた。
「いつかはバレます。そのときは庇ってあげられませんけど、そのときが来るまで、私達は共犯者です。くれぐれもバレないようにしてくださいよ。……私にはそれくらいしかできないから。」
ヨシュアはそう言うと、いつもの様ににっこり笑った。
「では、私はそろそろ行きますね。失礼しました。」
パタンと扉を閉めたヨシュアを見送ると、私はソファに体の体重を預けた。ずるずると滑って何だかみっともない格好になっている。
ふう、と息を吐くと庭の方をちらりとみた。
今のところバレているのはヨシュアだけ。
……短かったなぁ、秘密のお散歩。
ズルズルと下がって床に座り込んだ私の目に、窓辺の花瓶にいけてある木の枝が映る。
私がこの王城で寝かされていた時、鳥が運んできたというあの木の枝だ。
あれから1年ほどたっているが、未だに増やすことは出来ていない。それなのに、枯れることなく元気に実や葉をつけている不思議な木の枝。
(そう言えば、あの木ってなんて言うんだろう。……今度ジャックさんに会った時、聞いてみよう。)
城を抜け出していたのがバレたばかりだと言うのに、もう冒険者ギルドに行く用事を作ってしまった。
私はおかしくなってふふ、と笑った。
はーあ、と伸びをすると、私は勢いをつけて立ち上がる。
あれこれ考えてても仕方がないだろう。
……どうせ無駄だ。
私はもう一度紙の束を見て、今出来そうなものを片付けることにした。
一日の終わりはまだ随分先だ。
さあ、いくつ終わるかな。
────────────────────
今日は冒険者ギルドに行こうと思う。
私はメイドが来ないうちに急いで準備を進めた。
クローゼットに隠していた荷物をとり、こっそりと庭に下りて穴へ向かう。
穴を抜けたらそこはもう自由の溢れる場所だ。
私はうきうきと冒険者ギルドのドアを開けた。中にはジャックとレディがいるのが見える。
私に気づくと、彼らは手を振って私を迎えた。
私は彼らと談笑して、他の人が来るのを待っていた。
「あの、ジャックさん。」
そうだ、今日は聞きたいことがあってきたんだった。
「うん?どうした、何かあった?」
私は荷物を入れていたカバンから1本の木の枝を取り出した。
私が王城のベッドで寝かされていた時に、鳥が運んできたあの木の枝だ。
ジャックは私が差し出した木の枝を困惑したように凝視した。
「……これ、どこで」
「あ、えっと…私が寝込んでいる時に、鳥が運んできて……」
ジャックは木の枝を手に取ると、あちこちを調べるように見てさらに困惑したように唸った。
「ライラ、これ何かわかる?…ああいや、知らないから聞いたのか。これ、すっごく珍しいやつなんだよ。」
珍しいというか伝説というか、としげしげと枝を見つめて言った。
「正式名称ではないけれど、これは“蓬莱の玉の枝”って呼ばれてる。随分昔、3000年前の異世界人がそう呼んだらしい。」
蓬莱の玉の枝って……かぐや姫の?
「南の方によく似た形の木があるんだが、それとは全く違うんだ。実は白珠で、枝は金、葉はどんな病気にも効く。……なんでこんなところに。」
私は木の枝をよく見た。
私が調べたものに、絵は載っていなかった。
でも……蓬莱の玉の枝か…
これ、…私が姫になったと言ってもいいんじゃ…
「……3000年前は、これが見つかった数ヶ月後にひどい疫病が流行ったらしい。あの時は増やせる人がいなくて、たくさんの人が死んだと文献に残っている。同じことが起こる可能性が高い、今のうちに増やした方がいいかもしれない。」
私は不埒な考えを頭から消して、目の前の情報に集中した。
「…増やそうと試したことはあります。挿し木にしようと思ったのですが、上手く行きませんでした。」
すると、それまで黙って会話を聞いていたレディがはっと声を上げた。
「ライラ、祝福は?」
そうか!祝福があったか!
「いい子だレディ!ライラ、早いうちに試した方がいい。今日家に帰ったら早速試してくれ。薬に加工するのは俺がやる、過程で少し体に心配な部分があるからな。……できるだけ人に見られないようにしな。それに、まだ疫病が流行ると決まったわけじゃない。そろそろほかの冒険者達も来る。しまっておけ。」
ジャックはそう囁くと、私のカバンに枝をつっこんだ。丁寧にハンカチで包んで折れないようにしているものの、少し心配ではある。
「金だし……折れないとは思うが……」
そうこうしているうちに、ほかのメンツも集まってきた。
冒険者達もぞくぞくと集まり、ギルドはワイワイと賑やかさを増した。
「やっほー!早いね、依頼いいのあったぁ?」
ヘヴンとヘルはぎゅーっと私とレディを抱きしめると、ジャックが確保してそばのテーブルに置いてあった依頼の紙を見た。
「ちょっと物足りないけど量はいいねー?アルが体動かしたりないって言ってたから、依頼が終わったら手合わせに付き合ってもらおうかなー!」
アルやギャリー、ヴェレナにカッツェも揃うと、私達は意気揚々と魔物討伐に出かけた。
討伐から帰ってくると、アルやヘヴンは早速練習場で手合わせをしに行った。
正直私も混ざりたいが、今日は蓬莱の玉の枝を増やすことを優先させなければいけない。
私は手合わせをしている彼らに後ろ髪をひかれながら、王城へ帰っていった。
「……じゃあ、やるか。」
夜、私の部屋の近くには誰も寄り付かない。
祝福を使ってもバレないはずだ。
私は念の為カーテンが閉まっているのを確認して、音を立てないようにそっとドアに鍵をかけた。
……失敗したら割れるとかないよね……
私は少し緊張しながら、祝福を唱えた。
『 大地は唄い 空は叫び 風は奏で 海は嘆く その光は血潮なり 生命は共鳴せり 我と共にあり 』
祈りを込め、魔力の流れを読み、言葉をイメージしながら慎重に唱える。
祝福はそれに応えるように、枝を白い光に包んだ。
眩い光に目を細めていると、だんだん光が小さくなる。
祝福をかけてキラキラと光り輝く木の枝は、一本のままだった。しかし、その枝には溢れるほどの葉が茂っている。
「成功……でいいのかな……」
薬になる部分は葉だと言っていたし、これで大丈夫だろう、多分。
私は葉のもっさりついた枝をハンカチに包み、隠し棚にしまった。
その後、厳重に目くらましの魔法をかけておいて、簡単に見つからないように隠した。
あー、嫌な予感がする。
私はぶるりと身体を震わせると、襲ってきた暗殺者をさっさと片付け、ベッドに入り眠りについた。
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