第22話



鳥のちゅんちゅんという鳴き声で私は目を覚ました。眠たい目をこすりながら、窓を開けて涼やかな空気を浴びる。すうっとした風が庭の花の香りとともに頬を撫で、朝の清涼な空気を感じさせた。



私は大きく深呼吸をして、テーブルに置いてある水差しからグラスに水を注ぎ、一息に飲み干した。



さあ、早く支度をして冒険者ギルドに行かなくちゃ。



私は気分良く支度をし始めた。




いつもよりこっそりと庭の穴から出て、街におりた。爽やかな朝の空気は、街の景色を鮮明に見せている。朝市の品物をチェックしながら、私はうきうきと足取り軽く冒険者ギルドへ向かった。



冒険者ギルドの扉を開き、静かに中へ入った。この瞬間はいつも少し緊張したような、ふわりと心臓が浮あがる感じになる。


人のまばらな冒険者ギルドの中には、一際目立つ赤い青年が依頼の紙が貼られた壁に目を向けて立っている。



( 今日はアルだけなのかな。)



私は後ろからアルに近づくと、おはようございます、と声をかけた。



「おう、おはよう。」



私に気がつくと、アルは微笑んで挨拶をした。



あまり服装などに頓着しないようなワイルドな人だが、いつ見ても服は清潔で、武器や装備も綺麗に手入れされている。

まだ若く20代くらいに見えるが、落ち着いた大人の雰囲気を感じて、そばに居ると暖かい気持ちになる。



私はアルの隣に立って、一緒に依頼を見ることにした。


「今日は、他の方々はいらっしゃらないんですか?」



ん、とこっちを見ると、アルは笑って言った。



「ギャリーは迷々亭の食材の調達、ジャックとレディは何でも屋の仕事、カッツェは商会の方に行ってる。ヴェレナはまたカッツェに手伝わされてるな。ヘヴンとヘルは……もう依頼を受けて出てったみたいだな。」



そう言うと、アルは依頼が貼られている壁の一方を指さした。そこは難しい依頼が固まっておかれていて、その中でも特に強い魔物を討伐する依頼が無くなっている。きっとこの依頼を受けたのだろう。



「俺らはいつも一緒に依頼を受けるわけじゃないんだ。全員揃う方が珍しいくらいなんだよ。だからソロで行く時も多い。…まあ今日はお前と一緒に受けたいが。どうする?」



そう言うと、アルは私の目線に合わせて腰をかがめ、壁から取った何枚かの依頼を見せた。琥珀色の目は悪戯っぽく私を見つめていて、見透かすようなその視線に少し心臓の鼓動が速まった。



「……行きます。終わったら、私とも手合わせしてくれますか?」



そう言うと、アルは笑って私の頭にぽんと手を乗せた。



「はは、昨日俺とヘヴンを羨ましそうに見てたもんな。いいぜ、付き合ってやるよ。ただし、手加減はなしだ。」



そう言うと、アルは依頼の紙を持って受付へ向かう。私は少しぼうっとしたが、慌ててアルの背中を追いかけた。



受付ではマリンが依頼の紙を受け取り、手際よく処理する。早く依頼をたくさん受けて、次のクラスへ昇格したい。私はワクワクした気持ちを抑えながら、依頼が登録されたギルドカードを首にさげた。


いつもの様に、マリンがにこにこと手を振って見送ってくれる。私は手を振り返してアルと一緒に森へ向かった。




「依頼の確認だ。初めに地中から出てくるモグラのような見た目の魔物を討伐して、ツメを剥がす。でかい上に群れを作るやつだから気をつけろよ。あと、今回は素材を集める依頼だからツメだけ持って帰ること。いいな。」



てくてくと森のなかを歩いていく私とアルは、道中で依頼の内容を確認していた。



「行く途中で薬草も採集していく。店で普通に薬を買うより、依頼で薬草を取ってあまりを加工してもらう方が安い。そして蜂の魔物が守っている蜂の巣を取る。蜂の魔物は風魔法と火魔法で燃やすんだが……お前魔法使えたか?」



魔法は得意だ。それよりも、アルが魔法を使えるということに驚いた。



「アルさん、魔法使えるんですか?」



私がそう言うと、アルは苦笑して首筋をかいた。



「よく言われるんだよ、似合わないってな。剣の方が得意だからあんまり使わねえけど、風魔法と火魔法なら多少は使える。ヘヴンは雷魔法を使うし、ギャリーも水魔法を使う。あいつらは魔法を教えるには向いていないから、魔法を教わるんなら魔法使いのヴェレナがいい。」



何だか意外だ、と思いながら歩みを進めていると、突如大きく地面が揺れた。

急いで剣を構えると、私達が立っている地面に大きな穴が無数に空いている。



そこから大きなモグラのような魔物が、ぼこんぼこんと顔を出している。大きく鋭いツメをこちらに向けて威嚇すると、魔物は私達に次々と襲いかかった。



「さあ、やるぞライラ。」



大量の魔物を見てニヤリと笑うアルと呼吸を合わせ、魔物へ向かって走り出した。



穴の空いた地面に足を取られないよう気をつけながら、魔物を切り裂く。ぼこぼこと魔物が地中を掘って動くたび、地面は揺れて穴ができたり、緩くなって足が埋まりそうになる。



苦戦しながら魔物と戦っていると、そばで戦っているアルの楽しそうな声が聞こえる。



「おらおらおら、どうした!そんなもんかぁ!そのツメは飾りかよォ、もっとだ、もっと!」



楽しそうに挑発するアルは、まるで獰猛な獅子のように笑っていた。いつも笑っている頼りがいのある兄貴分のようなアルだが、今は狂戦士のように魔物を薙ぎ倒している。



鮮烈に輝く赤い髪がひらりひらりと舞うと、魔物の血も飛沫を上げながら飛び散る。見ると、アルは地面にほとんど足をつけず、魔物を踏み台にしてバランスを取り戦っている。体格もいいが、身軽な動きに目を奪われたが、私はひとまず目の前の敵に集中することにした。



