第20話
空は青く澄み渡り、色とりどりの花が庭を華やかに彩っている。テーブルの上には美しく繊細なお菓子と茶器が並べられていて、それらは全て今日のために朝から準備されたものだ。
いい香りの花とお菓子の香りが私の鼻を通り抜け、鳥の鳴き声が耳をくすぐる。
ああ、とてもいい日だなあ。
私は青空を見上げて目を細めた。賑やかなお茶会には目を向けないようにして、ただ美しい青空だけを見ようとした。そう、現実逃避である。
庭には華やかなドレスを来て美しく着飾った令嬢や、精一杯格好つけようとしている令息でいっぱいである。
私は庭の花に虫がついているのを見つけると、持っていたカップをテーブルに置き彼らに背を向けて虫を払った。
背中を向けていても彼らは皆、一様に私に嘲りの目を向けているのがわかる。
最初のうちは取り繕っていた彼らも、お茶会が進むにつれてどんどん本性を現していった。私に聞こえるように嫌味をいう彼らに同調するように、メイド達も見て見ぬふりをする。中には面と向かって罵倒をする者もいた。まだまだ長いお茶会の時間を考えると、私はどんよりと気が重くなった。
私ははあ、とため息をつくと、手をパンパンとはらい汚れを落としてカップに口をつけた。
今日のお茶会でカップに万が一毒を入れられた場合を想定して、毒消しを持ってきている。使わないことを祈るばかりだが。
私の方を見てくすくすと笑う彼らをちらりと見やると、私は疲れた気持ちを癒すようにテーブルのある広場から離れた。
庭を少し進むと、光が優しく射し込む開けた場所がある。そこにはベンチが一脚設置されていて、私は侮蔑の言葉が蔓延るお茶会の席から逃げるように、そのベンチに座った。
静かに時が流れるベンチの周りは、お茶会の席がある広場の華やかな花に比べて大人しい色合いの花が咲いている。
正直、お茶会の席に戻るのは辛い。
私は綺麗にセットされた髪をぐしゃぐしゃにすると、これまた美しい、ピシッとアイロンされた服をみた。
(こんなに綺麗な服、…私のクローゼットには、なかった。)
私が朝、身支度を済ませ使いの者を待っていると、支度をしに来たメイドが部屋に入ってきた。そして、面倒くさそうな顔をすると持ってきた服を私に着せた。
それは、私の部屋にあるクローゼットの中身のどれよりも上等な布で作られていた。
そう、まるで王子様の服のような。
パリッと糊のきいたシャツに腕を通し、肩まで伸ばした髪をひとつに結びワックスで前髪を固めた。
最上級に着飾られたと思っていた。
お茶会で貴族の子息たちに笑われるまでは。
彼らにとって、今私が着ているこの服でさえ簡素で貧しい服だという。
これで貧しい服?なら、私が今まで着ていたあのクローゼットの中身はなんなのだ。
そう言えば……最近は顔も見かけていないが、王族の一員だ、家族だと言っていたソレイユは、もっと上等なのを着ていた覚えがある。
結局、私という存在は王家にとってなんなのだろうか。
貧しい服を用意されている、それに気づかない忌み子の王子、とお茶会で彼らに笑われた時、どこかでかたん、と何かが落ちるような音が聞こえた。
私はぐしゃぐしゃになった髪を手ですきながら、ひらりひらりとドレスを蝶のように舞わせていた令嬢たちを思い返した。
( ああ、どれもこれも上等なドレスだった。愛されるために生まれてきた彼女達にとても似合っていた。自信に満ち溢れていた。
……お姫様、みたいだった。)
色とりどりのドレスを纏った彼女達は、私がいつか思い描いたお姫様にそっくりだった。
私が、絶対になれないお姫様。
風がびゅうと吹き、木々を揺らした。
ざわめきとともに私の髪もばさばさと風に乗り、視界をおおった。
次第に優しい風になっていくのを感じながら、私は目を細めてその風に身を任せていた。
しばらく風を楽しんでいると、お茶会の席から歩いてきたのか、しゃく、しゃくと庭の落ち葉を踏む足音がする。
「……。」
私がベンチに座っていることに気づいたのか少し目を丸くした少年は、山ほどケーキの入っている皿とともに、私の方へ進もうか引き返そうか迷う素振りを見せた。
彼は少し気まずそうに私を見て、迷うように声を発した。
「……あー、邪魔して悪かった。他にどこか座れる場所はあるか?」
……ああ、私が王子だって気づいていないのか。そう言えば、最初の挨拶で見ていない顔だ。途中参加がいると聞いた気がする。
そして彼の質問だが、あいにくこの辺に座れる場所は、お茶会のある広場しかない。
大方、あの席から逃げてきたのだろう。
初対面に敬語を使わない口ぶりからするに、高位の貴族だ。私を、どこかの貴族の子息だと思っているのだろう。
「……あいにくですが、この辺に座れる場所はありません。……良ければ、ここに座りますか。」
あれ、おかしいな。私は彼を突き放してお茶会に返すつもりだったのだが、口から出た言葉はまるで違う。
私の言葉を聞いた彼はほっとした顔をすると、恐る恐る私の横へ腰掛けた。
「あんたもあそこから逃げてきたのか。あんなに小さい子供なのに、もうマウントを取ったり媚びを売ってきたりする。嫌気がさすな。……ああ、お前も食べるか?」
彼の差し出すケーキの皿からひとつ手に取ると、私はほんのりと緩んだ警戒心を感じながら口に運んだ。
なぜだか彼とは話が弾んだ。波長が合うのか、すぐに打ち解けて警戒心はすっかり緩んでしまった、
友達のいなかった私は警戒心を抱けない自分に戸惑ったが、なぜだかとても安心した。
お互い名前も知らないのに、私の知らない話、彼の知らない話、勉強のことなど飽きもせず話していた。
名前も家の名前もわからない、その不思議な関係を壊したくなくて、私と彼はお互いの名前を自然と口にしなかった。彼と話すと、身を守ろうと神経を張り巡らせることも、変に取り繕うこともせず、自然体でいれたのだ。
「ああ、そろそろお茶会に戻らないと不味い。それに、今日の主役に挨拶してねえんだ。王子がどこにいるか知ってるか?」
ぎくりと体を強ばらせたのを悟られないように、私は顔に笑みを張りつけて知らない、と首を傾げた。
ああ、これでおしまい。お茶会に戻れば私と彼の名前はバレて、楽しかった時間はなかったことになる。
少し沈んだ気持ちで、お茶会の席に戻ろうと歩みを進める彼の背中を追った。
彼は他愛のない話をしながらお茶会の席へと進んでいく。私は、ああ、だかうん、だかわからない返事をしながら、俯いて彼の足跡をみていた。
「俺、兄貴がいるんだよ。すげー優秀でさあ、もう学園も卒業してここで働いてる。たまーに仕事見に行ったりもするんだぜ。だって優秀な俺もここで働くことになるからな。」
ああ、もうすぐ広場についてしまう。
賑やかな声がだんだんと大きくなってくる。
「だからさあ、ほんとはここの庭、どこに何があるとか知ってんだよな。んで、お前のことも前、庭で見てんの。」
広場は目の前。令嬢が、彼の姿を見つけると目をきらきらさせて隣に耳打ちする。
「……俺、甘いものよりしょっぱいものの方が好きなんだぜ。ライラ、俺の言ってる意味、わかる?」
彼は私の方を振り返ると、にっかりと笑って私の手を掴み、そのまま広場に向かって走っていく。
光の射し込む広場では私と彼を驚いたように見る大人や、貴族の子息たちがいる。
彼が連れ出してくれた広場は、光に照らされキラキラと光っているように感じた。
クリーム色の髪に、若葉のような緑色の瞳をした彼は悪戯っぽく笑って、広場にいる全員に見せびらかすように、繋いだ手を掲げた。
広場の人々は驚いたような、憤ったような様々な感情でいっぱいだった。
それを見て、私と彼は面白くなり目を見合わせて笑った。
遠くでヨシュアが腹を抱えて笑っているのが見える。木々はざわざわと音を立て、華やかな花はいっそう美しく輝いた。
彼の名前はアイゼル。
私に史上最高の親友が出来た瞬間だった。
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