アルを真似て地面に足をつけず踊るようにひらひらと動くと、先程苦戦していたのが嘘のように魔物が倒れていく。



見慣れない魔物にどう対応していいか分かった私は、接近して打撃や蹴りといった攻撃も加えながら魔物を倒していった。



私が倒した倍の数を、既にアルは倒している。私も負けていられない、私だってやれるんだ。



私は少し楽しくなって、魔物を殴る腕に力を込めた。




しばらくして、魔物を殲滅することに成功した私達は、ツメを一匹ずつ剥ぎ取り、ギルドカードに収集した。



見渡す限り魔物の海だったこの場所も、すっかり綺麗になっている。いや、綺麗ではない。魔物の開けた穴がぼこぼこと空いていて、非常に見た目が悪い。



ううん、どうしたらいいのだろう。

そう思っているとアルが気にしなくていい、と手をヒラヒラさせた。



「“掃除屋”って呼ばれる魔族がいてな。戦闘は出来ないんだが、死体の処理や戦闘の後片付けなんかをやってくれるんだ。ああ、見つけても目を見るなよ。目を見ると取り込まれてしまうから、アイツらも普段は目を隠している。ただ、万が一ってことがあるから、掃除屋も気を使って俺らの前には姿を現さないが……まあ、用心な。」



そう言うと、アルはまた森の奥へ進んでいった。



そうか、私が窓から捨てていた死体も掃除屋が片付けていたのかな。


魔族って不思議な生態だな……帰ったら調べてみよう。



しばらく歩くと、小さな羽音が聞こえて来た。耳をすませていると、どうやら大樹の内側から聞こえてくるようだった。

気配に気づいたのか、大きめの雀蜂よりもっと大きな蜂の魔物が、大量に巣から出てくる。



「多いな、これは巣もでかいはずだ。巣からは蜜が採れる。手順を教えるから、お前がやってみろ。まず、風魔法で魔物をひとかたまりに集める。そして火で燃やす。以上だ。失敗したら襲いかかってきて刺されるから気をつけろよ。」



手順自体は単純だが、魔法のさじ加減で失敗してしまう可能性がある。



私は少し緊張して魔力を集中させた。

アルは腕を組んで私を見守っている。みっともないところを見せるわけにはいかない、さあ、やるんだ。


私は小さく深呼吸をすると、呪文を呟いた。



〔 偉大なる竜の息吹 悪戯な精霊の舞 天狗 のヤツデの葉が天まで届きたもう〕



慎重に唱えると、大きな竜巻が起こり蜂の魔物を巻き込んでいく。私はすぐさま火の魔法を唱えた。



〔 火は神の怒りなり 全てを浄化する火を 火神の裾を 哀れな贄をもって 神の火を我が手に 〕



ベールのような火が竜巻とともに天高く渦巻き、蜂の魔物はキィキィと叫びながら焼かれていく。



気を抜いてはいけない。次は徐々に、徐々に竜巻を鎮めていく。魔力をコントロールして少しずつ勢いを弱めていった。



だんだん火と風が収まり、ほっと安心して息をついて油断した私めがけて、残った蜂の魔物が最後の力を振り絞り死角から飛んできた。


咄嗟に判断できず、動けなかった私の目の前で真っ赤な剣が振り下ろされ、魔物は胴と頭で真っ二つになると力を失って地に落ちた。



「満点とは言えないがよくやった。経験の浅さは問題だが、数をこなせばいい。頑張ったな。ほら、蜜だ。」



そう言うと、アルは器用に木を登り、残った魔物をちいさな火で消し飛ばすと両手いっぱいの巣を持って降りてくる。



「蜂蜜は薬にもなる。今回は食用で使うみたいだがな。……純度もいいな、ギルドに帰ったら少し買い取るか。」



重そうな巣を地面に置くと、しゃがみ込んだアルは指に少しすくいとって蜜を舐めた。


私も恐る恐る舐めると、口の中に甘い味が広がった。前世の蜂蜜より濃くて、花の香りがふんわりと広がる。……パンにつけて食べたいな。今度、依頼外でもとってみようかな。魔法の練習にもなる。



そう密かに決意すると、見透かしたようにアルが頭を小突く。



「目キラキラさせてるが、一人で行くのはまだダメだぞ。ヘヴンとヘルが昔、全身刺されて来たことがある。行くときは俺に声かけろ、ついてってやる。練習もな。」



そう言っていつもより目線の近いアルは私の目を優しく見て笑った。



琥珀色の目はとろけたような蜂蜜色で、絡め取られるような気持ちになって心臓が痛い。

私は悟られないように顔を整え、後ろに下がりそうな足をこらえて笑った。



「アルさんは、優しいですね。そんなこと言われたら、遠慮なんかしませんよ。」



私がそう言うと、アルは目をパチリと瞬かせて笑った。



「そんなこと言うのはお前くらいだ。ああ、いつでも付き合ってやるさ。」



アルは巣をギルドカードに収集すると、手を払って立ち上がった。私が立ち上がる時に手をかすと、アルの手が私の何倍も大きいことが分かる。わかっていたはずなのに、その手に触れると温もりとともに痺れるような感覚が伝わった。


どきり、と跳ねる心臓を誤魔化すように、私はアルからそっと視線を逸らした。



「……おい、あれ見てみろ。」



アルは、森の奥に指をさすと、少し驚いたように呟いた。




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